待ち伏せの決選前
「――来ないな、一台も」金崎が、百メートル先にまで伸びているアスファルトを凝視しながら言う。その様子を黒句はうんざりとした様子で眺めていた。
黒句と金崎は、首都高速道路、地上三十メートルに作られた広大な道路の中心に立っていた。
黒句は片手に紙袋を持っており、葉月から渡されたものが中に入っている。
対して、金崎が持っていたものは巨大な大斧だった。二メートルはあろうかという長い柄の先に、刃渡り八十センチはあろうかという巨大な両刃の刃物が付いている。中世のヨーロッパで使用されていたハルバードという武器に構造が似てはいるが、どう考えてもそれは人間が扱うことを想定して作られていない。どちらかと言えば、それは飾りとして作られた巨人の斧を、そのまま持って来たという方が正しいようにも思われる。そんなものを、金崎修吾は軽々と持ち、柄を肩に乗せて道路の上に立っていた。
「今回の仕事でようやく持ってきましたね、その鉞」黒句は、呆れたような目を金崎に向けつつ、前方の道路を凝視する。「ま、車が来ないのは、ひとえに米崎くんの計らいだと思いますよ。葉月ちゃんが言ってたことが本当なら、これくらいのことは可能なはずですから」
「そういえば、おまえ、新入りの天才ちゃんはどうしたわけ」
「ご友人がピンチみたいだったんで向かわせました。できれば、ここには来てほしくはなかったところはありますし、丁度いいかなって」
金崎は、紙袋を片手に持ってそんなことを言う黒句に目を向ける。
「俺が、あの子に試験に受けさせたこと、まだ納得してないのか」金崎は言って、溜息を吐く。呆れが多分に強い、息だった。「メンバー間じゃおまえが推薦したみたいになっているが、実のところ、俺が来たから、おまえはあの子を試験に受けさせざるを得なかったんだな」
立花紫蘭と黒句が初めて出会った時、黒句と仕事をしていたのは、紛れもなく金崎修吾自身だった。紫蘭の「仲間に入れてほしい」の言葉にごねていた時、その姿を発見したのが、金崎だった。そうして金崎は、紫蘭の意向を聞き、リーダーに試験の手続きをするよう話したのだ。
「相変わらず仕事が嫌いみたいだよな」
「語弊があるっすよ。この仕事の内容が大嫌いなだけです。誰が好き好んで殺人なんてシンドイことをやろうとなんて思うんですか。しかも、それをあんな子供がやるなんてふざけている」
「おまえがそれを言うのは、とんだ皮肉だろ」金崎はそこで、黒句に対して強い視線を向ける。「子供だろうがなんだろうが、仕事である以上、全力でやってもらうだけだ。殺さないと言うなら、おまえほどの技量があれば話は別だが。見たところ、あれはそう言った方向への才能じゃないと思うがな、それに、おまえを慕っているようでもある」
黒句は道路の先を見つめながら、非常に嫌そうな顔をした。
「俺、あの子のこと苦手なんですよ」
それが紛れもない本心であることは、金崎自身も分かった。滅多に本心を吐露しない男が、時たまに見せる嘘のない言葉を、金崎はこのとき耳にした。
「やっぱり、俺は殺人者の気持ちも、殺人者に憧れる人の気持ちも理解できませんよ。どちらかと言えば、理解したくない。あの子は、子供でありながら非常に高いレベルの素質をもっている。そんな素質、なんの役にも立たないと言いたいんですが。ただ、あの子はそうは思っていない。だから自分のしていることにも疑いを持っていないんです。そういう子供を同じ立場から正していくのは、正直に言ってかなりシンドイですよ。方法も手探りで後手になる」
ふうん、と金崎は黒句の発言を聞き流した。元々そんな女々しい言葉に耳を傾けるつもりなどなかったからではあるが。
「それと、今回のお仕事について、なんか妙なところもありますね」口調とは裏腹に、異常に鋭い眼光をもって、黒句は口にする。「実際米崎の殺害に関しても、こんなに手間取る筈はなかった。いや、まあ手前味噌なんですけど。米崎稲峰の殺害に関して、今のこの場でこんな風になってること自体がおかしいと言うか、そもそも、彼を本気殺害する気なら、赤岸赤子を先に標的とする必要はなかった。もしくは彼と米崎稲峰を同時に対象におけばよかったのに。なぜか順序づけた。それと、彼本気で殺す気があるのなら、家納割引を最初に殺す必用はなかった。あれじゃあ、彼等に俺達の存在を教えるようなものだ。なのに実行した。まるで、米崎稲峰の殺害を、わざと遅らせたみたいだ。なんか。今回の仕事に限らないけど。俺達の仕事っていうのはある種の気持ち悪さみたいなもんもありますね」
「――他も、たぶんそう思ってるぜ」
「ああ、やっぱり?」そう、金崎のことを視る。「でも、だれもそんなことに興味はないか」




