米崎稲峰と古木麦奈の中身
「ん? おかしくない? それ」声を上げたのは黒句だ。「確か、その犯人って捕まったんじゃなかったっけ? それが、なんで彼女?」
「あれはねー、意図的な誤認逮捕」はい? と黒句から声が上がる。「そもそも、あの事件はネット上にいた何人かの有名なクラッカーが起こしたものだよ。普通なら政府のコンピューターがオンラインで繋がっているはずがないんだけど、確か、政府関係者の誰かしらのPCを経由して、政府の情報バンクに穴を開けたわけ。で、満足したみたいにそれ以上の被害を出さなかった。これが、コンピューターに関わる人間が総合で作り出した、マスコミに囚われない見解。逮捕されたのは、もっともそれが可能に近かった違うクラッカーだよ。政府が認識しているクラッカーの中じゃ一番妥当だったから、担ぎだされたに過ぎない。本人も政府に一泡吹かせた馬鹿なクラッカーの汚名を、逆に武勇伝に置き換えて、承諾したみたいだけど」
その真犯人が彼女だと、葉月は言う。そして彼女こそが、米崎稲峰の協力者だと。
「この子がネット上で名乗っていたハンドルは、Breaker。馬鹿馬鹿しいネーミングだけど、一応こっちじゃ有名だった人だよ。彼女が米崎稲峰にどこでどういう風に知り合ったか、なんてあたしは知らない。けどまあ、この人の優れたところはね、これだけ大々的に破壊行為を行いながら、今の今まで自分を特定させなかったことなんだよ。コンピューターの操作性に個人性がないし、衝動的な破壊じゃなく計画的な破壊だから、痕跡もほとんど残さない。そんな彼女が米崎稲峰に加勢したのは、はっきり言って最悪だけど、でも嫌なことばかりじゃない」
「と、いうと?」葉月の話について行けなくなりつつある黒句が言う。
「彼女は、はっきり言えば自己完結型の人間だった。要するに一人の時が一番強い人間だったわけ。それが、米崎稲峰っていう、似たような存在と組んだことで齟齬が生じ始めてる。米崎君も間違いなく、一人の方が強い人間だからさ。組んだことで有利な面もあるけど、不利な面も少なからず出てきてる。その筆頭なのが、米崎一派だね」
正直に言って、と葉月は言う。
「こんなお遊びみたいなテロ行為、米崎稲峰とBreakerなら、単体でも十分に起こせる範囲だよ。わざわざ組んだりする必要性がない。そもそも米崎の力は仲間を必要としない力だ。Breakerも同じようなもんだよ。人間が寄り掛かってるもんに手を加えて、それに依存してい
る人間が勝手に自爆するだけ。そんなものに、|百数十人の足手纏いなんていらないでしょ」
米崎一派は米崎稲峰を追い詰める為に自然とできた枷だと、葉月は言う。
「足手纏いがポカやらかして、今米崎君と古木ちゃんはピンチの状態にある。現にあたしたちに能力の正体を知られたのがその証拠。米崎稲峰は今回のテロにおいて、日本国の転覆を掲げたけど、そんなもん『声』を使えば、まあ、ざっと計算して一週間もあればできるよ。他国が保有しているミサイルを日本すべての発電所と原発に落とせばいい。普通の人なら不可能だけど、米崎稲峰ならそれができるからね。それで、日本の機能は完全に停止する」
そもそも、と葉月は言う。
「米崎稲峰は能力の使い方が下手くそだよ。十分の一も能力を使っていない。確かに半径百五十メートルくらいまで声が届く音響だってことは分かったけど、それでもお粗末だ」
「だから、叩く隙はあると?」
「いんや、それとこれとは別。彼の半径百五十メートル以内にそんな隙はないよ。たぶん、あたし達がどれだけの人数で彼の殺害に当たったとしても、対策がなけりゃ、返り討ちにあうだけだ。そんなもん特攻と同じだよ。あたしは当たって砕けたくはない」
「解決になっていないぞ」金崎が指摘する。最後まで話を聞けよという目で、葉月は金崎の方向を見た。しかしそう言った疑問を持った顔が並んでいたので、溜息を吐く。
「対策は可能だよ。でも、時間がない」葉月は複数の画面に並んでいる、ニュースキャスターの顔を見ながら言う。「米崎稲峰のトリックは分かった。そのロジックもね。複数の音響によって他人の脳を支配する声帯。その音を電子処理で一つ一つ潰して、最終的に一つか二つにすることで、本来の効力を阻害することはできる。けどそれをここにいる人数分作ってたら、あっという間に日本沈没っすよ。というか、計算しても十日以内に終わらない。非効率なんだ」
その時点で、部屋の中と、廊下にいるメンバーは沈黙した。言葉が見つからないのだろう。
それらを見つめた後、葉月が呟く。
「ここはいっちょ、我らがリーダーに協力してもらいましょうかね。あたしも明日までに対抗策を作っておくよ。でも、間に合わないかもしれない。米崎稲峰は、もう日本国民の大半を制圧したと思っていいんだから」




