黒衣の彼らの相談会
「これ、見たことあるでしょ」開口一番にそんなことを伍波に言ったのた、一人の女性だった。
局から脱出し、黒句に肩を貸している金崎に案内されたホテルの部屋。今回の米崎稲峰の件において放送やインターネットの面を担当する人物だということで、その人物が米崎の放送した映像を分析しているというので、本人の部屋に来たのだが。
ドアを開いた先に待っていたのは大量のコードがホテルの部屋中に絡み合っている光景だった。そこで、何台ものテレビやコンピューターが少し広いくらいの室内に敷き詰められていることを伍波は認識する。その中心に木製のデスクがあり――さすがにそれはホテルに最初化から装備されていたものだろうが――その椅子に、女性は座っていた。
服装は、黒衣を纏っていない。髪は緑とオレンジの色が斑になった、音楽の人のようなものだった。その割に髪型はボブに近い。身長は伍波と同じかそれ以下で、テーブルの上に複数のリモコンを置いてそれぞれのモニターに目を通していた。
そして伍波を見るなり「あ、新入りの天才ちゃん」と声をかけ、一枚の写真を差し出して、先ほどの言葉をかけたのだった。差し出された写真には一人の人物が映っていた。場所は大学だろうか。黒い、脱色もしていない黒髪を肩の当たりまで伸ばし、白いワイシャツにブルージーンズを穿き、赤縁の眼鏡をかけた一人の女性だった。そこで、伍波は思い出す。
「あ、この人」そうして、目の前にいる女性に目を向けた。「はい、見覚えあります。この人、局に米崎一派が襲撃に来たときに遠くのビルの中からこちらを見ていた人です」
「ビンゴー。じゃ、その人で決まりだ」女性は、にやりと笑って伍波を見る。「古木麦奈。文明大学の二年生で、所属は経済学部。その子が、米崎稲峰の協力者だよ」
「突き止めたのか」金崎が、目の前の女性に訊く。「どうやって?」
「そりゃま、検索エンジンで、ちょちょっと、これくらいなら数分もかかんねえよ?」
「――個人情報の侵害じゃないのか、それ。いや守秘の破壊行為だろ」
「しし。プライヴェートブレイカー。いいね。名前がカッコワルイところとか素敵素敵」
目を丸くしている伍波に、その女性は立ち上がる。伍波の前にまで来ると、手を差し伸べた。
「初めまして、あたしは葉月三鳥子。戦えないから、仕方なく機械類とかを担当してる。いま
まで『無言通話』とかちょくちょくメンバーと連絡をとってたんだけど、君とは初めてだね」
「あっ、はい、伍波百花です。初めまして」慌てて、伍波は彼女の小さな手を両手で握り返す。その様子を後ろで見ていた黒句が、ようやく回復してきた視力内に二人の少女の姿したメンバーを捉えた。
「……あー、えっと、葉月ちゃん。米崎くんの映像から何か分かったの?」
「これはこれは黒句さん、大丈夫なの? 自分で投げた閃光音響手榴弾をもろに喰らったんだろー? 部屋の中で吐かれても厭だから安静にしていてよ。あそこのベッド使っていいから」
言って、葉月は一度も使用していないであろうベッドを指さした。金崎が、黒句をそこまで運んでいく。黒句はそこに横になりながら、再度葉月に質問した。
「ま、確かにこの体たらくで質問をするのも何かと思うけど、米崎くんは、もしかして洗脳みたいなことが出来る人なのかな。そこんところ、きみなら分かるんじゃないかと」
「ん、まーね」葉月は一つのリモコンを操作して、数あるうちの一つのモニターを起動してみせる。そこに移っていたのは、早朝に放映されていたにニュース番組だった。「異変登場まで、ろく、ご、よん、さん、に、いち、ほい」
その瞬間、若干の音量ではあるが、なめらかなニュースキャスターの声にある音が混ざった。人の声のようなものだ。男性の声だろう。何度も何度も、一つの言葉を繰り返し発音している。
「米崎稲峰、及びに米崎一派の行動に干渉するな」葉月が、その声をなぞるように、実際に口に出した。「そういう声が、この映像の中に含まれてる。時刻は五時三十七分ちょい過ぎから。大方早い出勤のリーマンの皆さんが起きてテレビをつけてる頃だね。黒句さんと伍波ちゃんが局の中に入ってしばらく経ってからでもある。この映像はオリジナルにちょこっと手を加えてあるから、実際に流れた奴よりかは安全だよ」
「安全?」金崎が葉月に言う。「安全って、なんだ」
「だからさ、この映像を見て、それを有言実行しないってことだよ。きみたち、まだ『仕事を降りる』なんて言い出してないでしょ。それが証拠」
伍波と黒句、そして金崎には、目の前にいる葉月が何を言っているのかまったくと言って分からなかった。皆一様に目を丸くして、彼女を見ている。
「彼が、たった一人で国際テロリストにまで上り詰めた秘密はここにあるんだよ。どうやらこの米崎君、最近こっちに戻ってくるまでは他の国にいたらしいんだよね。それはまあ、仕事をするにあたって聞いたと思うんだけど。で、ちょこっと調べたんだけどさ、どこにも彼の仲間を自称する人とか、仲間だったって人が出てこないんだ」
「それがなんだよ」金崎が訊く。葉月はうんざりしたように、金崎に目を向けた。
「おかしいっしょお、どうやってたった一人でテロ行為なんてするんすか金崎先輩。そもそもテロっていうのは、力のない人間が力のある人間に対抗する唯一の手段って意味ですよ。だから必然的に、力のない人間が団結する必要がある。けど、彼はたった一人でそれをする人物だった。つまるところ、彼は団結する人間がいらなかった、てことなんだよ」




