古木麦奈の夢
古木麦奈は米崎稲峰の唯一の仲間である。
最もそれは、米崎稲峰が仲間だと認識しているのが彼女なだけであり、実際には大規模な組織である米崎一派という組織は存在するのだが。彼女は米崎一派に対してのコンピューター面での作業や、米崎の指示、各メンバーの報告などを伝達する作業についていた。
また、米崎一派という組織に一番先に所属していた人物でもある。その理由も、彼女が一番先に米崎稲峰という男に協力したからという、至極普遍的なものだった。
一番最初に古木麦奈が米崎稲峰に会ったのは、ネットの中であった。そこから何度か話している内に、二人の合意の上でとある喫茶で会うことにした。オフラインでの会合は、古木という女の人生の中ではそれが初めてだった。もちろん古木は自分が女性であることをネット上では言わなかったし、そもそも電子の上では男言葉を使っていた。喫茶で待つことにはなったものの、きっと相手は、自分のことを気づかずにいるのだろうと思い、喫茶には来ていたが、そこで一日を潰す覚悟で、カップを傾けていた。
しかし、その人物は簡単に古木を発見し、声をかけて来た。「ああ、あなたか」と、ただそれだけ。光のない真っ黒な眼をした男は、感情を表に出すこともなく、そう言った。
「たった、それだけだったんだけどね」帰りの電車を待ちながら。通勤の為に駅に押し寄せる人をホームのベンチで眺めて、古木はそう呟く。「あれが同い年ってところがびっくりしたな」
米崎稲峰は古木と同年で、しかも生まれの方は古木のほうが五か月ほど早かった。最初はもちろん疑ったが、後に彼のことを調べた際にその記録が出て来たので、疑うこともなくなった。
彼は、一番最初に古木に会った時に「俺は人間が嫌いだ」と、何の感情も篭っていないように呟いた。本当に自然な口調で、ニュアンスそのものを聞いた時に意味が数秒間理解できなかったくらいに。その気持ちは、古木には少しとして理解できなかったが、ただ古木は、そんなことを言うことができる米崎稲峰という人物がうらやましかった。
古木麦奈という少女の生涯で、誰かを嫌いになったことなどない。正確に言えば、誰かにそこまでの感情を向けたことはない。もっと言えば、それを求めたことが、彼女にはなかった。
古木麦奈には欲求がない。これは生来のもので食欲だとか睡眠欲だとか性欲だとかを、今まで彼女は一度だって感じたことがなかった。それどころか、彼女には叶えるべき願いすらない。
そんな彼女だからこそ、人間として破綻している古木麦奈だからこそ、あの「人間嫌い」を本気で口にする青年は、古木を仲間と認識したのかもしれない。彼女が、米崎稲峰の嫌悪する人間とはかけ離れた存在であったから。
「少なくとも、古木麦奈はそう考えています」
目の前にいる数百人の人間が一つのホームの中に犇めきあっている様子を視野に入れながら、古木はそんなことを呟いた。午前六時半の早朝の朝。これからが一日のスタートだという顔をしている人間を見ながら、古木は眠気が襲ってきていることに気が付いた。




