TV前の乱闘騒ぎ
米崎稲峰の協力者、古木麦奈は米崎が侵入したテレビ局の近く、そのビルにある、ジャンク―フード店に来ていた。そこは座席が硝子張りの位置にあり、食事をしながら外の景色を一望できるように設計されている店内だった。
米崎が活動している時は大方の場合、自分の部屋に篭って電子映像を見ていた彼女だが、黒衣の集団の特徴を掴んだことにより、約一時間をかけて自室からそこに移動した。古木がわざわざそこにいた理由は、電子映像に移らない黒衣の集団を、実際に目視する為だった。
「米崎くん、今、どこにいんの?」テーブルの上に安価なコーヒーと、片手にハンバーガー、そしてもう片方の手にスマートフォンを握りながら、古木は米崎に問いかける。目前には何百人と言う人間が大通りを信号に従って歩いており、その先には、一時間ほど前に米崎が侵入した局が見えていた。「とりあえずは、逃げれたって思っていいわけ?」
『完璧に撒いたつもりなんだがな。たぶん、古木さんが見ているところに俺はいない。……っついさっき……っ、ようやく車に乗ったところだ』
そう、と古木はつまらなそうに言って、片手に持っていたパンを齧った。
「一応、個人的な趣味で持ってる一眼レフと、こっちは役に立たないかもしれないけど、コンビニで売ってた使い捨てのカメラはあるよ。どっちも旧式なネガを使うやつ。試してみるけど、期待はしないでね」
『いいや、それでいい。……っ、試すだけ試してみてくれ』
そこで、古木は米崎の口調に違和感を覚える。
「どったの米崎くん。なんか、嗚咽みたいのが聞こえるんだけど」
『……、閃光音響集榴弾。スタングレネードの影響だ』
ああ、と古木は理解する。
「それ、光感受性発作ってやつだよ」電子機器を扱う古木も何度か経験したことがある。「分かった、米崎くんは今は体調回復を優先。今日の夕方、用事があるんだから」
『悪いな、だが……っ、俺がこの状態なのは米崎一派には……っ発信しないほうがいいだろう』
言われるまでもない。古木は持って来た小型の双眼鏡で、硝子の外に移る景色を拡大する。
「ああ、来た来た。あれが米崎一派の構成員ね」見るからに不自然な位置に停まった自家用車の中から、数人の武装をした男達が大通りに出て来た。身につている武装は、米崎一派と関係のあった兵器交渉人である、家納割率が仕入れたものだ。防弾のチョッキを衣服の上に着け、頭にはバイクのヘルメットのようなものを付けている。数は全部で十人程度。それが、局の中に侵入しようとしていた。周りの人間は、それに見向きはするが、警察を読んだり、写メールを取ったりと言った行動はとろうとしない。先ほど放映した米崎の『声』の影響だろう。
「一応局の中にいるかもしれない黒衣の人を、捜索。あわよくば捕まえて、正体を確かめる、と。さっきの放送で米崎一派への抵抗を心配する必要がなくなったから。一度やれば自在だね」
それは、米崎がしていることについての発言だったが、当の米崎自身はそれに答えなかった。
「ところで、米崎くん、そんな状態でどうやってあそこから脱出したの?」
『予め周りの人間に発煙筒を持たせ、定時になったら局の周りでそれを焚くように指示をした。人混みと煙幕で捜索も狙撃もできない。人に紛れてそこから離れるのは容易だった』
それを聞いて、古木はひどく呆れた。なんともずさんな計画だ。思い切りはあるのかもしれないが、言ってしまえば考えなしの作戦でしかない。米崎らしいといえば、らしいのだが。
古木は手元にあるカメラのズーム機能を使い、局の周りにいる米崎一派にピントを合わせる。古木のいる地点から五十メートル以上は離れているが、最大のズームをかけてようやく各人の顔が認識できる程度にまではなった。これなら、黒衣の人物達を撮影できるだろう。
「分かった。もう喋んなくていいよ。ここから先は私がやるから」
そう古木が言った時、局の全面玄関から何かが飛び出してきた。すぐにカメラを覗く。
黒い、バイクだろうか。大人が乗るような大型のもので、こともあろうに人が通る正面玄関を轢き破って来た。そこに乗っていたのは、人型としては小型の、真っ黒い衣服に身を包んだ子供のような人物だった。バイクは武装をしていた米崎一派の一人を撥ね飛ばすと、車体を横にしてその場に急停止する。小さな体が、大型のバイクから地面に着地した。
「米崎くん、答えなくていいけど、どうやら局の中に米崎一派を送る作戦は失敗みたいだね。ていうか、どこで露見したんだろ」
バイクからその人物が降り、ようやくその姿を、古木は写真に収める。その姿は、黒い上着を纏い、すっぽりと頭をフードで覆い、顔には黒いガスマスクのようなものを付けていた。
「しかも、完全防備ときましたか」
その人物がゆっくりと米崎一派の構成員に近づいて行くのを、古木はスマートフォンをテーブルに置き、安価なコーヒーを口に流し込みながら眺めていた。
◆
――あと、九人。
金崎からの依頼で、局の駐車場にあったバイクを拝借し正面玄関を破壊して飛び出した伍波百花は、自分に対して銃口を向けている米崎の構成員一人一人に目を向けていく。
『500。伍波百花、黒句は見つけた。あとはお前が、そこにいるやつらを潰すだけだ』
頭の中に金崎の声が響く。伍波はそれに答えることはせず、ただ目の前の敵を順番に視野に入れていく。衣服の中にあるグロックはいつか黒句轆轤が作成したゴム弾と、威力を落とした改造銃だ。完璧な態勢で起動させたとしても正常に一連のシステムが動いてくれるとはかぎらないし、至近距離で発砲をしたとして武装をした相手に効果は見込めないだろう。
金崎が伍波をこの場に呼んだのは、一言で言えば『実力監査』だった。はっきりと言えば、金崎修吾であればここにいる米崎一派を無力化するのは容易い。その金崎が黒句の救出などを担ったのは、伍波百花という新入りの実力を、他のメンバーに認識させておくことが必要だと思ったからだった。それは、伍波自身も気が付いている。黒句がいい顔をしないのは確実だが。
ゆっくりと伍波の後ろに回り込んだ米崎一派が二名、腰に掛けられていたテーザー銃を伍波に向ける。発射される針とワイヤーによって相手に電撃を送り込むタイプのスタンガンで、それは黒衣の人物に刃物類や銃器の類は通じないという今までの報告から選択した武器である。
その二名に向かって、伍波は両手のグロックの引き金を引く。後ろにいる人物に対して、伍波自身は一切視線を動かさずに、約二名の防弾繊維の隙間を、弾丸自体がゴムで作成された銃弾で撃ち抜いた。非殺傷意兵器を用いたのは、黒句へのリスペクトという、くだらない理由だ。
――殺しちゃ、いけないんだよね。うん、そう。だったらこうやって。
そこから先は、時間にして三十秒にも満たない。残りの七名に対して、ただ接近し、防弾装備の隙間に一発から二発の弾丸を撃ち込み、両方の足の関節部を破壊して、丁寧に一人ずつ無力化していく、という行為でしかなかった。
最初に打ち込んだ二名はまだ立ち上がれたが、すぐに防護服を縫ってゴム弾が飛来する。
否、恐れるべきは銃弾ではない。もっとも彼らが驚愕したのは、目の前にいる子供のような体躯を持つ、黒衣の人物の身体能力だった。彼女の動作はトップスピードから停止へ、停止からトップスピードへ、瞬間的な加速を加えて米崎一派の構成員の間を縫う。
彼らが唖然としている隙に、防護服の間に銃口を向け、引き金を引いていく作業は、伍波にとってこれ以上なく簡単なことだった。拍子抜けなくらいに、容易だ。
ほんの一時間前に対峙した人間に、そんなものは通じなかった。それどころか、黒句轆轤と二人がかりでも、現代兵器に頼ってようやく動きを止められた、というのが実のところだ。
速さは意味を持たず、銃弾は見切られ、視覚の攪乱も通じない。
「それどころか、どう考えても私の方が、弱い」
そう呟いたころには、約十人いた米崎一派の構成員は、手足を砕かれて地面に伏していた。
伍波は、冷静に両手のグロックに残っている弾数を数える。
右手、残弾、一発。
左手、残弾、二発。
左右合わせて、三十六発あったはずの銃弾が、ここまで消耗していることに、伍波は溜息を洩らした。米崎が逃走してから補充は済ませたものの、使いすぎな面は否めない。
「焦り過ぎだよ、私」落ち着け、と自分に言い聞かせる。そこで、ようやく気が付いた。今ここにいるのは、黒句轆轤ではなく、伍波百花だということに。「しまった。成れなかった」
自己催眠すら忘れている。通りで手際が悪いはずだ。
そこで、構成員の一人が立ち上がる。最初にバイクで撥ねた人物だ。武装をしている人物に対して、バイクの突進では、さすがに昏倒まではいかなかったらしい。
「まだ、意識があったんだ」徐々に、自分に言い聞かせる。既に残り一人になってしまったが、まあ、いいだろう。「――うぜえな。私に武器を向けるんじゃねえよ」
マスクの中から発されたくぐもった声を、その構成員は聞くことはできなかった。
そこからの伍波の動作は、他の九人を無力化した時とは比較にならないほどの速さだった。
◆
その様子を、古木麦奈はコーヒーを空にした後も食い入るように見ていた。
なんだあれは。どう考えても人間の動きではない。特に、最後の一人を無力化した行動に至っては、生き物とすら思いたくない。それほどに迅速で、隙がない。
「……怖いな」古木の口から洩れたのは、そんな言葉だった。「あんなのが、現実にいるんだ」
そこで、気が付く。道路の中に立っている、その黒い外套を着た人物が、古木の方向に顔を向けていた。カメラをズームするとよく分かる。まさか、肉眼で気付かれた? と焦る古木だが、すぐに平常さを取り戻してカメラでその姿を取った。
「細いな、しかし」その異常に古木が気付いたのは、半ば必然と言える。「身長も子供みたいだし。――ちょうど、そう、女の子の体格に近い」
数年前までその年齢であった古木にしてみれば、それは憶えのある体格だ。
「こっちを、見てるのかな」
そんなことを、呟く。しかし、あの人物が持っている銃では古木を銃撃できないだろう。
その姿を十枚ほど撮影してから、古木はそのジャンクフード店を後にした。
コーヒーのカップやハンバーガーの包み紙といったものを残すような間抜けは犯さなかった。




