米崎稲峰との対峙した愚者
「家納を殺害した人物が、まさかこんな子供のような奴だったとは考えなかったな」
そう、伍波に言うのは、彼女の標的である米崎稲峰だった。伍波に対しては体を向けず、首を横にして、伍波に目を向けた状態で、米崎は目の前の少女と対立する。
伍波は結局、黒句の意思を無視。そのまま一直線に米崎のいる部屋へと辿り着いた。
そうして、目の前に見える男こそが、自分の標的であると認識する。
茶色の癖のある髪に、高い身長。堀の深い顔立ちに、光の宿っていない眼。茶色、というよりよりは黒に近い深い色のズボンに、軍用のような薄緑色のコートを上から羽織った男。
「米崎、稲峰だな」言う前から、伍波にはその人物が米崎稲峰であるという確信があった。リーダーの一に見せてもらった写真。あれに移っていた人物の特徴、それも光を完全に拒絶しているかのような真っ黒い瞳が、何よりその証拠だと認識した。
対して、米崎はその黒いマスクの中から発された声が、非常にか細くまた高い声だったことから、自分の目の前に立っている人物が少女であることを認識する。
「そうだが?」言うと同時に、伍波は外套の中からグロックを取り出し、米崎に向かって引き金を引いた。時間にしては一秒に満たないその無駄を排除した動作は、小さな見てくれに油断していれば確実に仕留められるほどの速度。
だが米崎はそれを、何でもないことのように躱して見せた。一歩身を動かしただけで、伍波が最速で銃を取り出し、発砲した銃弾を容易く対処した。まるで、あらかじめ伍波が銃器を所持していることを知っているかのように。
「何を驚くことがある。家納が殺された時、少なくとも相手は銃器を所持していることは知っていた。そしてお前のような子供の体躯でここまでたどり着いたということは、少なからず携帯の武装があると踏んでも不思議はないはずだ。それに、発砲されることには慣れている」
そうして、米崎は自分のコートの中から何かを取り出す。伍波は身構えると同時に突撃の姿勢を取るが、米崎が取り出したのは日本でも市販されているスマートフォンだった。多少の操作をして、米崎はそのスマートフォンを通して伍波を見る。スマートフォンに搭載されているカメラで、伍波を捉え、そこに少女の姿ではなく、ただの黒い靄のようなものが映っていることを確認する。そこで、米崎は無骨な表情で伍波を見る。
「間違いはないようだ。おれたちの邪魔をしている存在はお前らだな。そして、これはやはり映像に何らかの妨害を施している、と見ていいだろう。映像ということは、電子に限ったものの可能性が高いか。ネガを使用する撮影でなければ、姿を抑えられないかもしれないな」
一人で呟く米崎に対して、伍波は突進する。人間では不可能のような速さで、複数の人間がいる部屋の中を、猫のように物を正確によけながら高速で進んでいく。
米崎が迎撃の為に伍波に対して、腕を出した時点で、伍波はそこで自分の身体の速度を殺し、後ろに体重の比重を置き、前に進もうとする力を抑制し、身を止める。米崎にはそれが、瞬間的に止まって見えた。後ろに体重をかけると同時に、伍波は片手に持っていた銃を米崎に向け、発砲する。外装がほぼプラスチックで作られたその銃は、スライドし、鈍い発砲音と共に銃口から火を噴いた。
行動が完全に遅れた形になる米崎は、その銃弾を体で受ける。一度停滞した伍波は、再度進路を変えて米崎に飛びこんだ。旋回するような動作で、職員がコンピューターを操作しているデスクの上に足を乗せ、変則的な動きで米崎に接近する。飛び込むと同時に銃口を米崎に向け、引き金を引く。その動作を見切った米崎が銃口から逃れると、着地した先で今度は米崎に銃口を押し当てる。銃を持った手を片手で振り払う米崎だが、その時伍波の片手にはもう一つのグロックが既に米崎の脳天に狙いを定めていた。
――殺った。
意識の中で、そう呟いた時、米崎の頭部が下方向に急速に落ちて、伍波の視界から消えた。
米崎の動作を目で追おうとした時には、伍波の足首に衝撃が走り、ぐらりと視界が揺れる。そうして初めて伍波は、米崎が即座に屈んで銃口から逃れたと同時に自分に水面蹴りを放ったのだと認識した。米崎の重量を持つ体躯では、伍波ほどの小さな体躯の人間を転ばせるのは訳はない。肩から床に衝突しそうになる自分の身体を、伍波は片方の銃を手放し、片手で無理矢理身体を持ち上げて、真横に回転しながら体制を立て直した。
地面に足が付く前に米崎に銃口を向けていたが、米崎はたいして何をするでもなくゆっくりと立ち上がった。被弾は一発。着弾位置は腹の中心部のはずだが、米崎は意に反していない。
恐らく、衣服の下にアーマーを付けているのだろう。伍波が纏っているようなものではないにしろ、彼らは家納割率という武器商人と関係を持っていた。それくらいは、所持していても不思議はない。
「……なるほど」米崎は自分衣服に付いた埃を払い、それからより強い眼光で、伍波を睨み見た。黒い瞳の、一切の光のないそれは、人のものとは思えないほどの力のある眼球だった。「子供のような体躯とはいえ、確かにこれは普通ではないな。少なくとも訓練を受けた人間を超えている。そんな規則的な動きではない。赤岸が『人間じゃない』という報告を送って来たのも、強ち馬鹿にはできないかもしれないな」
そうして、米崎は伍波が落とした銃を拾い上げようとする。頭を下げ、伍波から目を離し、背中を丸め、落ちている物に手を伸ばす。伍波は迷わず、引き金を引いた。
それを読んでいたかのように、拾い上げる動作から、米崎は横に逸れ銃弾を躱す。まるで動物のような速度で、そのまま、伍波に突進した。
「…………っ」再度銃口を向ける伍波だが、その手は先に米崎に掴まれ、払われる。そのまま、後ろに回られ、背後から太い腕が伸びてきて、首を締め上げられた。細い首は、米崎の上腕に拘束され、その身体を持ち上げられる。
「ここで使うと、周囲の作業をしている人間にも影響が出るんでな。少し加減はさせてもらう」
そう、囁くような小さい声で米崎は言うと、一度咳払いをして、再度米崎は呟いた。
「止まれ」




