TV局の中
「でも、やっぱ変だよね」局の中に入った黒句と伍波の両名は、米崎の目的が局の心臓である主調整室にあると踏み、そこに向かう為の通路を周囲を散策しながら進んでいた。局内には不思議と人は見当たらず、黒句と伍波が進んでいる通路の部分に人は通ってこなかった。通路の曲がり角に差し掛かると、さすがに立ち止まり、辺りに人、それも米崎一派の人間がいるかを確認しなくてはならなかったが、局に入ってから十分。その様子もなく、人も通路には現れなかった。局員も、米崎一派も、誰一人。「誰もいないってことは今更言うつもりはないけど、そもそも米崎くん、なんでこんなところに入ろうなんて思ったのかしら」
テレビというのがマスメディアだからとか、発言が一瞬で全国に繋がるからとか、黒句が口にしているのはそういうことではない。そもそも、そんな理由など、想像がついた時点で考えを放棄したのと同じことだ。
「どういう意味です?」黒句が発した発言の意味を、黒句の隣にいた伍波が呟く。
「ん? いや、普通テロリストがこんなところに来るかしらってこと。室内だし、それに逃げにくいでしょ、こんな所。なんか、不自然だなー、と思って」
こういった発信を目的とした建物は警備以前に占拠を対策してできている。そんな複雑な造りの建物を、わざわざ標的になどにするだろうか? 黒句が不思議に思ったのはそれだけではない。このテレビ局に米崎や黒句のような者達が自由に足を踏み入れているこの状況自体が、十分な異質と言える。そもそもこの局に中にいるべき警備員が一人も見当たらなかった。それどころか、部外者を締め出す機械さえ作動していなかった。
念のために黒句は、『無言通話』を通して、遠隔地にいるメンバーに確認を取る。
『835。葉月さん、すいません、今テレビ付けられます? で、今俺達がいる局のチャンネル、やってるかどうか回してほしいんすけど』
『――やってるよ。朝五時からの女子アナ番組が。何の変哲もなく。何の変革もなく。そりゃもう退屈に』
返答は、すぐに返って来た。当然だ。向こうで待機している当人も、部屋の中でその番組を観ているのだろう。標的の米崎がいつ動きを見せるか。その瞬間を記録し録画しこちらに知らせるのが、今通話した相手の役割だ。だから黒句も、あえてその人物に確認を取ったのだから。
黒句はその人物に簡潔に礼を述べて、『無言通話』を切る。
黒句の疑問は、より正確になったと言っていい。
「やっぱり、おかしいね。この局の中に職員はいるみたいだ。それも通常と変わらない数が。でも、局内で人とこれほど合わないっていうのも、不自然だ」
米崎が手を回したのか。いや、テレビ局には千人を超える人間が動いている。それも、次々に入れ替わる人間だ。そのすべてに、表だって問題を起こさずに干渉するなどということなど、米崎稲峰がいくら有能なテロリストだったとしても不可能だ。
――やっぱ、そういう人間なのかな。
黒句は最悪のケースを想定しながら、そこで前方に一人の女性がいることに気が付いた。曲がり角に差し掛かった時、その角から女性は現れた。この局の職員らしい名札入りのバッジを衣服につけている。一人で行動しているところを見ると、局の放送関係の人間か、それともタレントなどのマネージャーのような人間なのかもしれない、と黒句は推測した。
「……え、何なのあなた達」
女性は、黒句たちを見るなりそんなことを言った。黒句は、口を出そうとした伍波を腕で制した。代わりに、黒句が愛想のいい顔して女性に近づく。
「ご挨拶が遅れました。僕たち、最近結成したグループでして――僕は九九櫨田と言います」
口から出ているのは、ただの出まかせだ。そもそも本当のことなどを言うつもりはないし、教える必要もない。許可が必要だと言われれば、ありゃ、すいません知りませんでしたと平気で嘯くつもりだった。厚顔無恥な子供と誤解させる、厚顔無恥な作戦だった。
「あら、そう」案外、その女性は簡単に納得した。「それはごめんなさいね。見なかったから」
「あー、いえ、こちらのご挨拶が遅れただけですので。お気にせず」
そのまま、女性は黒句の方へ歩いてくる。黒句と伍波は、女性に道を開けるように通路の道の端に寄った。
その瞬間、女性の手が黒句に伸びた。
その手の先は黒句の左胸の辺りに瞬時の伸ばされ、その手には、鋭く細い、刺すためとしか思えない形状のナイフが握られていた。
「……っ、黒句さん!」遅れて、伍波が叫ぶ。しかしその時には、女性の腕は黒句の左胸に衝突している。鋭利な刃物の先端が黒句を衣服の上から貫こうとしていた。




