TV局の前の会話
国際テロリスト、米崎稲峰はテレビ局の前にいた。
現在の時刻は午前の五時前。周りには何百人もの人間が米崎の前を通り過ぎていくが、彼に目を向ける人物はいない。携帯端末で写真を撮ろうという人物も見受けられなかった。誰も、テロの首謀者である米崎に興味を示していないようである。
その様子を確認して、米崎は自分の通信端末である人物に通話をかけた。
「完了した。こちらの意思は一派の人間が設置した機材で、ほぼ局の人間全体に伝わった。このまま、俺はこの局の中に入ればいいのか?」
『うん。それでいいよ。ていうか、よく外なんかにいられるね。こっちからも見えてるけど、あの黒い外套を着た連中に狙撃されるってことを考えないの?』
「その可能性を考えたから、ここにいる」
米崎は、隠れることもせずに局の前に立つ。
「ここで俺が死んだら、奴らは行動を停止するだろう。それは願ったりだ。是非やってもらいたい」
『つまんないことを言うな。じゃあ米崎くん、視聴覚室に行ってよ』
米崎は通話を切ることもせずに、局の中に入って行く。自動ドアに足を踏み入れるまで、米崎稲峰の身には何も起きなかった。
「しかし、靄は少なくとも往来で狙撃する気配はないな」
『その言い方だと、外に出て実際に見たような言い方だけど、見たの?』
「ああ、見つけた」
米崎は、迷うこともなく、焦燥すら表さず、ひどく落ち着いた声でそう告げた。
「百メートル先のビルディングの上、そこから二十メートルのビルの十七階、こちらから見て二十メートルほどの位置にある喫茶、その隣のジャンクフード店、往来の人間に交じって何人か。人数は合計で二十七人だ。男女比は男が十八人、女が九人といったところだな」
『…………』
電話の先にいる古木という人物は沈黙する。なぜなら、米崎一派が保有する監視映像はすべて彼女が確認しているからだった。米崎一派の一員である赤岸赤子、外部からのカメラ映像を脳に出力できる彼が東京中に仕掛けていたカメラ映像を、今は古木という人物が一人で監視している。当然米崎の周囲のカメラも古木が管理している。機材の恩賜を受けて初めて古木が確認した『黒衣の人物』は全部で八人ほどだった。それを超える数を、米崎は肉眼で捉えたのだ。
「各人が携帯している武器の形状と性質から、記憶と把握をしたが、伝えるか?」
『ううん、いいや』通話の先にいる古木は、突っ込む気も失せてその話題を放棄した。『局のなかにもカメラは仕掛けたから、一応入ってきたら教えるよ。もっとも、たぶん電子映像じゃあの靄がかかるから、どんな姿なのかは教えられないけど』
「十分だ。それでいい」
米崎稲峰は、局の中に仕掛けられているカメラの一つに目を向けて、そう呟いた。
「この建物の中に爆発物がないことは昨日確認した。昨日の赤岸が囮になった経緯と、今おれが狙撃されなかったことを考えて、恐らく奴らは大規模な闘争を望んでいない。あくまで秘密裏に、実行犯を悟られないようにおれを始末したいのだろう」
『じゃあ、きみが局の中に入るのを待ってたってこと』
「そうなる。奴らが動くならこれからだろう」
歩を進めながら、米崎は受話器に言う。
「それまで、その二十七人の動向を、できる限り教えてくれ」




