oxygen destroyer による救済
「今まで、どうしてたの?」もう何十回と繰り返された言葉に、伍波は相槌を打つことすら諦めていた。目の前にいるのは自分の中学時代からの友人で、その友人に今、尋問を受けている状況だった。「紫蘭のお父さんとお母さん、すっかり元気がなくなって、もう警察も捜索を諦めてて。一時期には新聞にも載ったんだよ? それだけの事になったのに、どうして」
始めはただの質問だったものが、数時間が経過するうちにそれが尋問になり、いつしか責める口調に変わった。内容は、一貫して伍波――立花紫蘭が急にいなくなったことに対しての言及だった。伍波としては、あまり触れられたくないワードではある。
「あのさ、円居。悪いけど、私」
伍波としては、ここに置き去りにし、先に仕事に言ってしまった黒句轆轤の方に意識が向きつつある。言ってしまえば、この時の伍波百花には、目の前の旧友のことなど当に頭の中から離れていた。伍波が黒句と離れてから、すでに五時間が経過している。それほどの時間を友人とここにいたのかと思うと、伍波は今すぐにでもこの場所から抜け出したかった。
伍波とその友人、円居がいたのは、円居と出会ったショッピングモールの中にあったコーヒーショップだった。その卓の一つに、伍波は旧友と顔を突き合わせて座っている。一つテーブルには二つのコーヒーカップが置かれ、すでにそれは五杯目に突入していた。
円居は立花紫蘭の友人だった少女だ。中学の時に知り合って以来、別々の高校に行ってからもときどき会っていた。もっともそれは、紫蘭が伍波になる前までの話だが。
小さな杯の中に入っている、黒い、波打つ液体に視線を向けながら、伍波が言う。
「円居だって、大丈夫なの? こんなところに来て」目の前にいる友人を見ながら、伍波はそんなことを言う。「変装もしてないし、隠す気がありませんっていうか――目立つ」
「そんなことはどうでもいいよ。それよりも紫蘭だって」
何十回目にかになる攪乱はまたも失敗。伍波としては、これが今できる最善だったのだが。
「……ごめん、話しはまた今度に」
「なんで? ここにいてよ」すがるような声で、体面に座っている少女は懇願する。「ねえ、もう帰ろうよ、紫蘭。まだ学校だって始まったばかりだし、復学すれば勉強だってきっとついていける。紫蘭の学力ならできるよ。分からないところは前みたいに一緒に考えよう? 両親だって許してくれる。わたしだって――だから――」
「終わったよー、伍波ちゃん」
そんな、気の抜けた、場違いにもほどがあるというか、あまりにも空気の読めない声が、背後から聞こえた。そこには、別れる前とは服装の変わっている黒轆轤が、陽気な顔をして手を振りながらこちらに近づいてくる様子だった。手には黒い革製の手袋をし、顔には無数の「応急処置」の跡が見えた。そんな状態で、笑って手を振ってくる彼と言うのは、まったく無神経にも程がある男だが。
「黒、句、さん」黒句の苗字を所々でつかえさせながら、伍波は立ち上がった。その眼は大きく見開かれ、失態を見せたかのようにばつの悪い物になる。「その、すいません」
「何を謝る必要があるのか分かんないけど。まだお友達と話してたんだね」
そこで、伍波の体面に座っていた円居が、黒句を睨みつつ立ち上がる。
「あなた、この子のなんですか?」高圧的なその口調に黒句は気にする様子もなく考え込む。
「何だって訊かれてもね。まあ、一応は仕事の先輩かな」一応、と付けたその発言に円居は口を挟もうとしたが、それよりも黒句の発言が先に来た。「ところで、きみは?」
「わたしは――紫蘭の友人です。円居と言います」なんで苗字じゃなくて名前? と黒句は軽く疑問に思うが、あそうなんだ、程度に返す。「あなたが今言った『いつなみ』って、なんですか? もしかして、紫蘭のことをそう呼んだんですか?」
「そだよ。企業ネームみたいなもんでね」
「あなたがいる企業に、なんで紫蘭が務めてるんですか? この子はまだ高校生ですよ。両親にも伝えないで、高校生を働かせてるって、どんな仕事なんですか?」
伍波――旧名立花紫蘭の友人を名乗る円居という少女が、自分たちのことを好意的に見ていないことを黒句は悟る。そしてこの時黒句の脳裏にあったのは、一つの考えだった。
ああ、これはひょっとするとチャンスかもしれないな、という、一つの期待だ。
この子は、もしかしたら伍波百花の希望になってくれるかもしれない、という期待。
「黒句さん、行きましょう」しかし、それを言葉に出すまでもなく、それらの問答は伍波の一言によって遮られてしまった。伍波は、テーブルにコーヒーの代金を置き、体面の友人のことなど気にすることもなく、席を立つ。「円居さん。コーヒーおいしかったです。ありがとう。じゃあ、私は仕事があるので、また今度」
いきなり他人行儀になった伍波の口調に、円居は言葉を失ったようになる。それから、店から出て行く伍波を目で追ったあと、その場にいた黒句を睨みつけた。
「……アドレス、教えてください」アドレス? アドレスってなんだっけ? と黒句は疑問に思い、それが電子メールの送信先を指す言葉のことだと思いつく。「あの子のことについて、あなたに色々聞きたいことがあります」
「ああ、こっちとしてもそれは賛成。教えた方があの子の為なんだろうし」
そんな態度を取る黒句を、円居という少女はさらに強く睨みつける。
「何なんですかあなた」
「だから、あの子の上司」
「その割にはお若いですよね。わたしと同じくらいか、それ以下に見えますけど?」
「それは――身長が低いってことと、童顔ってことでひとつ、納得してくれない?」
円居は、からかわれていると思ったのか、頭に血が昇ったように強く机を叩こうと手を挙げ、振り上げた手が最高点に達した時、それが無為な行動だと思い直したのか、そのままゆっくりとテーブルの上へ手を降ろした。
「あと、俺携帯電話とか持ってないから、連絡の手段としてはメールは難しいかも。時間と場所を指定してくれれば、なるだけ努力して会いには行けるけど」
「……じゃあ、それで」円居という少女は、なにか不服だと言うように口をとがらせる。「日にちは明日。時間は三時ごろ。場所はここ。約束ですよ。ちゃんと来てくださいね。その時には、紫蘭のご両親も連れて行きますから。あと警察も。来なかったらあなたの顔を警察に言って、似顔絵を描いてもらって全国的に捜索させますから」
「よくやる。けど、いいね。そこまでしてくれるお友達を、俺も欲しかった」
そのまま、黒句はその場を離れる。円居は、離れる黒句に対して敵愾心を持った声を出す。
「本当に、紫蘭の両親を連れて行きますからね」
「うん、出来ればそうしてほしい。手間をかけるようで悪いけど、俺としても一度、あの子の
親には会っておかないとなって思ってたところだから」
黒句のその発言によって、円居は目の前の男、紫蘭が黒句と言っていた男がどういう人物なのか、何を考えているのかがまったく分からなくなった。
「じゃーね、円居ちゃん。――あ、あと、ちょっと思ったんだけど」黒句は、二メートルほど離れた位置のテーブルに座っている円居という少女に顔を向ける。「きみ、なんか見たことあるんだよね。他人のそら似だと思うんだけど。一応訊くけど、会ったことってある? 俺たち」
「今、警察を呼びますよ?」
その発言に、黒句は安心したように肩を竦めて、店の外で待っている伍波の元に向かった。




