殺人者の第二
黒句轆轤は殺人者である。
もっとも、それは黒句轆轤が、というわけではなく、彼がそういった組織に属しているというだけのことだった。
仕事の内容は「これから世界に対して害を与える人間を、迅速に切除すること」だ。
はっきりと言ってしまえば、所謂「殺し屋」のような職種であると、黒句は認識している。
条件は、二百四十時間以内に仕事を終わらせること、二人一組で仕事を遂行すること。
そして仕事の方法はこうである。「その人物に接触し、武力を行使し、殺害する」。
正直に言って不効率この上ない方法だ、と黒句は思う。
殺害をするのなら、そもそもその対象に会うことからして確実性がないし、殺害する人間が会いに行く、というところからして馬鹿げている。黒句にしてみれば、他国で公表されているY軸とX軸で着弾点を入力し、数百キロ先まで飛んでいくミサイルの方がまだ魅力的だ。
方法そのものがローカルというか、オールドであるとさえ感じる。はっきり言って殺人者が銃を持って本人に会いに行くなど正気の沙汰とは思えないし、そんなことなら一般の人間でも十分可能である。殺害に用いる道具が、例えば刃物類であった場合も論外だ。
そもそも、実際に殺害する対象に会いに行く、という行動そのものが、彼にとっては疑問視するべき事柄であり、実質的に実行するとなるとこれがシンドイのである。
黒句の所属している場はそういった風潮が当たり前になっている。黒句も新しい人間とは言えないが、黒句が身を置いている組織には、もっと古い体質の存在がいるのだろう、と彼自身は思っていた。
「ごめん、言い忘れてたことがあった」
そう言ったのは黒句に仕事の依頼をした、とある人物からだった。黒句が仕事に行こうと組織から支給されている外套に手を伸ばした瞬間、もう一度電話をかけてきたのだ。伝達不足を早期に気付いてかけ直してきたのは分かるが、黒句にしてみれば、わざわざそんなことをするくらいなら電話以外にも通信手段をもってほしい、というのが本音である。
「この前研修を終えたその子なんだけど、ちょっと、すごいよ」
話したいことの意図が掴めない。というか、話しのものがその「すごい」という意味を含んでいない。
「すごいって、何が?」仕方なく、黒句はそう訪ねることにした。
「仕事の仕方が。――いや、それだと語弊があるかな。なんて言うんだろう」受話器の向こうの人物は言葉を詰まらせている。「そう、簡単に言っちゃえば、彼女『天才』ってやつなんだよ」
「天才、すか」
聞きなれない言葉ではある。世間一般の方ではどうかは知らないが、少なくともそこに入っていない黒句にとっては、それは中々に聞きなれない言葉だった。
「あの子、確かまだ十六歳でしたよね? それで、天才?」
「研修に付き合った人に訊いてみれば分かる――いや、そんなことしなくても、実際に仕事に立ち会ってみれば嫌でも分かると思う。特に君なんかは」
殺人者であることを自虐的な意味で理解している黒句としては、今の発言は侮辱的だ。
「仮にも十代半ばの女の子を指して、『殺しが上手い』なんて、酔っぱらった冗談でも聞きたくない言葉ですけどね」
「なんだ、君、まだ納得してないんだ」受話器の向こう側から呆れた声が放たれる。「良心の呵責は勝手だけど。でも、あの子を最初に推薦したのは確か、君じゃなかったっけ?」
黒句達が所属している組織というのは会社ではない。一つの団体というだけで、営利は発生するものの、そこには会社ほどの共通理念は存在しない。黒句が所属しているのはグループでありコーポレーションではない。
だからその組織的なものに入る為に、特別な資格も何も必要ない。素質と即戦力になれるかを見る試験のようなものはあるが、それ以外はフリーだ。何もないと言っても過言ではない。入りたければメンバーの誰かに申し出ればいいだけだ。ただ、黒句らの組織が会社と違うのは、その存在が一切文化人に認識されていない、というだけである。黒句らは、テレビコマーシャルもチラシもそれ以外の宣伝も何もしない。それどころかほぼすべての不特定多数の人間に認知されていないと断言してもいいからだ。
「推薦なんてしてないっすよ。ただ、『仲間に入れてほしい』と言われたのが俺なだけで」
黒句が仕事を終えた後のことだった。一人の少女がいきなり彼の前に現れ、どういうつもりか自分もそこに加わりたいと言い出したのだ。黒句はもちろん、そんな願いを聞き入れるつもりはなかった。というより、「要望」とすら認識していなかった。黒句自身はあくまでその少女に「よくやる」としか思っていなかったのだが。
「あ、何、その場にいたのは君だけじゃなかったの」
「俺だけでしたよ。でもあの子とごねてる内に、もう一人のメンバーが来ちゃったんです」
黒句達の組織は、警察と同じく、仕事をする際は必ず二人以上で事に当たることに決まっている。だから黒句に少女が話しかけて来た時、黒句と組んでいたメンバーが彼を発見するのは
容易だったのだ。
「で、その組んでいた人が『せっかくだから受けさせるだけ受けさせよう』って言い出した。それがことの顛末です。俺自身も、まあどうせ落ちるだろうって思ってたんですけどね」
「ふーん」受話器の向こうの相手はそんな薄い反応を見せる。「まあ、兎にも角にもなっちゃったんだからしっかり面倒は見てね。君を同行させるんだから、心配はないと思うんだけど」
その発言が、三割は本当だが残りの七割は皮肉であることを、黒句は声質から感じ取る。
「あ、それと、彼女について言っておきたいことが」受話器の向こうの人物は思い出したようにそう言う。いや、この通話自体が二度目であり、それも『言い忘れ』からかけ直してきたものなのであるが。「あの女の子、面白い特徴があるんだよね」