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extra etc. fetus-  作者: サイタマメーカ
対象、米崎稲峰。24時間
16/60

束の間の発覚

 瞬間的な加速と共に前方に突き出される右腕。

 その手は拳ではなく開いていて、まるで黒句の肉体を千切り取ろうとしているかのような動作を、当の黒句本人が視認する。加速した赤岸はあと指先一本分ほどの距離に黒句をとあらながら、その突進の目的は黒句の打倒を目的としたものではなかった。

 むしろその反対で、「逃走を目的としてやったこと」だ。

 赤岸赤子が初速で最高速を出したのは、ひとえにこの通路を走り抜けることが目的だった。赤岸から見て『敵』である黒句轆轤がこの場にいる状況を見れば、黒句らの狙いも大方把握できる。黒句はアリーナの中にいるメンバーを殺害せずに、ただ行動不能にし、挙句の果てに最後の逃げ道であるこの通路の中心で一人、赤岸のような残党を待っていた。

 それはつまり、黒句が目的としているのは、家納割率の時のような殺害ではなく、あくまで赤岸たちのようなメンバーをこのアリーナ内に閉じ込めることだ。 赤岸たちにとって自分たちを守るはずの城が、逆に自分たちを拘束する牢になる。それは、籠城によって身を隠す赤岸たちテロリストにとって、真っ先に念頭に置かれる危険だ。

 要するに黒句轆轤は、赤岸たちにとって最終防衛ライン。これを突破し、街に脱出されれば秘密裏に彼らを閉じ込めることはほぼ不可能になる。

 赤岸にとって、目の前の少年が何の目的があってここで待っていたのかは知るところではない。おそらく、何らかの時間稼ぎのために他の仲間に無理やり配置されたのだろう、ということは見当が付く。本気で赤岸たちの出口をすべて塞ごうと考えるなら、黒句が待っていた非常通路は、十分に閉鎖範囲になりえるからだ。一歩間違えれば、黒句も赤岸たちと一緒にアリーナの中に閉じ込められることなる。

 赤岸の突進を黒句が「攻撃」と見なし、赤岸から逃れようとすればそれは門番が自分から身を引くことと同じである。そのまま、赤岸は非常用の通路を走り切ればいい。

 そう、思っていた赤岸だったが。

 伸ばされた手が、黒句の顔に向けられ、あと数センチでその顔に到達しようとしたとき、黒句を中心として白い気体が辺り一面に拡散した。ほんの一秒にも満たない時間で、赤岸はその速度で爆発するように拡散する気体に衝突する形になる。

 その瞬間、赤岸の左の眼に突くような痛みが走る。同時に、目に異物が入ったと認識したためか、痛みを感じると同時に左目から涙があふれ出た。

 非殺傷兵器。一般で言う催涙弾というものだ。対象者の呼吸器官と視野を奪い、無駄な死者を出さずに無力化する。

「あーぶねぇ」催涙弾を黒衣の中から取り出し、起動させた黒句は、後ろにある出口の方向に下がりながら目と口を塞ぎ、気体の届かない範囲まで身を離していた。

 防護マスクでもしとくんだった、と黒句は今更な後悔をする。この通路に換気の為の装置など常備されていない。鎮圧のための気体兵器を使用すれば、その気体は長い時間その場に対空することになる。多少下がったところで催涙弾が広がっていないことを確認し、息を大きく吸い込み、目を開く。前方に見えたのは、四角い通路を白い気体が埋め尽くしている光景だった。

 逃げられることを意識しての選択だったが、これで赤岸が催涙弾の効力を受けたのだとすれば、彼を閉じ込めるという目的はそれで大方完了したと言える。視界と呼吸器官を奪ったことにより、もう赤岸赤子は走れない。

 予定の時間(、、、、、)までに、その状態の赤岸が黒句を押しのけて出口に向かうのは到底不可能だ。

 そう楽観的に考えた、矢先だった。

 その白い気体の中から、何かが飛び出した。

 走行する時に生じる空気流によって、白い気体を身に纏いながら飛び出したのは、催涙ガスの中にいたはずの、赤岸赤子だった。

 モーターのような、機械的な動力でも埋め込まれているかのように速い。

 黒句に接近した時と同じく、トップスピードのまま、彼は黒句の方向に駆けてくる。

その光景を目視した黒句が取った行動は、今度こそ正真正銘、『赤岸赤子への迎撃』だった。

 右の手を赤岸に突き出す。対して赤岸は、その行動に臆することなく黒句に対して手を突き出し続けている。

 交差する両者の腕。赤岸は黒句の両目に手を伸ばし、黒句はそれよりも先に、赤岸の肩を捉えた。衣服の部分だけを強く掴み上げ、赤岸の突き出してきた手を躱しつつ、体制を崩し、赤岸の両足を蹴りつける。支えを失ったように、態勢を崩す両者の身体。

 赤岸が両手で倒れる体の態勢を整え直そうとするのを、掴んだ肩を思いきり地面に叩き付けることで阻止した。黒句の予想に反してその体躯は軽く、赤岸は額からコンクリートの地面に激突する。黒句はもう一本の腕で態勢を即座に立て直し器用に起き上がった。

「あー、びっくりした」態勢を立て直した後で黒句が言ったのは、そんな間の抜けた言葉だっ

た。今、一人の人間を思い切り地面に叩き付けたとは思えないような様子(テンション)で、後ろの出口に続く通路に立ちながら、赤岸を見る。「てか、やっぱりきみ、薬が効かないのかな? さっきの睡眠薬といい今の事といい、まったく意に反してないわね」

 そう言う黒句に対し、赤岸はゆっくりと、地面から体を持ち上げる。

 ――あ、キレるかな。

 直感的にそう感じた黒句は、数歩ほど後ろに下がり、赤岸との距離を保つ。

しかし、赤岸が次に黒句に向けた顔は、まったくの無表情だった。その表情のまま赤岸は何事もなかったかのように立ち上がり、衣服に付いた埃などを無言で払った。

「丈夫だね。サイボーグ?」黒句が完全に煽りで言ったその発言にも、赤岸は反応しない。ただ黙って、黒句を凝視してから数秒、ようやく思いついたように口を開いた。

「おまえ、本当に人間か?」物凄く冷静な口調で、今までの口調とは違う言葉が出て来たことに、少なからず黒句は驚いた。ついでに言えば、その言語内容に一番驚いた。人間か? って、質問としてはどうなんだろうと思うほどに。

 もう一つ、黒句が信じられなかったのは赤岸が何の傷も負っていないことだった。黒句は態度こそ平常を装って入るが、赤岸をコンクリートに叩き付けたのは本気だった。立ち上がれなくするほど強く打ち付けたつもりだった。それなのに、赤岸は今黒句の前に立っている。叩き付けることそのものは、本人の体重によって威力が違うが赤岸はその体重が非常に軽量だった。

 蟻がどれだけ高所から落ちても死なないことと同じだろうか、と黒句が考え赤岸に目を向けた時、あることに気が付く。

「――きみ、その右目って、もしかして義眼?」まったく配慮のない質問。しかしそれに、赤岸は答えることをしなかった。これは、黒句にとっては意外ではない。むしろ普通だ。「もし、そうだったなら謝るよ。サイボーグだなんで言って悪かった」

「悪かったと思うなら、そこ、どけよ」

「そりゃー無理。悪いがこっちもお仕事なんでね。譲れないものはある」

 義眼と言っても、木製を削った目のペイントが描かれたものしか見たことがない、古い人間である黒句には、それは見たこともないものだった。黒い瞳孔のようなものはカメラなどに使われているレンズであり、その中に複数の層のようなものも見えることからオートフォーカスを搭載している。よくよく見なければ気付かなかったところだが、それはデジタル映像などを映す際に扱われる、カメラのレンズそのものだった。

 黒句には、その義眼の原理は分からない。精々が、カメラを眼球として視力代わりにしているのか、という突飛な想像しか浮かばない。が、確実なのは、赤岸に催涙弾が大した効果を示さなかったのは、彼の片目がその義眼だったためだろう。

「じゃ逆に聞くけどさ、あえてきみがここに閉じ篭ってくれる、って選択肢はないの?」

 黒句はそう、訊いてみる。

「ないな。てかあり得ねえ。ふざけんな」返って来たのは、そんな返答。

「いや、別に冗談で言った訳じゃないんだけどな。今のは」そう言った黒句の雰囲気は、それまで赤岸に対して接してきたどれでもないものだった。途端に表情が消え、声もそれまでのふざけた態度とは異なっていた。「赤岸赤子くん。この仕事を請け負う時にきみの情報はある程度もらった。日本じゃある程度の犯罪者で、年齢はまだ十七歳なんだってね。俺が今回一番疑問だったのは、なんでそんな子供がこんなことに参加してるのかってことだよ」


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