覘きの作戦会議
「赤子、って言うから女性と思ってましたけど、男性なんすね」
そんな能天気な言葉を吐く黒句に対し、呆れた目を向けたのは、既にアリーナの前に他のメンバーと共に待機していた金崎修吾という人物だった。黒句に対して『無言通話』を送った本人でもある。周りには黒句や金崎と同じように黒い外套を纏った人物達がそれぞれの位置からアリーナを見つめていた。
昼の日差しに照らされた黒一色の集団は、周りを通る人々には何かのグループに見えるのか、視界には納めるものの、素通りで街中に消えていく。
「あの中身の見取り図、ってか地図みたいなもんはあるんですか?」
黒句が訊くと、金崎は黒句に対して折りたたまれたパンフレットのようなものを一枚差し出す。それは目の前の建築物、『Tokyo new arena』の来客用のパンフレットだった。簡略化された見取り図で、しかも一般客が通れないルートはすべて地図上からは削除されている。が、これだけでも黒句達が中の構造を把握する上では十分だ。
「まあ、十分なんですが。一応、職員用と一般用の出口って全部で幾つか分かります?」
そんな質問をする黒句に対して、金崎は指折りでその出口を数えていく。
「非常口も合わせて、全部で二十五。ああ、もう一つ地下に地上に出るトンネルがあるから、それも含めれば全部で二十六だな」
金崎はこの建物の構造を把握していた。先ほどのパンフは自分の口で説明するのが億劫だったから、ということなのだろう。
「中にはどれくらいの人数が?」
「さっき、黒いトラックが何台か入ってったのを見た。あの貨物の中にぎっしり人間が詰まってるとすれば、大体百人くらいじゃないか?」
百人。それは、物量作戦は行えないと言っていいだろう。今この場にいる黒い外套を着たメンバーは精々が三十名だ。しかも、相手は籠城を決め込んでいる。強引に突破する、といった
手は使えないと言っていい。
「てか、あれを管理してる人たちは一体どうしたんすか? どうしてこんなにあっさりテロ集団なんかに占拠されたんです?」
「職員は、恐らく全員まだあの中にいる」それを聞いた時、黒句は耳を疑った。「あのアリーナを利用しようと思っていた団体がいてな。まあ、今日は確かフリーマーケットが開催される予定だったんだが、どうもアリーナ関係者から『今日は利用できない』って一本の電話が入ってから、一切の連絡が取れなくなったらしい。それからこの数時間、あのアリーナには鍵がかけられ、その間怪しげなトラックがアリーナの地下駐車場に入り放題だ」
それは、まあ、本人達にも隠す気がないと言って間違いはないだろう。
むしろ、米崎一派であることと、これから暴動を起こすことを行動で予告しているようなものだ。さっきほどからアリーナの周りを何人かの警官がうろうろしている理由もうなずける。
よくやる、と黒句は心中でつぶやいた。
「まあ、周囲を散策している警察関係者には、そろそろ退散願うとする。一に言って、立ち入りの禁止を命じさせておくことになるから、あと数分くらいで撤退するだろうぜ」
しかし、それでも状況は一向に変わっていない。結局は黒句らの仕事なのだ。
「で、じゃあどうします」黒句が、特に答えを求めてもいない様子で、金崎に訊く。
「あのアリーナの構造は権利を持ってる人間から大方取得した。それを踏まえれば、さっき言ったサービス業か、まあ、このまま奴らが出てくるのを待つかだな」
「それはまあ、ゆっくりですね」急いで来いと言われた黒句としては腑に落ちないところだが、まあいい。この状況は黒句にとって、むしろ都合のいい状況と言える。
必要なものは人数とそれに見合った役割。必要事項はそろっている。
周りのメンバーの様子をしばらく窺った後、黒句は唐突に口を開いた。
「あー、皆さん、案を一つ提示したいんですが。今皆さんってどんな装備ですか? 今ここに開錠担当の方とか、コンピューターに強い方とかかがいると嬉しんですが」
案の定、メンバーが一斉に黒句の方向に向く。その視線には、少なからず失敗しても黒句轆轤という男の所為にできる、という期待の視線が含まれている。
その様子を見て、当の黒句本人は困ったように薄く、笑った。
「あと、お高いですけどプラスチック爆弾なんかあると助かります。俺はちょっと買い物してきます。時間はいっぱいあるんですから、準備の時間は気にしなくてもいいですよね?」




