米崎一派、赤岸赤子
そこは広大な床の上だった。元々は武道館として、アーティストなどの活動の場に使われる予定で作られたアリーナで、正式名称を『Tokyo new arena』。これ以上の都市向上を目的とした、明らかな無駄遣いとして税を使ったと思われる建物の中に彼らはいた。
周りには私服姿の人物達が数十人。その中でも黒い防護服に包まれた人物達が更に数十人。アリーナの中に運び込まれた大量のアタッシュケースを広大な面積に置き、その中に入っていた携帯用の武器を各人が備えている。ある者は銀色のケースの中から拳銃の部品を。ある者はケースの中に綺麗に畳み込まれた防護服を。各人が手の付けたケースの中を開けては身に着けていく。その数およそ百人。それほどの数が、一つのアリーナに収まっていた。総席数八千を超える新築のアリーナとしては、それでも余分にあまるほどのスペースがあったのだが。
その中で一人、周りは二十代のから三十台の大人ばかりの中、不似合な人間がいた。
外見は完全に少年である。歳の頃は十七歳ほどで、高校生ほどだろう。髪は真っ赤に着色し、防護服ではなくカジュアルな服装をした少年が、目をつぶってその場に座り込んでいた。彼は何を思ったのか、その場で目を開かないまま、口を歪ませる。
「おい、テメーら、聞け」急に、座っていた少年から辺りに拡散するほど大きな声と、次いで手が上がる。「ここに、今からあの『黒い靄』共が来る。それも家納の時とは比べ物にならないほど多い。たぶん、家納の時と同じことになる。おまえら全員皆殺しだ」
その言葉で、周りの人物達がぎょっとしたのが空気になって少年に伝わる。
対して少年は、その様子を鼻で笑った。
「おいビビんなよタコ。それでもいっぱしのテロリストかよおまえら。これから日本国に一泡吹かせんだろうが。靄ごときにビビッてどうするよ」
それでも態度を変えない彼らを前に、少年はつまらなそうに目を細める。
「こっちは武装もしてる。今この人数から計算して、一応機動隊も制圧できる武器と人数だ。下手に同士討ちでも始めなきゃ、そもそも全滅なんざあり得ねえよ。俺の『目』で捉えた例の黒い靄の数は二十超ってところだ。俺達はその五倍の数だぜ。現状をよく見やがれ」
その少年の言葉を以てして、ようやく周りの動揺は静まって来た。
「俺達の目的はなんだ?」少年が周りに訊く。周囲の百人は、一斉に声をそろえた。
『日本国の転覆!』
「俺達はなんだ」
『国際テロリスト、米崎一派!』
「テメーらの敵はなんだ」
『目の前に見える、日本国の政治、体制、人!』
「はい、正解」手を叩く。アホらし、と少年は内心本気で呟いたが、口には出さなかった。
「あの、いいですか」
「あん?」少年のすぐ横にいた一人の男がおずおずと言った感じで手を挙げた。
「あの、赤岸。あなたは今、我々の中でも最低限の軽装しかしていない。それも、携帯できる
程度ものがほとんどだ。あなたは、本当にそれで――」
そう言う男の口を、少年――赤岸赤子は本気で蹴りつける。サッカーボールを蹴るような動作で口に足刀を入れられたその男は、赤岸の二メートル後ろに吹き飛んだ。蹴った瞬間、歯が何本か飛んだ気がしたが、そんなものは赤岸の知ることではない。
「ターコ。オレの心配なんかしてんじゃねえよ。テメーらは黙ってお座りしてろ」
何人かのメンバーが蹴られた男の傍に駆け寄るが、それを、赤岸は完全に無視した。
彼の目前にあるものは、二つの眼意外に映っている『黒い靄』のみだ。
それらはもう自分たちの待機しているアリーナの周りに集合している。赤岸にあるのは、その『靄』に対する恐怖ではなく、単純な好奇心だった。
――あれだけの『靄』が街中を歩いて、不思議に思わない人間がいるはずがねえ。つまり、あの『靄』は映像のみに作用する解像度の処理ってことだ。本来は、恐らくそこに人間がいる。
赤岸赤子がその若さで米崎一派の幹部にいるのは、その手腕によるところが大きい。彼の能力が他の人間よりも優れていたからこそ、彼はここにいるのだ。
他のメンバーが明確な危機感を覚えている中、彼だけが自分に迫っている『敵』の実像を捉えようとしてた。




