招かれざる友人
「黒句さん、新聞とかって読まないんですか?」『降りる』際、伍波は黒句に対してやはり無表情にそう言った。「ニュースとか、ネットとか、結構有名な話題なんですが」
「見ないねえテレビは。新聞も買ってないし。ネットも仕事の時に『降りない』と見ないかな」
「……数週間前、暴動が起きる前に、ネット上でこの米崎って人が『東京都を標的とした暴動を起こす』って言い出したんです。始めは誰も信じなかったけど、そしたら一週間前の事件があって。暴動が起こった後、すぐにまたその米崎って人からネットに声明が上がったんです。それはテレビにも取り上げられて、それでようやく世間一般に認知された」
そういう成り行きが、この数日の間に行われた、ということの方が、黒句には驚きだった。たったそれだけの時間で、日本国をそこまで揺らしたという事実そのものが。
「ネットで声明を上げたって言ったけど、それってでも偽者とか出て来るよね」
「元々、その米崎っていうのは他国に言ってて、そこで指名手配を受けていた人らしいです。ですから、当時彼の声明は、ネット上にいる騒がせたいだけの人よりも遥かに大きな存在感を出していた。有象無象のネット世界の中から特定できた理由は、そこにあるみたいです」
「――そのファイルって、音声ファイル?」
「はい。でなければ、一さんが過去の写真しか手に入れられなかった理由に繋がりません」
伍波と黒句が『降りた』場所は、東京二十四区の中にある、とあるショッピングモールの中だった。吹き抜けの通路の中に黒い上着を纏った二人の少年少女が降り立つ。
「目的地は――ここから二百メートルちょいかな」黒い外套の中から小型の地図を取り出して、黒句が言う。「そこに、米崎稲峰くんがいるんだっけ?」
「違います」即、伍波に否定される。まあ、これも、黒句はわざと言った訳だが。「私たちが今日やることは、『米崎稲峰を主体としたテログループの阻止』です。したがって、これから行くところに米崎稲峰はいません」
「その人たち『米崎一派』とか言われてるんだっけ?」黒句は、聞き齧った単語を口に出す。
「それは、彼が声明をした時にできたネットスラングです。それが、ここ数日の事件でマスメディアにも使われるまでに至った。そういう経緯を通して、彼を主体にするグループの総称を日本限定で『米崎一派』と呼ぶようになった。このたった数日で定着した呼び名ですが」
「詳しいね、伍波ちゃん」黒句がそう言うと、伍波は途端に口を閉じてしまった。ひょっとしたら怒ったのかもしれない、と黒句は思い、それ以上の追及は止めることにした。
「今回の目的は、米崎一派の赤岸赤子という人物が起こそうとしている第二のテロ行為を未然に防止することです。彼らが今集まっている場所が、今私たちが目指している場所で――」
そこで、伍波は人混みの中に目を向けたまま放心したように固まった。
黒句は伍波の視線の先を追う。その先には、同じく伍波に目を向けている、一人の少女がほんの十メートル先に立っていた。伍波と同じくらいの年ごろだろうか。服装的には女性的なもの、黒句から見て『今どき』の服装を身にまとった子供である。
「――紫蘭?」十メートル先の少女から、声が上がる。それは、と黒句は思う。それは、伍波百花の前の名前だ。つまり、今目の前に立っている少女は、伍波が黒句らのメンバーに入る前を知る知人、とうことか。「紫蘭、だよね」
一歩一歩近寄ってくる少女から目を離して、黒句は横にいる伍波を流し目で窺い見る。
そこには、完全に驚いたという表情を顔に張り付けた、伍波の貌があった。
次いで、伍波が見せた表情は困惑だった。常に無表情だった彼女を見て来た黒句としては、この反応はむしろ新鮮である。
「――円居」伍波が辛うじて口にした言葉は、今こちらに歩いて来ている少女の名前だろう。ああ、これは間違いない、と黒句は認識する。あの少女は、伍波――立花紫蘭の知り合いだ。
「――よかった」大量の息を吐き出すように、伍波曰く円居という少女は安堵の表情を見せる。そうして、更に伍波に近づいた。「行方不明になったって聞いて。五か月もどこ行ってたの? お父さんもお母さんも心配してるよ? 学校も休学になったって。――今、どうしてるの? なんでいきなりいなくなったの?」
「……えっ、と。うん」黒句から見て、伍波の困惑の原因はいくつかあるが、大きく分けて二つだ。一つは今の自分を昔の知人に見られたことに対して、どう説明していいのか分からないという困惑。もう一つは、これから仕事に行くという状況だというのに、この少女に捕まったという事実だ。「その、今は――」
伍波が黒句に助けを求めるような視線を送る。それを見て、黒句は伍波に対して口を開いた。
「話してくれば?」そう言った瞬間、伍波の眼は大きく見開かれ、途端に非難の色を帯びて黒句を睨み見た。「別にきみがいなくても大丈夫よ。それに、お友達に次にいつ会えるかなんて分からないでしょ。お仕事の方はこっちで他の人たちと何とかしておくから」
「…………っ」その瞬間、伍波は今までに見たことがないほどに弱気な顔になる。おかしなものだ、と黒句は思う。十数人の男に銃を突きつけられても焦ることすらしなかった人物が、そんなことで焦りを見せると言うのは、甚だ不思議ですらある。
何かを言われる前に、黒句は伍波を置いてその場を離れた。正直に言えば、黒句はこの状況を幸運に感じていた。これで短時間だが、伍波という少女が黒句らの仕事に関わることはない。素早く目前の仕事を終わらせることを視野に入れて、黒句は足早にショッピングモールを後にする。
『966#。黒句轆轤。聞こえてるか?』
ショッピングモールから離れて、道路の歩道を歩いている最中、そんな声が黒句の頭に響いてきた。黒句はすぐにその『無言通話』に対応するための所作をする。
『はい、聞いてますよ』
『……やっと出たな。お前、いつ着いた?』
『ついさっき、伍波ちゃんと一緒に』
『伍波? ああ、新米か。一緒にいるのか?』
『いいえ、今彼女は大事な用があって、それに追われています。少し時間がかかりそうなんで今回の仕事から抜けるそうです。指示は俺が出しました』
あまりにも勝手な黒句の行動に呆れたのか、『無言通話』をかけてきた人物はしばらく黙り込んだ後、深い溜息なようなものを一つ吐いた。
『今、皆さんは目的地にいるんですか?』
『ああ、そうだ。お前も早く来い。仕事の内容は知ってるな?』
『殺害対象の米崎稲峰。その一派である赤岸赤子を中心として行われようとしている暴動を事前に食い止める――ですね。あと、そこって最近できたばっかりのアリーナでしたよね?』
『本当なら米崎優先のはずなんだが、先に暴動を起こそうとしてるんで繰り上がった奴だ。実際に今回の暴動が起こされた場合、一体どれだけの被害が出るのか想定できないってんで、米崎よりもそっち優先で処理してくれ、だそうだ』
『もしかして、アリーナの中に人がいっぱいいるパターンですか?』
『そうだ』その発言で、黒句はその赤岸という人物が起こそうとしていることのビジョンが出来上がった。正直、シンドイ。『暴動の内容は、それで分かっただろう』
『はい。まあ、そりゃ捨て置けないわけだ』
『分かったら早く来い。あと二分で来なかったらお前抜きでやる。その場合、俺達がやることは「サービス業」だ』
サービス業。その意味するところを知っている黒句としては、それは一番望まない結果だ。
『分かりました。あと二分ですね』時間的には余裕があるが、黒句はその場で走り出した。
無言通話を切って、しかし黒句は自問自答する。
「うーん。でもどうだろうなあ。おかしくないかな、やっぱりそれは」




