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白銀の救世主  作者: 明青
6/10

男として

 ギイィ、と音を立てて、重々しく扉が開く。

 皇司祭を先頭に、一行は部屋に足を踏み入れた。


(意外に、狭いな)


 最初に芹が思ったのはそれだった。

 執務室と聞いて大広間のように広い部屋を想像していたが、部屋の中はどう見積もっても20畳ほどだ。私室のようなものなのかも知れない。


 しかし中はさすがにとてつもなく豪華だ。足が埋まりそうなほどふかふかな深紅の絨毯が敷き詰めてあり、窓の縁は全て金色だ。白い壁にも様々な額縁が掛かっている。

 そして部屋の奥、巨大なタペストリーの前に、これまた巨大な執務机がある。そこに、三人の人間がいた。


「おおアドルファス、今日は朝議に顔を見せんからどうしたかと心配したが、元気そうで何よりじゃ。しかし何じゃ、あの内容を全てぼかしたような走り書きは? 予にはさっぱり理解が及ばなかったぞ」


 机の中央に座っている、黄金の冠のようなものを被った初老の男が、鷹揚に手を広げて一行を出迎えた。


 彼がグラディウス帝国の皇帝なのだろう。見た目はアドルファスと同じくらいか少し下か。しかし細身なアドルファスと違い、彼は太っている。それもかなり。ゆったりとした豪奢な衣服の上からでもそれが分かる。そして皇帝という肩書きにしては……存在感が少々薄い気もする。


「有難う存じます、陛下。このような場を設けて下さったことにも。しかしどうにもここに来るまでに外に漏れてはならない内容でしたので、万が一のためにああするしかなかったのです」

「……聖下」


 いつの間にか跪いていたコルウェルが聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、自分の仕草を真似るようにと言ってくる。

 怜人もいつの間にか同じことをしているのを見て、芹も聖剣を持ったまま慌ててそれに倣った。

 やはりコルウェルはいい人だ。


「して、結局用向きは何ぞ? そなたの背後におる、その奇妙な服を着た男女か?」


 奇妙な服とはおそらく制服だろう。

 やはり、少なくともこの国ではこの服は奇妙、な物らしい。


「左様です。手短に申しましょう。両皇子にもご機嫌麗しく」


 アドルファスの挨拶に、皇帝の両隣にいる若い二人が揃って礼をした。そうか、この二人は皇帝の子供なのか。そう思ってみれば、少しだけ顔は似ていなくもない。顔は。

 二人ともすらりと背が高くて、皇帝の体型とは似ても似つかない。


「しかし、ジェラルド殿下はともかくとしても、コンラッド殿下は」

「良い良い。ジェラルドは今や立派な宰相であるし、コンラッドも末端の皇子とはいえ政治の世界に足を踏み入れたいようじゃ。秘密の一つや二つ共有させても良いだろうて」

「では」


 いや良いのかそれ。芹は内心で突っ込んだ。

 政治の世界に秘密が重要なのは芹でも分かる。そしてこの聖剣使いだの聖剣だのの話はかなりのトップシークレットなのだろう。それをこんな適当で良いのか?

 

「……聖下、立って、前へ」


 すっと皇司祭が退くのに合わせて、コルウェルが囁きかけてくる。それに従い、芹は怜人とともに三人の前に出た。


「ア、アドルファス、これなるは聖剣ではないか!? やっと、やっと使い手を見出したのか! でかした!」


 芹の持った聖剣を見た途端、皇帝が手を叩いて喜びを露わにした。他の二人も、皇帝の背後で目を見開いている。

 聖剣使いというのはやっぱりそんなに驚かれたり喜ばれたりするものなのかと、芹は聖剣をぎゅっと抱きしめた。怖いことに変わりはないが、まぁ、悪い気はしない。


「何と、のう、目出度いことよ! さぁ、人を遍く救うそなたの名は何と言うのだ、教えておくれ!」


 しかし、そこで芹は違和感を覚えた。

 皇帝の目線は芹ではなく、怜人を見ている?


「角怜人と申します、陛下。しかし畏れながら」


 怜人の言葉の中に、芹は僅かに嫌そうな、本当に嫌そうな響きを感じ取った。


「聖剣使いは私ではありません。彼女です」

「な、なんじゃと!? そこな女、そなたの小間使いではなかったのか!?」


 またか、と思うとともに、あぁ、この皇帝は暗愚というやつなのかなと、芹は納得した。

 芹も自分が賢いほうだとは毛頭思っていないが、これは酷すぎる。確かめもしないうちから聖剣を持っていない怜人を聖剣使いだと決めつける。

 第一、聖剣は所有者以外満足に触れないとアドルファスも言っていたではないか。それを皇帝が知らないはずはないのに。


 それとも、それほどに芹が使い手であるということが信じられないことなのだろうか。


「……円堂 芹と申します、陛下。私が聖剣使いです」


 それでも多分挨拶しなければさすがに不敬と言われるだろう。芹が膝を折ると、皇帝は本当なのかと言うようにアドルファスを窺い見た。


「左様です、陛下。そこな少女が聖剣使いでございます」


 アドルファスの肯定に、皇帝は今度は芹をじろじろと眺め出した。


「なんと、のう、いつまで経っても見つからぬと思っておれば、女が使い手であったのか。盲点じゃ、盲点じゃ。そうじゃ、まだ名乗っておらぬのう。予はグラディウス帝国第八十七代皇帝、イゴール=マリウス・エセルバート・グラディウスじゃ。後ろの二人は予の息子、第三皇子ジェラルドと第……何だったかの、忘れてしもうた、コンラッドじゃ。ジェラルドは宰相を務めておる」


 皇帝の両側に立つ二人が、芹に向かって礼をする。皇帝の手の動きから見て、右側の長い銀髪がジェラルド皇子、左側の金髪碧眼がコンラッド皇子だろう。



「してアドルファスよ、この娘御はどうするつもりかのう?」

「そうですね……本来なら神殿にて預からせて頂くべきなのかもしれませんが、おそらくこのカク・レートも含め武には疎い様子……そうだな?」


 皇司祭の言葉に二人して頷くと、さもあらんとばかりに彼は続けた。


「ですので、身柄は神殿と皇城で半々にしては如何かと。まずは何にしても戦えるまでに持って行くことが重要です」

「ふむ、ふむ、そうじゃのう、そちの言うとおりじゃ。しかし、のう」


 ちらりと皇司祭を見た後、皇帝は芹に視線を戻した。

 芹はその視線に、僅かにねっとりとしたものを感じてぞっとした。思わず聖剣を抱きしめる手に力が入る。


「女が聖剣使いであるというのでは、少々不安がる者もおるだろうて。どうじゃ、一時予の後宮で預かるというのは」


 円堂芹、17歳にして太ったおっさんによる貞操の危機!


 後宮に入るということはすなわちこの皇帝の妾にでもなれということなのだろう。いやいや待て待て待て待て。


 これは全力でやめろと言っていいことなのか。横のアドルファスをちらりと見ると、こめかみを左手で軽く押さえて渋い顔をしていた。

 あ、この人もしかして結構な苦労人なのかもしれないと芹は思ってしまった。彼は宗教のトップ、この無能な皇帝陛下相手に日々苦労しているのかもしれない。


 いやいや、今はそんな時ではなくて。渋い顔をしていても何も言ってくれないのならもう懲罰か何か覚悟で芹が……


「それには及ばないと思われます、父上」


 と思っていたら、今までずっと黙っていたコンラッド皇子が声を上げた。ジェラルド皇子が彼をキッと睨んだが、彼はどこ吹く風と言うようにそちらを見ようともしない。


「なぜじゃ、コンラッド。女の地位を高めるには予の後宮に入れるのが一番手っ取り早いじゃろうて」


 頑張って、コンラッド皇子。この皇帝、もっともらしいこと言っているけど目はスケベ親父のそれです。


「後宮というのは少々手荒な方法ではないでしょうか」

「なぜじゃ」

「後宮に聖剣の使い手がいるというのはそれこそ彼女が女であると知らしめてしまうというもの。か弱く頼りにならないというイメージが先行してしまうことになりかねません」


 むむむ、と皇帝は唸った。


「ではどうすれば良いと言うのじゃ、コンラッドよ」

「女であるという理由で問題が出てくるのなら、いっそ男になればよろしいのではないかと」


 コンラッド皇子は清々しい顔で言い切った。


 いや、お前の方が相当に手荒だな!? 芹は心の中で全力で突っ込んだ。

 円堂芹、17歳にして性別転換の危機!?


「男になる? どういうことじゃ」

「何も本当に男になると言う訳ではありません。拝見したところ、彼女はどちらかと言えば中性的な容姿の持ち主。背丈も合わせて声変わり前の少年ということにすれば、男だということに出来るのではないでしょうか」


 女らしい背丈じゃなくて悪かったな。背も低くて悪かったな!


 いや、問題はそこではない。見た目は彼曰く誤魔化せるとしても、時が経てばばれるということも……


「隠し通せなかったら、それはどうなるんですか?」


 思わず芹が口に出して問うと、コンラッドは芹ににっこりと笑いかけた。

 だが待て、この男、目が全く笑っていない。


「聖剣の使い手は皇族に次ぐ貴人の扱いだからね。私生活を回りに見せることはまず無いから、身の回りの世話をする者を厳選すれば隠し通せないことはないだろうと思うよ。二人の容姿からして、東方からの移民ということにすればきっと皆そういうものかと納得はしてくれる」

「ならば、隣の彼――カーク、と言ったか? にも協力してもらおう」


 コンラッドに続いて、右隣の皇子――ジェラルドという名前だったか――が口を開いた。


「私ですか?」

「そうだ。聖剣使いに付き物な役職に、守護騎士というものがある。聖人である聖剣使いの普段の護衛などを務める役職だ。服装からして二人は"迷い人"か? 同郷の出ならば上手くフォローし合うことも出来よう。如何でしょうか、陛下」


 皇子二人の弁に、皇帝は腕を組んで考え込んだ。お腹の肉のせいで、腕を組むのにも大変そうだが。


「ふーむ、二人がそう言うのなら、そうしてみるのも一興かのう……異国の少女を後宮に入れることが出来ぬのは残念じゃが……(これは良くは聞こえなかったが、芹は間違いなく皇帝がこう言ったと思った)。どう思うか、アドルファス?」


 芹がちらりと皇司祭を伺うと、彼も腕を組んで考えているようだ。しかし眉間の皺は随分減っている。

 これはきっと、受け入れる体勢だ。


「良い案かと。国民を徒に不安がらせることも無し、二人にとっても良い位置になるだろう。どうだ、受け入れる気はあるか?」


 そう言われて、芹も考え込んでしまった。


 どうやら、聖剣使いが女子であるというのは相当にまずいらしい。それ自体が少し腹立たしいが、事実そうだと言われるなら仕方がないのだろうか。


 本当に男になるというのではなく男のふりをするだけなら、芹にも出来るかもしれない。

ここで受け入れなければ、コルウェルとの湊太を探してもらうという話が無くなってしまうかもしれないし。


 でも、ちょっと待てよ、と芹は思った。

 何も、その約束はコルウェルとで終わらせなくても良いのではないか。


「……私は、承諾します。守護騎士というものになれば良いのですね」

「そうだ。承諾して貰えて良かった。……そなたはどうなのだ、エンドゥ・セリ」


 皇司祭の問いかけに、芹は覚悟を決めた。

 皇司祭は激高するだろうか。怜人は不機嫌になるだろうか。

 コルウェルも困るかもしれない。

 だが。


「分かりました、聖剣使いとして、男ということにします」


 芹の返事に、皇帝は手を叩いて喜んだ。


「おお、おお、目出度いことじゃ! ではそなたら二人には、予からセリア・エンドゥとレイ・カークという名を下賜しよう! 迷い人の名のままでは不便であろうし、セリアという名は男にもおるでの、そう不審がられることもない」


 怜人が特に拘りもなさそうに、ありがとうございますと答えた。それを聞いて芹もそういうものなのかと納得する。

 西洋風な名だがほとんど自分の名から取ったものだし、あまり違和感もなさそうだ。

 

 それに、芹が拘るのはそこではない。


「分かりました、陛下。セリア・エンドゥと名乗ります」


 芹は皇帝の方へと、大きく一歩踏み出した。何事かという顔をする皇帝の前で、先ほどのように膝を付く。


「でもその代わり、私の頼みを一つだけ聞いて頂けませんか、陛下。人を探して欲しいんです。私の大切な人なんです」

「ッ……そなた、陛下に向かって取引など! 身の程を弁えよ!」


 案の定、皇司祭が大きな声で怒り出した。怜人が隣ではっと息を飲んだ音も聞こえた。


 だが構うものか、と芹は皇帝に頭を下げ続けた。


「私は、承諾します、陛下。聖剣の使い手になります、男として行動します。だから」


 芹は必死の思いだった。

 芹にとって、湊太を探すことは何にも勝る優先事項なのだ。その為なら、男になることくらい。


「そなたは陛下を脅迫しているのか!? 自分の頼みを聞かなければ言うことを聞かぬと!」

「私の言葉の意味がそうなってしまうのなら、それでも構いません。何だって構いません。だから」

「よい、アドルファス。話は聞こうではないか」


 まあまあ、と言うように手を振りながら、皇帝が割って入った。


「エンドゥ・セリ、聖剣の使い手が聖剣の使い手として行動することは、人族全体にとって素晴らしい利益じゃ。それに比べれば、のう。誰を探して欲しいのじゃ」


 芹はその時確かに、皇帝の中にスケベ親父ではなく、遠く昔に亡くなった父親の面影を見た気がした。

 何だか泣きそうになって、芹は目をぎゅっと閉じた。


「私たちと同じ、"迷い人"なんです。男で名前は呉街 湊太、年も私たちと同じ17歳です。黒髪黒目で背丈は170cm位、髪の長さは……もう5ヶ月前だから何とも言えません。どうかお願いします、陛下」

「その男は、お主の恋人であったのか?」

「違います、付き合ってたわけじゃないんです。でも幼馴染で……とても、大切な人だったんです。お願いします」


 ふむふむ、と皇帝は頷いた。


「また後で捜査官を向かわせようの。解った、その望み、聞き届けよう」

「良いのですか、陛下」

「良い良い、女の願いは叶えてやれるものなら叶えてやるものじゃ」


 やれやれと言うように首を振りながら、皇司祭は次は無いからなと芹を睨む。

 だが芹にはそんなことどうでも良かった。

 湊太を探してもらえる。見つかるかもしれない。その安堵で体から力が抜けた。


芹はもう一度、皇帝に深く頭を下げた。


「ついでじゃ、守護騎士殿よ、そなたの望みもあれば一つ聞いてやるが、どうじゃ? 何ぞあるか?」


 皇帝が今度は怜人に問いかけると、彼は打てば響くようにこう言った。


「ありがとうございます、しかしご心配には及びません。私の望みはここから帰る手段を知ることで、それは皇司祭猊下が引き受けて下さいましたので」


 あ、そんなことを頼んでいたのか、と芹は目から鱗が落ちたような気がした。


 考えてみれば当たり前だ、突然こんな所に連れて来られて、帰りたいと思わない方がおかしい。

 ただ、芹は湊太のことだけ考えていたからそれを失念していただけで。


 でも今、芹は本当に帰りたいだろうか?


「おお、そうか。ではまずは休む所の確保じゃの。コンラッド、二人に客間を宛ててやれ。アドルファスとジェラルドはここに。少々話を聞きたいことがあってのう」


 皇帝の言葉に三人がが一礼し、コンラッドが軽やかな足取りで扉の方へと歩み寄った。


「では父上、退出致します。二人ともついて来て、部屋を与えよう。あとコルウェルも一緒に」


 ギイィ、と扉を開けるコンラッドに続いて、芹と怜人――いや、セリアとレイ、そしてコルウェルは皇帝に一礼すると執務室を出たのだった。




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