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白銀の救世主  作者: 明青
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世界の命運

 コルウェルの手短な(本当に手短だった)説明が終わった瞬間、芹は馬車の窓枠に突っ伏した。


(だめだ、すごく深刻な話だった……)


 なんでもこの世界には、創造神ユリエルが創ったとされる人族と、ユリエルの元妻神である邪神オルテミシアが創ったとされる魔族がいるらしい。伝説の上では他にも竜族や森林族といった種族がいるとされているが、姿を見たという者もそのことを記した実録さえないのでその存在はすでに伝承の域に達しているとか。よって、人族と魔族が高い知能を有する生物ということになる。


 この人族と魔族、太古の夫婦神ユリエルとオルテミシアの壮絶な決裂の時から絶望的に仲が悪いという。古の時代から二つの種族は互いに憎み合い、ある時代には人族が僅かに優勢となり、また別の時代には魔族が僅かに優勢となり、幾度となく潰し合いながら時を経てきた。その仲の悪さゆえに同じところに住むことは到底出来ないので、人族は人領、魔族は魔領と呼ばれる土地でそれぞれ生活をしてきた。


 魔族は人族のような明確な身分制度を持たず、魔族の中でも何種類かに分かれる種で小規模な集落を作って暮らす種族だった。その寿命は総じて人族よりも遥かに長く、その代償として繁殖能力は人族よりも遥かに劣る。よって魔族は人族よりも数の面で圧倒的に不利だが、その不利を補って余りある恩恵として、彼らは例外なく魔術という力を扱うことができた。魔族はその力を以って下僕である魔物を生み出し、魔物と魔術とを駆使することで今まで滅びずに生き延びてきた。


 しかし20年ほど前、突如として魔領に「魔王」を名乗る者が現れた。

 当時は人族が今までに無いほど魔族に対して優勢な時期だったため、人族の国々はどうせそんな者が出てきたところでどうにもなるまいと気にも留めていなかったという。しかしその魔王はじわじわと魔領に住む魔族たちを纏め上げ始め、ついに魔領を自らの下に統一せしめた。


 そして、そこからが人族にとっての地獄の始まりだった。

 魔王は配下となった魔族を率いて人領への侵攻を開始した。人族が優勢を保っているのだから迎撃して蹴散らせるはず、と考えていた魔領に接する人族の国々は、瞬く間に次々と侵略された。

 魔王の配下に下った魔族の魔術の力が、以前とは比べ物にならないほどに強力になっていたのだ。魔族は無数の魔物を生み出して歩兵とし、自らは将軍や隊長として大魔術を放ち、無限に魔物を生み出して数の暴力にした。

 そして今、人族の国で残っているのはかつての半分、たったの7国だという。


「人族……の方には、魔族に対抗できるような力はなかったんですか?」


 芹が馬車の外をちらっと見ると、何だか立派なお屋敷と呼べるものが建ち並んでいる。貴族街というところに入ったのかもしれない。


「魔族に魔術があるように、人族は創造神ユリエルの御力をお借りすることで聖術というものを行使できます。しかしそれが出来るのは神に仕える神官、その中でも一部――私もその一人ですが――だけです。加えて魔術は攻撃特化型。聖術には人を癒やす技は多く存在しますが、魔族に対して有効な攻撃技はそう多くありません。ただの人族のみで魔族に打ち勝つのはただでさえ難しい芸当だったのです」


「ただの?」

「ええ、あくまでもただの人族ならば。しかし――」


 コルウェルは、芹の持つ聖剣に熱い視線を注いだ。


「その聖剣と聖剣使いあれば、あるいは魔族と互角に戦えるかもしれません」


 理解するのに、しばらく時間がかかった。


「……聖剣と、聖剣使い? 聖剣使いは」

「聖下、あなたのことです」


 芹は、嫌な予感が的中したことを知った。


「……私? じゃあ、なに、もしかして、私に魔族と戦えってことですか? この剣を持って?」

「ええ、それが聖剣使いです。我々が待ち望んだ」

「殺したり……しませんよね?」

「……? 戦うというのと殺すというのは、同義ではないですか?」


 背中を、冷たい汗が流れていく。


「そんなの、じゃあ、無理よ」


 コルウェルが、なぜそんなに動揺しているのか分からないというようなきょとんとした顔をしている。

 芹はそれを見て思わずソファから立ち上がった。


「だって、私はさっきまで普通の高校生だったのに。突然こんなことになって、剣を持って、人を殺せだなんて、そんなの出来るわけない」

「人ではありません、奴らは」

「でも、人族と敵対してるってことは同じように知性も感情も持ってるってことでしょう? 意思疎通も出来るんでしょう? 動物を殺したこともないのに、そんなの絶対出来ない。出来るわけない!」


 最後はほとんど叫んでいた。

 コルウェルは目を見開いていた。口元も小さく開かれている。

 なに、その呆気に取られたような顔は。私はそんな変なことを言ったつもりはないんだけど。芹は目を逸らしたら負けだとばかりに、コルウェルの視線を正面から受け止める。 

 そのまま少しの間二人は動かなかったが、やがてコルウェルが手を上げてソファを指し示した。


「……ひとまずお座りください、聖下」

「む……」


 芹は心の中では渋ったが、馬車の揺れを感じ取れるほどには気持ちも落ち着いていた。ゆっくりとソファに腰を下ろす。


「まずは配慮が足りなかったことをお詫びします。剣を取って戦えとは、女性である聖下には酷なことを申し上げてしまった。しかもこことは関係のない場所から来られたというのに」


 コルウェルは芹に向かって深く頭を下げる。


「聖剣の使い手という存在が、一人の人間であるという認識が欠けていました」


 その声は沈んだもので、芹もそれ以上強くは言えなくなってしまった。


「いえ、その、ごめんなさい、私も大きな声を出してしまって。謝ってくれるってことは、さっきの言葉は取り消しなんですか?」


 取り消し、という言葉に、コルウェルはうっと言葉に詰まる様子を見せた。形の良い眉を申し訳なさそうに寄せて悩むかに見えたが、すぐに首を横に振る。


「……いえ、聖下、取り消すことはできません。私もこんなことをお願いするのが理に適っていないことは百も承知しました。しかし、他に手がないのです。聖剣をその手に執れた人物は、ここに至るまであなたしかおられないのですから」

「ああ……皇司祭さんも言ってましたね、色んな人に試したって」

「ええ、上は皇族、下は貧民街や辺境の地に至るまで、年齢も問わず、出来うる限り全ての人間にです。しかしそれでも聖剣を手に執れた人物は現れない。先ほどのレイ・カーク殿でさえそうです。そんな中、聖下だけが聖剣の刃を鞘から引き抜き、今に至るまでそのように平気で持っておられる。間違いなくあなたしかおられないのです、聖剣を扱い、魔族への突破口を見出し、人族を救ってくださる方は」


 コルウェルは必死に言い募っている。その言葉に嘘がないのは芹にも分かる。

 しかし。


「でも、そんなこと言われても……私はこれに触れるだけで、戦う方法も分かんないです。そんな、戦えるような、殺せるような勇気もない」

「戦いの方法に関しては、大将軍に教えを請えば何とでもなりましょう。我々神官も、出来る限りの手助けをいたします。聖下がお望みならば、聖下のおられた世界からやって来た人間を集めて、聖下を助けて頂くようにお願いすることも出来ます。もちろん、レイ・カーク殿にも」

「そんな、角くんが私を助けてくれるなんて、あるわけないじゃない。他の人にしたって……?」


 はて、と芹は首をかしげた。コルウェルは今、何と言った?


「コルウェルさん、今、私のいた世界からどうのって言いました?」

「ええ、このグラディウス帝国とその属国に呼びかけ、聖下の世界からの"迷い人"を探し出しましょう。彼らは総じて優秀だと伝承に残っています、きっと聖下の」

「それほんと!? あの神殿みたいな所で、こんなことは初めてだって言ってたじゃない! 信じられないって!」


 芹はコルウェルの言葉を遮るようにして、ソファから落ちそうなほどに身を乗り出した。出来ればそのまま両肩を掴んで揺さぶりたい勢いだ。

 必然的に、コルウェルの顔がかなり近い位置に来る。

 コルウェルも突然の芹の食い付きと顔の近づき具合に慄いたのか、体をものすごい速度で後ろに引いた。


「そ、それは……そうです、閉鎖された大聖堂の真ん中に”迷い人”が現れるなど――もちろんこちらの普通の人間もですが――前代未聞です。今でもこの目で見なければ信じられない、驚天動地の事態です。予言があったわけでもありません。しかし」


 言いつつ、ソファにぐっと深く座り直す。


「神殿でなければ、”迷い人”が一人や二人現れても、そこまでの驚きではありません。そのような存在がいたことは記録に残っていますし、”迷い人”という名が付くくらいです、数人いたのでしょう。もちろんとても珍しいことではありますし、今現在こちらにそういう存在がいるのかも調査をしないことには分かりかねますが」


 ”迷い人”。

 芹たちの世界から来たという人間。

 芹はこの世界に来てしまったときのことを思い出した。

 見事な夕焼けだった。それが今にも沈もうとするとき、芹は激しい頭痛に襲われた。

 特別小さな通りでもないのに、気がつくと隣の角くん以外誰もいなくなっていて。突然視界がぐるぐる回って気を失って、目が覚めたときには大聖堂の床に倒れていた。

 

 同じだ。

 視界がぐるぐる回って気を失った先は分からないが、それ以外は全て。

 湊太が芹の目の前から消えたときと、全て同じ。湊太が芹に、芹が怜人に置き換わっただけだ。

 だとすれば、自分たちと同じ目に遭った湊太がこの世界に来ている可能性は、もしかすると限りなく高いのではないか。いや、きっとそうに決まっている。あちらではあんなにも捜査が進んでいなかったのだから。ここに湊太が来ていたのだとすれば、それは見つからないわけだ。


 芹は胸が早鐘を打つのを感じた。

 ちら、とコルウェルの方を見やる。

 少なくともコルウェルは、今現在そういう人間がいるのかどうかは把握していないようだ。コルウェルがどれほど偉いのかは分からないが、一番偉そうな皇司祭――猊下、というのはキリスト教では教皇への尊称だったはずだ――の側近のような立ち位置に見える。大司祭という名前から見ても、そこそこの地位にいそうだ。

 彼に全力を出してもらえれば、少しぐらいは期待が持てるのではないか。


「もし、もし私が引き受けるって言ったら……コルウェルさんは、その”迷い人”探しを全力でしてくれますか。

「ええ、創造神ユリエルの名にかけて、全力で捜索すると誓いましょう。私は政治には関わることのない神官の身、単独では出来ることは多くありません。私の伝を辿ることになりますが……どなたか、探して欲しい方でもいらっしゃるのですか?」

「はい、一人心当たりがあるんです。たぶん、こっちに来たっていうのが合っていれば、来てからだいたい5ヶ月くらいだと思うんですけど」


 ”迷い人”の存在が出たとたんにこの食い付きっぷりなのだ、そう思って当然だろう。


「5ヶ月ですか……それほど短期間となると特にどこかの組織に属しているということも考えにくいですね。その分捜索の難易度は上がるでしょうね……」

「難しいですか?」

「残念ながら。私の伝を辿るといっても、おそらく実際に動いてくださるのは領主の方々です。ご自身の領地外のこととなると、どうにも手薄にならざるを得ません。それこそ、猊下か皇帝陛下なら、如何様にもすることが出来るのですが……」


 ……皇司祭に頼むのは、嫌だな。

 皇司祭の芹への態度を思い出して、芹は彼にだけは頼まないでおこうと決心した。頼み事なとしたら、絶対にまた何か酷いことを言われそうだ。


「それ以外は、どうしても……む」


 今までおおよそ一定の速度で動いていた馬車が、緩やかに止まった。


「聖下、皇城グラディシアに到着したようです」


窓から外を確認したコルウェルが、片手で馬車のドアを開けた。


「皇帝陛下への謁見です。お降りください」



 そうして芹と怜人、コルウェルと皇司祭は、やたらと長い廊下の端にある、やたらと豪華な装飾の扉の前にいた。扉の脇には騎士のような大柄な男が二人立っているが、芹たちが突然現れたことに驚いている様子はない。


「驚かれましたか?」


 コルウェルがどこかいたずらの成功した子供のような笑みで、唖然とした顔の芹と怜人に問いかける。


「……さっきまで、中庭みたいなところにいましたよね?」


 芹聖剣を持って馬車から降りたのは、周りを中世の城のような建物に囲まれた庭園だったはずだ。同時に前の馬車から怜人と皇司祭が降りたのも見た。 

 それが、隣でコルウェルがぶつぶつと何かを唱えた途端、この扉の前にいたのだ。


「聖術だ」


 芹に答えたのは、意外なことに皇司祭だった。芹がコルウェルをちらっと見ると、コルウェルは首を小さく横に降った。


「同じ皇城の中とはいえ、馬車が発着できる場所と皇帝陛下の執務室はあまりにも遠い。そこで陛下の執務室までの直免を賜っている者は、それを行うだけの加護を受けた神官付きならば皇城のどこからでもこの扉の前まで移動することが出来るのだ」

「テレポートみたいなもんか」


 どうやら体調が回復したらしい怜人が芹の隣でぶつぶつと呟いている。

 芹は改めてコルウェルを見やった。テレポート能力がどの程度のものなのかは分からないが、大司祭という役職といい、彼はかなりの力を持つ人物なのだろう。


「朝議は済んだのか?」

「はっ! 先ほど終了しました。皇帝陛下は中に居られます」

「そうか」


 アドルファスの問いに、扉の脇の騎士がはきはきと答える。


「今からグラディウス帝国の皇帝陛下に謁見する。くれぐれも失礼の無きように」


 皇司祭は芹と怜人にそう釘を刺してくるが、芹にはどうやったら皇帝に対して失礼ではないのかなんて分からない。

 それは怜人も同じなんだから、少しは教えてくれたっていいのに……と隣の怜人を見やると、彼は至極何ともないという顔をしている。


 ……こいつ。

 恐らく馬車の中で、アドルファスは怜人には作法のようなものを教えたのだ。

 コルウェルはというと、微笑みの中にうっすらと焦りのような表情を浮かべているのが分かった。

 コルウェルが芹にわざと教えなかったとは考えにくい、なんせ話題があれほど深刻だったのだ。今訊きたいとも思うが、人物的にも状況的にもどうにも訊きにくい。またアドルファスに無碍に扱われそうだ。

 もしかして彼は芹に恥をかかせたいのでは……と思ってしまうのは、芹の彼に対する勝手な偏見だろうか。


 そんなこんなで芹が思い悩んでいるうちに、皇司祭は目の前の扉を右手に持った杖でノックしていた。


「皇帝陛下。皇司祭アドルファス・ヴォーン、只今まかり越しました。入室しても宜しいでしょうか」


 部屋の中から、許可するという旨の返答があった。声質からして、若い男のようだ。

 二人の騎士が、両開きの扉を押し開く。

 とりあえず怜人のすることを真似していよう、と芹は決心した。

 




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