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白銀の救世主  作者: 明青
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プロローグ

「グルアアアァッ!!」

 

 雄叫びを上げ、剣先をまっすぐに向けて突進してきたトカゲと人間が半分ずつ混じったような魔物二匹を視界に捉え、セリアは聖剣の柄を両手で握り直しながら魔物の方向へと瞬時に向き直った。

 剣を下段に構え、猛然と地面を蹴る。間近に迫っていた敵に自分からさらに肉薄し、一匹が繰り出してきた刺突を避けると同時に懐に飛び込み、聖剣を鉄の鎧を着込んだ脇腹に横様に叩き込んだ。


「グッゲエエエェッ」

 

 凄まじい打撃を加えられて魔物は剣を手放しながら吹っ飛び、少し離れた樹に激突する。それにはもう目もくれず、セリアはもう一匹と正面から切り結び、さらに相手を押し出して距離をとった。加えられた力にふらつく敵に再び肉薄し今度は斜め下から斬り上げると、魔物が着けていた胸当てはいとも簡単に切り裂かれ、倒れた魔物の胸から薄い緑がかった血が噴き出した。


「はっ……ぁ……」

 

 二匹目が仰向けに倒れたことを確認すると、セリアは詰めていた息を大きく吐き出し、甲冑の上から左胸を押さえた。耳の奥にど、ど、ど、と太鼓を叩いているような音が聞こえている。分厚い金属越しでも、今にも口から飛び出しそうなほどに暴れている心臓の鼓動が感じられそうだ。

 

 初めての、というわけではないが、剣の修行が終わって間もない中での実戦投入である。手ずからセリアの剣の修行を行った大将軍と比べると魔物の動きはあまりに単純で遅く、一匹を討ち取るのにはほとんどそれぞれ一撃か二撃で済んでしまったが、それでも命を張る実戦での緊張は並ではない。他の者の追随を許さない剣の腕を授かっているにも関わらず、いざ魔物の群れと遭遇すると体は訓練の時のようには動いてくれない。そのため、実力ではセリアよりも遥かに下になってしまったはずの他の騎士たちのほうがセリアよりも多くの魔物と斬り結んでいたほどだった。

 

 木がまばらに立つ満月の夜の林の中、もう戦闘を行っている騎士はいないようだった。木々の隙間から届く月の明かりで、両手では数え切れない数の魔物が地面に倒れ伏しているのが夜目にも分かる。

 あたり一面に漂う魔物の血の独特な臭気に、セリアは思わず肩を落として溜息をついた。


「また……」

 

 また、たくさん殺してしまった。

 

 頭で分かってはいるのだ。

 魔物や魔族たちが人とは程遠い、邪悪な存在であること。ここでこの魔物たちの大群を食い止めていなければ、この先にある街で大勢の死傷者が出たこと。魔物を操って人の国を滅ぼさんとする邪悪な魔族を撃退しなければ、人間に未来は残されていないこと。

 

 ――そして、その先に彼を探す未来が無いであろうことも。

 

 それでも、生き物を攻撃し傷つけるということは、セリアにとって本来この上なく恐ろしいことだった。


「聖下、ご無事ですか?」

 

 騎士のアベルが、常の無表情な顔で大股に歩み寄ってきた。大将軍付きである彼とは初めて剣を握った以来の付き合いだが、彼が表情を大幅に変化させるのをセリアは未だに見たことが無い。

 人の目があるために敬称のみで呼ばれることに苦笑し、セリアは言葉を返す。


「大丈夫、両方ノックアウトしたから。それより他の騎士たちは?」


「騎士団は新入りのルドルフが肩に傷を負って手当てを受けておりますが、その他は軽傷を数名負っただけです。聖下がご無事で何より。ここに向かった魔物はおそらく全滅させましたので、速やかに城まで撤退するとしましょう」

 

 アベルのよどみない返答にセリアは頷く。セリアとしても、この殺戮の場所からは早く離れたかった。


「分かった、じゃあみんなに指示をお願い」


「かしこまりました。散った騎士たちを呼び戻します。……ところで、レイ様はどちらに?」

 

 ふと思いついたようなその言葉に、セリアは体が強張るのを感じた。無意識に聖剣の柄を握り締めた自分の指が痛い。


「知らない。どうせ無傷でそのへんにいるでしょう」

 

 自分でも、自分の声が急に暗くなったのが分かった。


「しかし……レイ様はセリア様の守護騎士なのですから、やはり……」


「もういいから、早く撤退命令出して!」

 

 今、そんなお説教は聞きたくない。

 セリアの考えが届いたのか、アベルはしぶしぶといった体ながらもやはり無表情で頷いた。


「承りました。では、聖下も騎馬の方へ」

 

 ほら貝を下げた騎士のほうへと歩み去っていくアベルを見送り、セリアは魔物の血がべっとりと付着している聖剣を足元の草で拭って汚れを落とした。緑がかった液体が大量に付着していた聖剣が、白銀に輝く刀身を取り戻す。

 それを腰の鞘に納めた途端、戦闘が終わったのだという実感が湧いてきて、セリアは自分のまとう大掛かりな甲冑の重みが急に増したように感じた。


(少しくらいなら、大丈夫かな)

 

 撤退のほら貝の音が聞こえたので本来ならすぐに馬のほうに戻らなければならないが、騎士たちは広範囲に散らばっている。彼らが戻ってくるまでにほんの少しの時間なら休めるだろうか。

 そう思ってセリアが腰を下ろしかけたそのとき、


「グルアアアァッ!!」

「ッ!!」

 

 背後で雄叫びが上がり、剣で風を切る音がした。背後から降ってきた剣戟を、セリアは振り向きざまとっさに右腕の篭手で受け止める。ガキイィン、と金属音が辺りに響き渡り、衝撃で腕の感覚が一瞬無くなった。

 先ほどセリアが樹まで吹き飛ばした魔物だった。


「聖下!!」

 

 近くにいた騎士たちが顔色を変えて駆け寄ってくるのが視界の端に映るが、なにぶん広範囲に散開していたため今すぐにはこの魔族を斬れるところまで来ていないのが見て取れた。

 右腕で剣を受け止めている中腰のこの体勢では左の腰にある聖剣を抜けないし、蹴りを繰り出して距離を取ることもできない。


(不利だ……!)


 腹の底に冷たい痺れが広がる。

 掛けられた重さで甲冑が割れれば右腕は重傷を負う、しかも右腕無しで聖剣は握れない――

 魔族が剣にさらなる体重を掛けてきた。


「くっ……」


 あまりの重量に、篭手の下の右腕に痺れが走る。

 もう、保たない――篭手が割れることをセリアが覚悟したとき、

 

 ヒュッ

 体のすぐ横を風が奔ったのを感じた、それとほぼ同時に目の前の魔物の首が吹き飛ばされた。


「無事か?」

 

 どこか飄々としながら心地よい、しかしはっきり不機嫌だと分かる声がセリアに掛けられる。


「……レイ」

 

 のろのろと顔を上げると、セリアを不機嫌そうに見下ろす兜の中の色素の薄い茶色の眼と目が合った。

 合ってしまった。


 「命の危険は……無かったもの、……大丈夫よ」

 

 どんどん声が小さくなっているのが自分でも分かる。


「そうか」

 

 レイは周りで蒼白な顔で立っている他の騎士たちの方をちらっと見ると、急に纏っている雰囲気を柔らかくした。手早く剣を拭って鞘に納め、セリアに恭しく手を差し伸べてまっすぐ立たせる。

 そして、戸惑うセリアの目の前で膝をついた。


「聖下がご無事で何よりです。この私、守護騎士でありながら御身のお側を離れ、申し訳ありませんでした」

 

「……いや、戦闘に不測の事態は付きもの。守って頂き感謝する」


 演じろ、とばかりに笑顔を浮かべているだろう顔の中の目だけを使って睨みつけられ、セリアは震え上がりそうになりながらも何とか言葉を返した。そして、レイが顔を上げるタイミングに合わせ、今の自分にできる精一杯堂々としているだろう仕草で跪いているレイに手を差し伸べた。


 滑らかな仕草でセリアの手を取って立ち上がったレイは、明らかにほっとした様子の騎士たちを振り返ると帰還準備を続行せよ、と命じた。騎士たちの注意が自分たちから完全に逸れたのを待って、セリアのほうを見もせずに林の入り口へと大股で歩き出した彼を、セリアは慌てて追う。

 

「レイ……ちょっと、レイってば!」


 セリアが勇気を振り絞って後ろから呼びかけても、レイは振り向きもせずに黙って歩き続ける。歩幅が圧倒的に違うため、彼が大股で歩いているところをセリアは小走りで追いかけなければならない。


「レイ、その、ごめんなさい……悪かったと思ってるから、その、……うわっ!?」


 ぴたり、と急にレイが立ち止まった。その動きに対応できず、セリアは彼の纏う甲冑の胴部分に兜をしたたかぶつけてしまった。


「悪かった、だって?」


 上から降ってきた低い声に、体がびくりと震える。

 おそるおそる顔を上げると、レイはまっすぐにセリアを見下ろしていた。


「いつまでも魔物一匹満足に片付けられないようなら、その地位と聖剣はとっとと俺に譲れ。お前なんかよりも……俺のほうが、よっぽどそいつの力を引き出してやれる」


「あ……」


「お前の道楽に、俺を付き合わせんな。俺は、あいつの消息もこの世界の人間の危機もどうでもいい……とっととこの世界での帰還の紋章を見つけて、帰ることだけが目的なんだからな。お前がいつまでも力不足のままなら、」


 色素の薄い茶色の眼が、冷たくセリアを睨み据える。


「お前に決闘を申し込んででも、その聖剣を奪って俺は俺の目的を果たす」


 最後に一瞥をくれ、そのまま踵を返して歩み去っていくレイの背中を、セリアは呆然としながら見つめた。動かないセリアに騎士たちが訝しむような、心配そうな視線を向けてくるが、それに取り合うこともできない。


(今回は私が悪かった、悪かったけど、そこまで……!)


 レイが自分を快く思っていない、ということはセリアも分かっていた。顔を合わせると例外なく空気が棘棘しくなるので、セリアのほうから意識的に顔を合わせないようにしていたのも事実だ。


 だけど、あんな憎しみのような感情を持たれていたなんて。


 だが、騎士たちの中で自分が最後尾に近くなっていることに気づいて歩き出しながらセリアはふと、おそらく自分はそれよりも前から嫌われていたのではないか、思った。彼はいつもセリアと顔を合わすときは、少なくとも愉快そうな顔はしていなかった。 

 

 林の入り口に辿り着き、愛馬に鞍を着け直して跨りながら、セリアはこの生活が始まった日のことを思い出していた。

 

 そう、自分たちがほんの数ヶ月前までいた世界、ごくありふれた日本人の高校生としてレイとクラスメートであった世界、そして自分の全てであったと言える人が消えてしまった世界から、この世界に突然来てしまった日のことを。 

 

 

 

 

 

 初めての連載になります。続けていけるのかなど不安もたくさんありますが、楽しんで頂ければ幸いです。

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