第五話 迫り来る恐怖(6)
4 決死の戦い
「東だと?」厳鬼が口を歪ませ言った。
けれどその後、「えっ!」信二は己の目を疑った。というのも、奴の姿が、突然消えていたからだ。
どこへ行った? 彼は急いで厳鬼がいた場所へと駆け寄る。すると奴が立っていた、ちょうど真うしろの壁に通気口が見える。50センチ四方の穴が足元に空いていたのだ。
仕舞った! どうやらそこから逃げ出した模様。しかも、追手が来れないように内側から柵までも架けられている、所謂カラクリ扉だ。これでは内部に入れない。
「クソッ、上手く逃げられたか!」そのため、信二は悔しがる。だが次に、どこに繋がっているのか分からないものの、こうなったら奴を徹底的に探すしかないと考え直し、すぐさま外へ飛び出した。
同時に部下たちも彼に追随する。その場は、いつの間にか懸命に捜索する警官たちで溢れていた。
一方、東は、決死の覚悟でミサイルを追っていた。ジェットエンジンを巧みに操作して、怒涛の勢いで上昇しようとする弾頭弾を目指して突き進んだのだ。
しかも、近辺で飛行していた戦闘機の方も、同様に接近し始めた。ミサイルを撃墜する準備が整っているようだ。とはいえ、それはあまりにも危険過ぎる話でもある。結果次第では、周りに甚大な被害をもたらす巨大爆発となり兼ねないからだ。
そこに東の登場となれば、彼らにとって選択すべき対処法は決まったも同然か。
そう思った途端、やはり上層部が動いたようだ。パイロットが戦闘機を右旋回させて退き始めた。――無線で通達されたのだろう――
斯くして結論が下った。頃田牟市民の運命が、東の肩に託されたという訳だ! もう彼以外、誰も阻止できない。
よって東の、捨て身の飛行が、ここに幕を切っていた! 口を真一文字に結んだなら、早くも大気圏に向かって一気に加速し始めたミサイルへ、スロットルを全開にして近づいていったのだ。それも常人では考えられないほど、どんどんと速度を上げて!……
ただし、それに連れて物凄い風圧と制御不能の揺れが彼に襲いかかってきたことは、言うまでもない。……それでも彼は、その苦難を一心に堪え、あらん限りの力で抵抗する。何とかミサイルに接近し、側面へ並ぼうとエンジンを最大限に吹かした!
そうしてその奮励の末……超高速にも拘らず、愈々並走して、真横に弾頭弾を視認しつつ上昇しだしたァー! これでやっと、もう目の前、手の届く範囲にミサイルを捉える。
するとこの瞬間、東は思いも寄らぬ奇策に打って出る。何と、彼はベルトのバックルから数十センチだけ細いワイヤーを引き出し、それ以上の長さが出ないように内部の糸巻を固定した後、あろうことかワイヤー先端の鈎をミサイルの胴体、金属接合部の隙間へ引っかけたではないか。――無茶な! その鋼線は自分の体と強固に繋がっているのだから、凄まじい加速力で身を引き裂かれるかもしれないのに――と当然ながら彼も、一時憂虞したにも拘らず、今は己のことなど心配をしている暇はないと結論付け、断行したのだった。
途端に、ワイヤーからの強大な張力を受ける! 背中のジェットエンジンも、疾うに燃料が切れていたせいで、彼は抵抗もできぬまます、ミサイルの側面に馬乗りとなって両手両足でしがみつく。忽ちミサイルと一体化して飛行をし始めたよう。流石にこうなると、もう自由は利かない。恐ろしいほどの風圧と加重力がのしかかってきたからには、体も硬直して、全く微動だにもできなくなっていた。
しかもここで、さらなる加速の辛苦! ロケットエンジンがより噴射を強めたため、見る見る重力が増していき、予想以上の超絶な圧力になっていった。これでは、ワイヤーにかかる力も強大になり過ぎて破断の限界に近いぞ!
さあ、どうやって苦境を乗り切んだ? このまま何もできないでいるのか! いいや彼は、身動きが取れなかろうとも諦めはしない。その証拠に、東の手が……徐々に動いている。しかしこの状況下でのG、言い換えれば手の体感重量は、5倍? 否、もしかすると10倍だ。それなのに彼は、その凄まじい重さに抗い、懐から〝ある物〟を取り出そうとしていた!
……と、その時、なおも追い打ちをかけるようにミサイルの噴射口からけたたましい爆音が轟いた。もう一段激しく噴射して、再三の速度増加を招いていたのだ。そうなると、それに伴う加重力も極限にかかってきたことは間違いない。そしてワイヤーの断裂も、無論、始まったー?
そう思った、次の一瞬!
「うっ!?」遂に、切れてしまったー!
[だがその一歩手前で、東はミサイルの噴射口側面に物体を付着させる]
ただちに、東は錐揉み状態で真っ逆さまに高速落下した。対するミサイルは、悠然と成層圏に向かって上昇噴射……
――突如、爆発音が響いた!――ミサイル噴射口で爆発が起こったのだ。
続いてその火が、胴体の液体燃料に引火したせいで――激烈な大爆音を轟かせた!――ミサイルが木っ端微塵に破裂していた。とはいえ、破滅の権化である弾頭は原形を留めたまま、粉砕された鉄塊とともに猛烈な速度で降下し始めた。そうして、あっと言う間に海面との恐々しい衝突音を立てて海の中へと突き刺さり、後は、空気を揺るがす籠もった破裂音が海底で発生した。弾頭弾が……炸裂したのだ! その結果、途轍もないエネルギーが放出され、巨大な山と見紛うアーチが忽然と海面に築かれる。次いで、その水の山は、半球状に膨らみ限界点に達したところで、最後は大波へと変貌を遂げ四方に広がりだした。海は振られ、嫌と言うほど上下動を繰り返す。ただし、惨事はそれだけ、その他は何の異常もなく、誰も傷ついていなかった。
東が……とうとう、やり遂げたのだ! 事前に仕込んだ小型時限爆弾を使って、漸く弾頭ミサイルを破壊していた。何という兵だ!
ところで、当の東はどうなった?
大丈夫だ。小型ジェットに収納されていた緊急パラシュートが開いて、無事海に着水。その後、警察の船に収容されていた。
されど、未だ彼は急いでいた。弾道弾を防いだにも拘らず、すぐに船舶に備えつけられた水上バイクに乗り換え海に出ていった。何故なら、まだ戦いは始まったばかりだと認識したからだ。厳鬼が、高速ボートを使って島から逃走を謀ったという報告を聞いたせいだ。
東は、厳鬼を見つけるために走った。耳元の無線レシーバーから警察ヘリの情報を聞きつつ、その誘導に従って進んだ。
そこには、遮る潮風を掻き分け、厳鬼の船を追跡する、東の姿があった!