第五話 迫り来る恐怖(1)
第五話 迫り来る恐怖
1 プロローグ
夕刻ともなれば、会社帰りのサラリーマンたちが、居酒屋に悦楽を求めて屯することがよくあるもの。
しかし、それとは一線を画した佇まいの男たちが、テーブルを囲み膝を突き合わせて飲んでいた。その表情は、一時の平穏に浸っているかのような和やかさが垣間見えていたが、その根底には強い信念も窺い知れた。
1人の中年が口火を切る。
「西村くん、君のご両親は田舎でご健在かね?」と他愛のないことを訊いたみたいだ。
そうしたところ、「はい、最近は農園なんかして悠々自適に暮らしているみたいです」と信二が警視に向かって答えた。同時に、横の席に座る東が、その会話を耳にしていた。
その面々とは、捜査一課、第9班の男たちだった。
「そうか、まあのんびり暮らすのが一番だな。後は君が早く結婚でもして、安心させてやらないとな」
「いやあ、まだ早いですよ。今は仕事で手一杯ですから」
「ううん、そうだな。君は焦らなくてもまだ若いか。だが東、君はそろそろ考えたらどうだ?」と次に警視は、東の方へ振ってきた。
彼は無表情のまま、重い口を開く。
「私は両親を子供の頃に交通事故で亡くしてしまい、叔父に育てられましたので、あまり心配させる人もいません。ですので……」
「そうだったな、君は意外と孤独な男だったな。どうだ、わしが見合い相手を紹介するが?」
「…………」それには、東も返答に迷う。
すると、信二がその様子を見かねたみたいで、
「大丈夫ですよ、田所さん。東さんにはもう意中の人がいるんですよ」と横から茶々を入れてきた。……が、それは全く、思わぬ援護だったため、東はすぐに反論しなければならない羽目に。
「にっ、西村、何を勘違いしている」と。
ところが、警視の方はその言葉を真に受けたみたいだ。意外だと言いたそうな表情を見せ、
「ほう、東九吾の堅物にもそんな相手がいたのか?」と訊いた。
東は仕方ないと思いながらも、苦笑いして、なおも強く否定する。
「いえいえ、それは違いますよ」と。
それでも警視は、了承したかのように話を繋げた。
「まあいいじゃないか、愛すべき人がいるだけで張り合いも出るというものだ。しかし、安心したよ。君も人並みだと知ってね。わしは常々、君は正義を貫くためだけに生まれてきた聖人としか思えなかったからね。そんな君も恋をするとは。……ところで、以前から疑問に思ってたんだが、悪に向かった時の君の強さは、いったいどこから来るんだい?」
「はあ、それは私にも分からないんです。ただ、悪人を目にすると体の血液が沸騰するように怒りと力が漲って来るんですよ」
「君の家系は概ね警察官だったか。親父さんも叔父さんも。おそらく君は生まれながらの悪を挫く性質がDNAに刻みこまれているんだろう」
……と、警視が結論付けたところで、東は一旦会話を止める。何故なら、背後の状相に変化の兆しがあったからだ。
「あいつらが動き出しました」どうやらターゲットが店を出るようだ。
「よし、お遊びは終わりだ。つけるぞ」その声で、警視も真顔に変わった。
彼らの本当の目的は何だったのだろうか? 前方に見えるのは2人の男たち。つまり、この2人を追いかけていたのだ。そして、後をつけられているとも知らない男たちの顔は、同僚の井上と田中だった。彼らが金光に通じていたという目星がついたため、尾行調査を行っていた訳だ。
ゆっくりと、うらびれた町に消えて行く諸人。とはいえ、その結末は言うまでもなく決まっていた――井上と田中を逮捕したのであった。
こうしてまた、新たなミッションが幕を切って落とされようとしていた。