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緑械の贄人  作者: 杏仁みかん
第一章:機械樹の森
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#02:少年の葬儀

 村の造りは少々複雑だ。地表部分には獣が入り込む危険性を考慮して浮島しか存在せず、周囲の巨木を利用して枝の先に合計二十余軒の住居が建てられている。巨木の間隔はクロンが大股で全力疾走しても十五から二十歩ぐらいの間隔なので、その間を行き来するのは住居同士を繋ぐ、長い吊り橋である。吊り橋は地表近くから一番上の三層目までをぐるっと取り囲むように繋がれており、更に放射状に中央の監視塔とも接続している。さながら、蜘蛛の巣のようだ。

 その監視塔の地表部分を取り囲むのが、村の中央広場とも呼ばれる、他よりも一際広い浮橋だ。――今は、その広場に村人全員が集まっていた。

 息子・ユーナンを失ったウルヒは、赤く染まった革袋の前で身を丸め、泣き崩れた。中身を確かめるまでもないし、開ける気にもなれなかった。

 広場の浮橋と、上層の吊り橋にいる村人達は、遠巻きに彼女を見守っている。このような状況でかけられる言葉など、何一つないだろう。

「どうして……! どうしてこんな目に……!! どうして言いつけを守らなかったのよぉおっ!?」

 ――言いつけか……。

 ――また、言いつけだ。

 村人達が口々に囁いた。

 「言いつけ」は、村の民にとって最も大事なルールだ。それを破る者などありはしないはずだった。

 クロンは、心の中でその「言いつけ」となる言葉を唱える。


 ――やみがおりたら であるくな アラネアたちに くわれるぞ


 小さい頃から散々言い聞かされてきた唄だ。

 森林警備隊の仕事に就くまでは、単なるお伽話に過ぎないだろうと疑っていたが、夜中に森を歩いた者はどんな理由であれ生きては帰れないのだという事実を、実際に目の当たりにした。それも、今回で四回目だ。

「ねぇ、クロン」

 誰かがクロンにそっと耳元で尋ねた。

 振り返ると、幼なじみの少女、リーエだった。十四歳の彼女は、外見上ではクロンよりも年上に見える。つり上がった目尻と、頭に張り出した黄金色の大きな二つの耳、筆のようにふさふさとした大きな尻尾が特徴的だ。

「ユーナン、何で夜中に出歩いちゃったの?」

「夜光蝶が欲しいって聞いた。今日はウルヒおばさんの誕生日だから、樹液で固めてブローチをプレゼントするつもりだったんだ」

「……馬鹿ね、アイツ……」

 本当に下らない事で言いつけを破り、命を落としたんだ。――その事に、リーエはどうしようもない哀しみに包まれ、クロンに背を向けて鼻をすすった。

 結局、ユーナンは夜光蝶を見つけられずに襲われたようだった。着ていた服や、ズタズタに引き裂かれた鞄からは、何も出て来なかったらしい。

「ユーナンは、親想いの立派な息子じゃった」

 ガブルが震える声を必死に張り上げた。

「皆で弔いの祈りを捧げよう」


 葬儀は三日三晩執り行われ、クロンを含む誰もが、枯れ葉色の喪服に身を包んでユーナンとの別れを惜しんだ。

 初めは冷静だったクロンも、ユーナンの柩を前にするや、誰よりも大きな声で泣き喚き、その上に身体を預けた。

 友達のために本気で涙を流してくれたクロンに、ウルヒはありがとう、と何度も礼を述べたのだった。


 それから二日が経過すると、村はあっけなく日常へと戻ろうとしていた。

 クロンとリーエは、まだ友達を失った悲しさを引きずってはいたが、特にクロンは、仕事を前にするとそうもいかなかった。上辺だけでもと、とにかく平静を保つことに務めた。

「今日も森の見回り?」

 新緑の衣に身を包んで出かけようと表に出たクロンを、リーエが呼び止めた。

「うん。今日は昼過ぎに帰ってくるよ。特に何もなければね」

「そう……気をつけてね」

「ありがとう、リーエ。行ってくる」

 村で最も高い屋根無しの監視塔に飛び乗って、真上からぶら下がっている根を掴む。

「クロン!」

 リーエが急に呼び止めた。クロンは驚いて振り返る。

 しかし、いざ面と向かうと、リーエは何も言い出せず、口を噤んでしまった。

「…………なんでもないわ、ごめんなさい」

「……?」

 リーエはそれだけ言って、クロンに顔を見せずにくるっと背を向けた。そのまま、幾つかの吊り橋を走り渡り、自分の家に帰っていく。

 クロンはその様子を、呆然と見守るしかなかった。

「何だよ、アイツ……」

 胸にしこりが残るような想いだったが、クロンは大きく助走を付け、迷いを振り切るように監視塔を飛び出した。

2015/08/16 追記・修正

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