緊張。
どうしたら良いんだ。
もう、時間はない。早く何とかしないと……。
このままだと、きっと一生後悔することになる。
折角のチャンスを……無駄にしたくない。
どうやったら綾咲と今後も仲良くできるんだ!!!
どうすればメアドを教えてもらえるんだ!?
帰宅の時間は刻々と迫っていた。
普通に聞けばいいじゃないかと思う中でどうしても断られる想像しかできない。
いくら今日、綾咲が学校とは別人のようで、関係が飛躍的に進展したとは言ってもそんなもの綾咲にとっては0が1になった程度だろう。
そもそも俺は何人もの男どもが綾咲にアドレスを聞いて冷たく断られるのをこの目で見てきた。
目の前にいくつもの死体が転がっているのに、俺に前に進めというのか!?
今の俺にそんな勇気があるのか……。
「じゃあ、最後にUFOキャッチャーやって帰ろっか」
一通り、ゲームセンターで遊んだ後、澄が言った。
「そうだな……」
やっぱり何も出来ずに終わるんだ……。
今までも、これからも、俺はそういう意気地なしなのだ。
この集まりで三刀屋が誘ってくれなかったら、俺は他の方法で綾咲と関われたのだろうか?
結局、俺は何かが勝手に都合のいいように起こることを待ってばかりじゃないか……。
いや、そんなのアニメや漫画の世界だけだ!
ここで何も出来なきゃ俺は――――――
「あ、あやさ―――――」
タイミングは間違っていたかもしれないが、その時の俺はそんなこと考えていなかった。
俺が綾咲に冷たく断られることを覚悟しながらも、せめてアドレスだけでも、と声を掛けようとした時だった。
「あ、ごめん。俺、その前にちょっとトイレ行っていい?」
三刀屋、お前ってやつは……。
「な、八女も行こうぜ?」
?
何か訳ありのようだった。
声のトーンも少し低かったし。
もしかしたら……。
「あ、ああ、俺もちょっとトイレ」
「なにー?二人とも……大?小?」
「そんなこと聞くなよ!!」
澄がデリカシーのない質問をしてきた。
「じゃあ、綾咲さん、肛門の緩い男どもは放っておいて、二人でUFOキャッチャーやろー」
「大じゃない!小だ!」
「行こ!」
「分かりました、仁木田さん!!ではあちらですね!」
そういうと綾咲は楽しそうに澄の手を引いて行った。
こう見ていると、本当に綾咲じゃないみたいだ……。
「で?なんだよ三刀屋、一人でトイレ行くの怖いの?」
「違うよ。今日、どうだった?」
「楽しかった。」
「そうじゃなくて!綾咲とは?」
「あぁ、今日の綾咲は別人みたいだよな」
「そうなの?」
「うん、お前は仁木田に夢中で気が付かなかったかもしれないけどさ、色んな一面を見ることができた」
「へー」
「例えば、ああ見えてホラー映画が苦手とか―――」
「確かに、見終わった後、綾咲のポップコーンだけ減ってなかったもんな……」
「そもそも、あんなにはしゃいだりするんだなーと思った。あと、テレビで見るより綺麗だった!」
「うんうん。って、綾咲は芸能人じゃない!!」
「そんなこと聞きたかったの?」
「うーん……どう?綾咲とは仲良くなれた?」
「どうだろうな」
最終的に思ったのは、綾咲は仁木田と仲良くなりたかったみたいだったということ。
そう考えると―――
「なら、提案がある」
「お前、提案するの大好きだな。今度はなんだ?」
「帰り道なんだけど……」
「帰り道?」
「ま、その、なんだ、ちょっと俺は仁木田さんと二人で話したいことがあるんだ」
「え!?ば、馬鹿!やめとけ!」
「な、なんだよ!?」
「告白はまだ早いだろー?」
「こ、告白!?急になんだよ!?」
「あ、違うの?いや、まだ早いなと思ったからさ」
「しないよ!と、とりあえず二人きりで話したいからさ……」
「お前こそ急にどうした?何話すの?」
「今度ちゃんと話すから……」
「絶対な」
「うん、だけど二人で帰るにはお前が邪魔なんだ!」
「邪魔って!……なるほど、俺と仁木田って家近いからなー。来るのは別々だったけど、帰るとなると一緒になりそうだから時間をずらせということか?」
「そういうこと」
「ちなみにお前、家は何処なの?」
「電車はお前らと同じ方向かな。俺のほうが先に降りるけど。」
「綾咲さんは?お前も流石に家までは知らんだろ?」
三刀屋が教えてもらえることもないだろうし。
「家の方向が一緒だと綾咲も来るんじゃないのか?」
「だからお前に頼むんだろ?」
「……?」
「綾咲と一緒に帰ってくれないか?」
「は?俺が!?どうやって!?」
「大丈夫、綾咲にはもう伝えてある」
「なにぃ!?大丈夫なもんか!!お前、なんて言ったんだ!!!」
「だから、大丈夫だって!!綾咲には俺の事情だと伝えているから、お前が一緒に帰りたがってる、もしかしたらお前が好意を持ってる!……なんて思ってないはずだ。それを伝えるのはお前のすべきことだからな」
「……そっか」
三刀屋の事情ね……。
確かに綾咲なら三刀屋の事を誰かに言いふらしたり、余計な詮索をしたりはしないだろう。
「でも、実際のところお前と一緒に時間をずらして帰ってもらえないかとはお願いはしたけど、あくまで目的は俺と仁木田さんが二人で帰ることというのは伝えているから、綾咲が本当にお前と帰るかどうかは分からない。そこらへんで一人で時間を潰すだけかもしれないし」
「な、なるほど」
「だから、これから先はお前次第だ。俺は何もしない。ただこのことだけは伝えておかないと、と思ったから言っただけ」
「おせっかい野郎だな」
思わず思っていたことを口に出す。
「え!?」
「今日の集まりといい、全部、お前一人でできたんじゃないのか?わざわざ俺と綾咲を巻き込む必要はなかったんじゃないのか?」
「それは、やっぱり自然な流れとかきっかけって大事だろ?それを作るにはお前が必要だったんだよ」
「…………やっぱり、お前は人見知りでもシャイでもない。お前は天然のふりをする女の子と一緒だ。危険だ。」
「酷い言いぐさだな、でも綾咲と帰るチャンスを作ったことを伝えたじゃないか。これは善意だぞ!」
「さて、どうだか……」
「それにな……」
「ん?」
「それに、仁木田さんはお前が誘ってくれなきゃ来なかったよ。絶対に……」
「そうか?お前なら出来そうだけどな」
「そこは、お前の知らない色々だよ」
「なんだよ、それ。教えろよ」
「だから、いつかわかると思う。でも、覚えておいてほしいのは……」
「……」
「俺は本当に仁木田さんが好きなんだ。」
俺に――――
「俺に言うな気持ち悪い。そんでイタい」
トイレから出ると、綾咲が両手に大量のぬいぐるみを抱えて待っていた。
「ど、どうしたの?そんなにいっぱい」
「うふふ、私じゃありませんよ?全部、仁木田さんが取ったんですよ」
へー、あいつこんなの得意だったんだ。知らなかった。
「おーおー、やっぱり時間かかってたねー。それより、どうよこれ!」
澄が得意気な顔をして現れる。
「お前、取り過ぎだろ。どうすんだよ、こんなに沢山……」
「大丈夫大丈夫!全部、あさかちゃんにあげるから」
あさかちゃん?
あ!綾咲の名前か……。
って、いつの間に仲良くなってんだよ。
「何が大丈夫だ。押し付けてんじゃ―――」
「え!?いいんですか!?」
綾咲は願ってもない喜び、と言わんばかりに驚いている。
「うんうん、いいよいいよ!帰りは私も半分持つし、あさかちゃんは私たちと同じ電車?」
「あ、そうなんですが……。ちょっと用事がありまして。」
用事か。
これは三刀屋に頼まれたとおりに時間をずらすためだろう。
「え?そうなの?私も付き合おうか?」
「い、いえ!そんな!ホントに私的なものですから!」
「そ、そっかー」
「じゃあ、ここであさかちゃんとはお別れかー。また遊ぼうよ!」
そういうと澄はごく自然に綾咲とアドレスを交換した。
その時の綾咲の笑顔は今日一番のものだった。
薄々感じていたが男子に冷たい綾咲がこんなに笑顔を見せているが、それは全部、澄がいるからではなかろうか?
「さて、じゃあ、帰りますか!」
澄がこっちを向いて言った。
すかさず俺は不自然に返す。
「あ、俺もちょっと用事だからお前らで帰ってていいよ」
「え!?恭太も?」
やばい、今の流れだと確かに怪しいよな。
「ちょっと、買い物して帰るわ」
「えー、じゃあ、私も――――」
「来なくていいぞ!?」
「なんで!?いいじゃん別に!何!?隠し事してない?あ、もしかして皆でこっそり私の誕生日プレゼント買おうとしてる?」
「お前の誕生日って11月だろ」
「何買うの?」
何でこんなに勘が鋭いんだよ!
と思ったら自分の事と勘違いしてるし!
「いいから帰れよ!何にも無いって!」
「そう?じゃあ、まぁ、帰るかー」
澄は一瞬チラリと三刀屋のほうを見た。
念押ししておくか。
「ほら、二人で帰れって!さ、さ」
「わ、わかったわよ!じゃあ、またね、あさかちゃん!」
「は、はい!」
三刀屋は終始、黙ったままだっただが、二人は並んで帰って行った。
俺と綾咲は暫く去っていく二人を見ていた。
「さてと……」
ここからは綾咲と二人きりか、緊張するな。
「ご、ごめんね、綾咲さん。三刀屋なんかのために気を遣わせちゃって……」
「大丈夫です。」
綾咲のその一言で、俺の緊張はさらに高まる。
さっきまでとは違う、本来の、俺がよく知っている綾咲になっていた。
怒っているのだろうか?
「め、迷惑だったよな、急に時間ずらせって言われても二人じゃすることないし……」
「いえ、私も八女君にお話ししたいことがあったので丁度良かったです。」
この声のトーンだと、どうやら面白い話をするつもりじゃないようだ。
まるで、先生に校内放送で呼び出された生徒の気分だ。
「話したいこと?」
「はい、仁木田さんについてです。」
今日は終始、仁木田さん、仁木田さん、だった綾咲だから、なんとなく澄の事だとは思っていた。
そういえば、綾咲ってなんでそんなに澄に拘って仲良くなろうとしたんだろう?
「澄について?あぁ、今日は仲良くなれたみたいだね」
「はい。楽しかったです。」
「澄の事、前から知っていたの?」
「そうですね。一年生の時に少しだけ関わりまして、その時から仲良くなりたいなって思っていました。」
「へー」
続きを聞きたくて下手な相槌をしていたが、それ以上のことは話さなかった。
「その、仁木田さんの事なんですが、最近様子がおかしかったりしませんか?」
「様子?」
暫く考えてこの前一緒に帰った時の事を思い出す。
「あー、確かにおかしかったかも」
「そうですか。」
「なんでわかったの?」
「いえ、ちょっと……」
「ん?」
「明日の放課後ちょっといいでしょうか?」
「え!?」
「少しだけ時間をいただきます。」
「お、俺は何をすればいいの?」
「詳しくは明日話します。」
「はぁ」
と、俺が喜んでいいのか分からない綾咲からの誘いに戸惑って、会話が途切れた時だった。
前から見覚えのある女の子が歩いてきた。
「あ」
千早凛だ。
下をむいたままトボトボとこっちに向かってくる。
「おい」
声を掛けると千早は寝起きのような気怠さで顔を上げた。
そしてハッと気づいたように俺の顔を見た。
「あれ?八女君?こんなところで何しているんですか?」
千早は質問しながらゆっくりと俺の隣の綾咲に目線を向けた。
「って!あさかちゃん!?ど、どうして?」
「凛、あなたこそこんなところで何をしているんですか?」
「私は普通に買い物だよ」
そういえば、千早と綾咲って中学が一緒だったな。
てか、下の名前で呼ぶほど仲良いんだ……。
「あさかちゃんこそ八女君と二人で何してるの?あ!もしかして!」
嫌な予感がする。
「つ、ついに!!八女く―――」
「千早、それ以上喋るとお前の上唇と下唇を縫い付けるぞ」
「ひぃぃぃぃ!!!」
「なんですか?」
「何でもないよ!綾咲さん」
話題変えないと……。
「てか、お前、えらく落ち込んでいたみたいだけどなんかあったのか?」
「え?あぁ……あ!!!」
「ど、どうした!?」
「もしかして、今日二人が一緒にいるのってこの間言っていた映画の?」
だから、そういうことベラベラ喋るな!
「あぁ、そうそう」
「この間言っていた?」
ほら綾咲が興味持っちゃった。
「いや、千早には言ってたんだよ。というのも最初は千早も誘っててさ……な!!千早?」
「え?そうだっけ?」
「用事があってこれなかったんだよな?な?」
「私、今日暇だったのに―――」
「よ!う!じ!だろ?」
「は、はい!!」
全く、今度からこいつには何も話すまい。
「そっかー、いや、さっき三刀屋君と仁木田さんが帰るのを見てさー」
「なに?それ見て落ち込んでいたの?」
「い、いや、いやいや!別にそういうことじゃないけど、四人で映画観ていたんでしょ?あれ?何で別々に帰ってるの?」
三刀屋が二人で帰りたいって言ったから、なんて言ったら駄目だよな。
「えーっと」
「どうせあれでしょー?八女君がわがまま言ったんでしょー?」
駄目だこいつ早く何とかしないと……。
「違いますよ。三刀屋君が仁木田さんと帰りたいと言ったんです。」
「え?」
綾咲さん!?言っちゃったよ!!!
「ちょ、ちょっと綾咲さん!?そういうことはあんまり言わないほうが……」
「何故ですか?」
あ、駄目だこりゃ
「三刀屋君が……」
「千早?」
「そ、そっか……わ、私もう行かなきゃ!じゃあね!」
千早はそのまま走り去ってしまった。
てか、あいつ、仁木田の事知ってたのか?
「なんでしょうかね?」
「なんでしょうね?私にはさっぱり……あ、そろそろ帰りましょう。電車の時間もずらせたことでしょうし。」
「そ、そうだね!」
こうして俺と綾咲は無事に帰宅した。
ただ俺は綾咲のアドレスを聞き忘れていることに、家についてから気づいた。