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約束。

学校を出たころにはあたりは既に真っ暗だった。

帰宅部の俺にとってこの時間に下校するのはとても新鮮だ。

俺は自転車通学だから三刀屋とは昇降口のところで別れ、その後はずっと三刀屋との約束について考えていた。


あの綾咲がそう簡単に映画になんて来るわけないんだよな……。あいつどうするつもりだろう。

もしかして何か秘策でもあるのか?

考えられる限り考えてみたが、どうしても綾咲があいつの誘いに首を縦に振る想像がつかなかった。

そもそも綾咲は三刀屋に誘われるとか以前に男嫌い(イメージ)なんだ。


綾咲を初めて知った時から今の今まで。

そういうイメージは一度たりとも崩れたことはない。


思い出す。


高校に入学して初めてのクラス。

自己紹介の時から綾咲は、目立っていた――――というよりは他の女子とは違う印象を受けた。

特別、派手だったとかよくしゃべる子だったとかではなかったから、俺が綾咲の存在に気付いたのはその自己紹介の時だ。


それでも一目見れば綾咲は別格だった。

深く、吸い込まれそうなほど魅惑的な黒い長髪で透き通るように白い肌。

凛とした美しさだった。

勿論、学校だから化粧なんてしていない。

素の美しさ。どんなに見ていても欠点がない。逆に、彼女に化粧なんて不要だと思った。

美しい花は手を加えずとも美しいのだということに気づかされた。


自己紹介が綾咲の番になった。

皆がそれなりに緊張している中、淡々と自分の名前と出身の中学を言い、よろしくお願いしますと言った後、静かに座った。


それだけだった。

でも、それでだけで俺と同じく殆どの生徒が綾咲の存在に気付いただろう。


とにかく綾咲は美人だった。

高校生で美人というのは何か違う気もするが、綺麗だった。


綾咲を見に、初めのころは他のクラスから男子生徒が用事もないのによくやってきていた。

しかし、そんな男どもの視線をまるで空気のように無視し、綾咲は大抵、一人で本を読んでいることが多かった。

でも、友達が全くいない訳でもなく、たまにクラスメイトと話しているのを見かけたが、それは女子とばっかりで男子と話しているのは殆ど見たことがない。

俺も綾咲とは授業で同じ班になったりしたときぐらいしか話すことはなかった。

それも雑談とかは一切なく、必要最低限の言葉だけ。

俺だけでなく他の男たちもそうだろう。

俺のクラスも含めどのクラスからも話しかけに行く奴はいた。

しかし、そういう時、綾咲は大体、はい/いいえでしか返事をせず、酷い時には『後にしてください。』と言って冷たい視線で男どもを追い帰した。


一番記憶にあるのは一年の宿泊体験学習で阿蘇に行った時のことだ。

宿泊体験学習は泊りがけの2泊3日なので生徒のテンションは上りに上がっていた。

一日の終わりに全体でレクリエーションがあり、その前に少し自由時間があった。

生徒たちは宿泊している施設の体育館でレクリエーションが始まるまで各々時間をつぶしていた。

はしゃいで鬼ごっこを始める人、輪を作って友達と喋る人、レクリエーションの準備をする係りの人。

様々な人たちが体育館に集まっていた。

すると突然一人の生徒が大声で叫んだ。


「綾咲あさかさん!!!」


あたりは急に静まり返る。

そこにいる生徒達全員が一斉に声がしたほうを見た。

そこには一人の男子生徒が立っていた。

クラスは違うが確か名前は蓼島だったと思う。

三刀屋とは違い有名人だったので当時から知っていた。

学年一のイケメンで運動神経抜群。

高校に入学した初日から同級生だけでなく先輩の女子生徒達からも黄色い声が上がっていたのを憶えている。

最初は芸能人でも入学してきたのかと思っていた。

綾咲が男子生徒に人気であるのと同じぐらい、蓼島は女子生徒に人気だった。

そんな蓼島がいきなり叫んだのである。



叫んだ蓼島の後ろには恐らく蓼島の友達であろう男どもが今か今かと好奇の目で見ている。

そして蓼島は言った。


「す、好きですっ!!付き合ってくださいっ!!」


なぜこいつが今この場で綾咲に告白したのかは、状況からしてなんとなく察しができた。

きっと後ろの友達たちに囃し立てられたのだろう。

蓼島の足や手は震えているし、声も上ずっていた。


馬鹿な男だと思った。一時の感情で告白してしまうなんて……。

それもこんな大勢の前で……。きっと心のどこかで成功すると確信しているのだろう。

パフォーマンスとしてはいいかもしれないが相手のことを考えていない自分勝手な行動だ。

それでもイケメンはこういうシーンが絵になってしまう。

そして俺には一生出来ない芸当だ。

そう思って、少し悔しくなったのを覚えている。


周りにいた女子たちは驚きの声を上げた―――というより悲鳴に近かった。

蓼島の告白に気を取られていた俺は思わず耳を塞いだ。

体育館なんて音が反響する場所で女子の『キャー』はかなりきつい。


蓼島が告白を聞いてからようやく綾咲が振り向く。

さっきまで友達と話していたのか数人の女子と輪を作って立っていた。

しかし、その友達たちも驚きながら蓼島の友達同様、好奇の目で二人を見る。


その場にいる生徒たちが綾咲に注目する。

何と返事をするのか気になっていた。


「いやです。」


冷たく重い一言だった。

綾咲は一切顔色を変えることなく、ついでに友達と話していた時から体の向きも変えることなく言った。


「……っえ?」


蓼島だけではなくその場にいたものが同じように驚いた。

なんなら蓼島が告白した時点で誰もが美男美女カップルの誕生だと思っていたのではないだろうか。


でもそうじゃなかった。

どんなに蓼島が爽やかなイケメンで、スポーツ万能でも綾咲は受け付けなかった。


綾咲は既に向き直り、友達との会話を再開しようとしていた。


「ちょ、ちょっと!!!俺はずっと前から……」


蓼島が歩み寄り、綾咲の肩に手をやる。

すると、綾咲は手の置かれた方の肩を動かし、手を振りほどいた。

そしてそのまま蓼島を睨んで言う。


「気持ち悪いので、触らないでもらえますか?」


一瞬にして重くなる空気。

男として蓼島はいけ好かない奴だったけど、こればっかりは同情してしまった。

この後すぐに先生たちが来てレクリエーションは始まったのだが、どのクラスもこのことで話題は持ちきりだったのを覚えている。

これが宿泊体験学習一日目の夜のことだった。


一時期は蓼島に黄色い声をあげていた女子達が綾咲を凄い睨みつけているのを見たりしたが、それもいつの間にか収まっていた。

その後は蓼島がより一層、女子に囲まれるようになったから、きっと傷ついた蓼島を慰めて自分の株を上げることに徹したのだろう。


女子だけではない、男たちもこれ以来、綾咲に関わろうとする者たちは少なくなった。

イケメンでスポーツ万能な奴が無理だったのだから――――と言って引いてしまったのである。


俺もその一部かと言われればそうではない。

そもそもこの時はまだ、綾咲に好意を持っていなかったので『変わった子がいる』くらいにしか思っていなかった。


俺が綾咲を好きになったのは―――――。


回想はここまでにしておこう。

帰り道はまだ続く。


 学校から家に帰るのと家から学校に向かうのとではかかる時間が全く違う。

これは学校が少し小高い所に位置しているのが原因だ。

良いのか悪いのか、行きは苦労するが帰りは下りだから自転車を殆ど漕がずに済む。

この時期は沈丁花の香りを嗅ぎながら帰るのはとても気持ちがいい。


帰り道を半分ほど過ぎた時だった。

色々な事を考えて思い出して自転車を走らせている俺の隣を通り過ぎるもう一台の自転車があった。

すぐに気づく。澄だ。


「おーい!」


かなり早いスピードだったので、離れてしまう前に大きな声で呼ぶ。

きっと暗くて俺だと気づかなかったのだろう。


「あれ?恭太?今帰り?」


澄が驚くのも当然だろう。この時間に俺が帰ることは珍しい。

澄と帰るのはテストで澄の部活動がないときくらいだ。


俺たちは自転車を降りて押して帰る。


「ちょっと課題の出し忘れで居残り。あれ?お前、いつもこの時間に帰ってるのか?」


俺が帰るには遅い時間だが、部活が終わるにしては少し早い。

まだ、活動している部活は沢山あるはずだ。


「あ、えっと……」

「……?バスケ部、大会近いんじゃなかったっけ?」

「う、うん、今日はコーチいなかったから自主練だけで早く終わったの」

「ふーん」


少し様子がおかしいのが気になった。


「あ、ところでさ」

「なに?」


話を切り出そうとしたのはいいものの、これは言っていいのか少し考える。

聞き方によるな、と思って少し遠回りに聞いてみた。


「お前って一年の時何組だっけ?」

「は?そんなことも忘れたわけ?」

「忘れた」

「……B組」


勿論、忘れてなどいない。

何度か澄のクラスにも行ったことはある。

ただ、こいつやっぱり様子がおかしい。


なんだこの返答は……。

うちの学校はアルファベットじゃなくて数字なんだが……。

そしてお前は2組だ。

脈絡なくボケるな。反応に困る。



「そ、そっかぁB組かぁ」


突っ込んだほうがいいのかな?


「きょ、恭太は何組だった?」


既に死んでるボールをパスしてきやがった。

てゆうか、これ以上死人を増やすな。


「さ、爽やか3組……」

「……」

「……」

「……ップ、アハハハハハハ」

「!?」


なんだよ、この程度で笑うのかよ。

逆に恥ずかしいぞこれは。


「いやー、爽やか3組ねぇー」

「……」

「……5点かな。」


ぶ、ぶっ殺すぞてめぇ!!!

何点満点だコラァ!!


「1年の時と一緒奴いる?今のクラス」

「っえ?あぁ結構いるよ?」


それから澄は俺の知らない女子の名前を何人か上げた。


「女子は知らんな、男は?」

「男子?うーん誰だろ、三刀屋君と――――」


やっぱり三刀屋とは同じクラスだったのか。


「恭太は?1年の時と比べてどう?」

「同じクラスだったやつはいるけどそんな仲良い奴じゃないしなー、っあ!三刀屋ってやつとはもう話した」

「へー、そうなんだ」


特にコメントなしか。まぁ、三刀屋に話せば、澄の口から一番最初に名前が出ただけでも喜びそうなもんだけど。


「結構、面白い奴だったよ。明るくて、お調子者、いじられ役って感じかな」

「へー、そうなんだ」


あれ?それだけ?1年の時同じクラスだったんだからもう少し反応あるかと思ったのに……。


「へー、って同じクラスだったんだろ?」

「うん、でもそんなに話したことないからわかんない」


マジかよ。あいつあんまり話しかけたりしなかったのか?

澄ってだいぶ話しやすいキャラだと思うけど。


俺は澄の顔を見た。


まぁ、三刀屋の趣味は悪くない。

幼いころから澄とは一緒だから、俺の目が慣れてしまっているのかもしれないが可愛いほうの顔立ちだとは思う。

綾咲が綺麗だ、という表現なら澄は可愛いで合っているだろう。

ショートカットで、中身も活発で明るい性格。

中学でもそこそこ男子にも人気があったみたいだし、三刀屋が好きになるのもわかる。

もし、幼馴染じゃなかったらきっとこんな近くにはいないのかもしれない。


「っえ?な、なによ!」


いつの間にか顔を眺めていたようだ。


「何?顔に何かついてる?」


澄は頬えをペタペタと触って確かめる。


「芋けんぴ」

「っえ?嘘!?って今日、芋けんぴ食べてないし……」

「あ、眉毛だったわ」


すごく怖い顔で睨まれた。


「お前、来週の日曜とか空いてる?」

「え!?なんで!?」


あ、やべ。

まだ三刀屋が綾咲を誘えたって決まった訳じゃないのに……。


「あっと、ちょっと聞いてみただけだけど……ほ、ほら、バスケ部の練習って日曜とかもやってるのかな?って思ってさ」


「なんだ…うん、ほぼ毎週やってるよ」

「そっか……」


三刀屋が誘えたとしても澄を誘うことは難しいな。

殆どあいつの一方的な約束だったし、いいか。


「でも……」


ん?


「来週の日曜日は空いてるよ?たまたま、ほんとに偶然、練習ないんだ」

「あ、そうなんだ」

「だから暇だなぁ。急に決まったから、何もまだ予定れてなくてさ、どうしよっかなぁー」

「……」


友達いないのかな、こいつ。


その時だった。

携帯電話の着信音がする。

鳴っているのは俺の携帯だった。


誰からだろう?


画面を見てみると見たことのない番号だった。

少し電話に出るの躊躇っていると澄が『早く出なよ』と急かしてきたのでとりあえず出てみることにした。


「もしもし?」

「おー、八女?もしもーし」


聞き覚えのある声だった。

というよりついさっきまで聞いていた声だった。


「なんだよ」


俺は不機嫌そうに返事をした。

なんとなく澄には三刀屋と話していることを伏せておこうと思ったのでこの会話では三刀屋の名前は出さないでおくことにしよう。


「あれ♪誰だかわかる?」

「わかる♪わかる♪……で、何?」

「へへー♪誰でしょう?」


うぜぇ。電話越しで空気を読むというのはこいつには高度すぎる技術だったか。


「なんで、電話番号知ってるんだよ」

「千早に聞いたー♪」


また。


「お前と千早ってどんな関係だよ……。あ、いいや、それより要件はなんだよ手短に済ませろ」

「ふっふっふ、まぁそう慌てるな。電話越しでもお前の高鳴る鼓動音がうるさいぐらいに聞こえてくるぜ。まず、落ち着け。話はそれからだ」

「じゃあ切るな」

「ちょ、ちょ待てって!!!」

「お前はそのウザい性格を直してから来い。話はそれからだ」

「わ、わかったって!!!じゃ言うぞ?」


じゃあ言うぞ?も要らない。はやく言えや。


「綾咲は誘えたから、あとはよろしく」

「何!?」


た、高鳴る鼓動が抑えられん!!!!


「嘘つけ!だってあの綾―――――」


思わず言いかけて言葉を飲み込む。

おっと、澄がいるんだった。


「詳しい話はまた明日するから!じゃあ!!」


そういうと三刀屋は俺が待てというのも聞かずに電話を切った。

前置きは長いくせに大事なことを省くやつだ。

信じられない。三刀屋の勘違いじゃないのかと疑ってしまう。

それでも、やっぱり、約束してしまったからには、知らん顔はできない。

最悪の場合、嘘でも俺に被害はない。

澄と二人で映画に行けばいいだけの話だ。


「……澄」

「っえ?何?もう電話いいの?」

「来週の日曜、暇なら映画見に行こうぜ」

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