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提案。

高校二年になったばかりの4月中旬。

放課後のことである。

教室である男に急に声をかけられた。


「あ、八女、課題終わった?」


今まで話したことのない奴だった。

確かに俺は居残りで未提出の課題をしていたし、彼は俺の名前を呼んだ。

でも、初めて話すにはあまりにも馴れ馴れしい口調だったので、最初は俺に話しかけていると思わなかった。


そもそも今ここには俺とこいつしかいない。

5秒ほど固まって、やっと返事を返す。


「お、おう」


いきなり話しかけられて戸惑っている俺にこいつは言う。


「よし、じゃあちょっとお前に相談があるんだけど良いかな?」


誰だっけ?

もしかしたら俺が忘れているだけで知り合いなのかもしれない。

短髪に黒縁メガネ。ちょっと細身の高身長。

バスケでもしてそうな風貌だ。


「相談って?山下君が俺に?」


二年になってクラス替えがこの間あったばかり、

なんで関わったこともないこいつが俺にこんなに馴れ馴れしいのか……。

友達になるステップをいくつも飛ばされたような気がした。

だから、適当に名前を言ってみた。

本当にこいつの名前は知らない。

だが、実を言うとこいつが同じクラスのクラスメイトだということはわかっていた。

それでも話したこともないし、名前も憶えていない。


「山下って誰だよ…」


名前を間違えられて気まずそうな顔をしている。


「ははっ悪い、悪い。っで?吉田君、相談ってなに?」

「いや、一文字も合ってねーから!!お前、俺の名前ホントに知らないだろ!!!」

「うん。」

「なんで、当てようとしたんだよ…」

「えーと、誰だっけ?」

「三刀屋!!三刀屋亮だよ!」


「顔に似合わず当てずらい名前をしてるな……。見るからにもっと簡単そうな苗字だと思ったんだけど」


できるだけ相手には聞こえない大きさで独り言を言ったつもりだったが、どうやら筒抜けだったらしい。


「失礼すぎるだろ!俺たち初めて話すよな!?」

「……。田中とか?」

「続けるなよ!三刀屋だって言ってるだろ!」

三刀屋は必死に手を広げ主張する。

「お前、こんなキャラだったの!?なんか失礼な奴だな……」

「うん、確かに今のは無礼だった。謝るよ」

「……」

「全国の田中さんに―――」

「そうじゃないだろ!?」


どうやらやっぱり話すのは初めてで間違いないらしい。

俺も心のどこかでこいつの馴れ馴れしい態度にイラッと来ていたのかもしれない。

でも結果的に今のやり取りが三刀屋に対して牽制になったかと言えばならなかった。

俺はそのつもりでいたが三刀屋は多分、親睦が深まったぐらいの勘違いをしているだろう。

俺に突っ込みながらもどこか楽しそうだった。


「で、相談?」

「っあ、うん。」


急に真面目に話を戻す俺に、三刀屋はハッとして声のトーンを落とす。

そもそもこいつにされるような相談も返せるようなアドバイスも無いはずだが…。


「仁木田さんって知っているだろ…?」

「仁木田…?ああ、澄の事か。」

「キヨ?」

「うん、仁木田澄だろ?に、き、た、き、よ」

「そうそう!仁木田さん!知っているだろ?」

「知っているも何も幼馴染だよ。保育園の時からの」

「やっぱりなー!!なんか親しげにしているなーっと思っていたんだよ!いや、正直付き合っているのかと思って今の今まで心配していたんだよ」


いや、幼馴染でも付き合っている可能性はあるだろ……。

付き合ってないけど。

違和感を感じたのは三刀屋は元々付き合っていないことを知っているような口ぶりだったということ……。

まぁいいや、それより、なんだこいつ、澄のことが好きなのか?

ちょっとテンションがうざい。


「っで、ちょっとものは相談なんだけど…」

「なに?澄とお近づきにでもなりたいの?」

「うおぉぉぉぉぉ!!」


目を丸くして驚いている。

それにしても分かり易いリアクションだ。

ちょっと考えたら予想つくだろ。

どうやら三刀屋という男は思考が顔に出るようだ。


「そうそう!!お近づきになりたいんだよね!いやー、俺ってこう見えても人見知りでシャイなんだよ。お前が仁木田さんと幼馴染ならちょっと協力してくれない?」


頭を掻きながら照れ笑いを浮かべている。

人見知りでシャイって被ってないか?それ。


見た目はクラスに一人はいるようなお調子者キャラのくせして、そんなやつが『人見知りでシャイ』だと?冗談はよせ。


「あー、無理だと思うぞ。澄ってあんまり恋愛とか興味ないから。それに、お近づきになりたいなら普通に話しかければいいだ」

「いや、聞いてた?俺人見知りなんだって」


どうやらその設定で通すつもりらしい。

俺に話しかけているじゃないか。話したことないのに。


「己の性格を己で言っちゃう奴の言うことは信用できないから…」

「……?どういう意味だよ」

「例えば、女の子が『私、天然なんですよー。』って言ったのをお前信じられるか?」

「それは怪しいな」

「だろ?この場合この女の子は天然なんじゃなくて天然を利用しているんだよ。本当は計算高くてちゃっかりしている。でもそれじゃ可愛くないから天然という仮面をつけようとしているんだよな。そうすることによって大体の失敗は天然だからで可愛く見えちゃうし性格においては純粋無垢な子と思われることができる。天然って便利な性格だよな。でも本当に天然の奴らは天然って言うと本気で怒るんだぜ?天然なんてただのドジだからな。それはそいつ等にとっては本当にコンプレックスなんだよ。自分の悩みの種なんだ。それを必死に努力して直そうとしてる奴だっている」

「確かに…そうかもな…」

「だからお前も本当に人見知りならそれを使って頼みごとなんてすんじゃねーよ。それを克服するためにも好きな子には自分から話しかけたりしていくものだろ。いいチャンスだと思わないのか?そういう努力も惜しまないほど好きなんじゃないの?今のままのお前じゃ俺が紹介したところで澄は振り向かないと思うぜ。俺はアイツと保育園の時から今も一緒だけど、あいつのことはよく知っている。

澄は昔から恋愛には興味なかったかもしれないけど、男を見る目はあったぜ」

「……」

「俺はそろそろ帰るわ。まぁ、応援ぐらいはするからよ、頑張れよ」


カバンを肩に掛け、教室を出ようとした。


「ま、待てよ!」

「まだなんかあるのかよ?」


振り向くと三刀屋は携帯の画面をこちらに見せていた。

もうすでに教室の窓の外は暗くなり始めている。

三刀屋の携帯の画面が薄暗い教室でまぶしく光る。


「こ、これを見ろ!」


ん?

画面には誰かとのメールのやり取りが映し出されていた。

暫く見てようやく気付いた。

やり取りの相手は綾咲あさかだった。


「き、貴様、どこでこれを…」

「ふっふっふ。苦労したよ、綾咲のアドレスを手に入れるのには。でも、俺は二年三組の男子クラス委員だからな。今後の業務連絡のためにと言えば女子クラス委員の綾咲を説得するのも捗ったよ」


よく見れば本当にメールの内容が本当にくだらないものばかりだ。

恐らく三刀屋がはしゃいで送ったのだろう。


「いや、それでも怪しい!あの綾咲だぞ?これはお前の自演に決まっている!」

「なら今からメールを送ってやろう」


そういうと三刀屋は文字を打ち始めた。


「…で、送信と」


返信は物凄い速さで帰ってきた。

『委員の事以外でメールしないでください。』とだけ書かれていた。

綾咲だ…。間違いない。


「って、お前めちゃくちゃ嫌われてんじゃんか!!」

「だって、綾咲ってあの性格じゃん?業務連絡以外の事だと全然相手にされなくて…」


三刀屋は悲しそうに携帯の画面を見つめている。

というよりなんて送ったんだ?


「そもそも業務連絡ってなんだよ。クラス委員なんてそんな大したもんじゃねーだろーが」

「だから、取ってつけたようなことばかり送っていたんだよ!」


それでうっとうしがられているのか。

納得し、安心した。


「いやしかし、綾咲も結構きびしいな。さすが男嫌いって言われてるだけは……」

「でも、そんな綾咲をお前は好きになった」


三刀屋が俺の言葉を遮るように言う。

そして自信満々の顔をしてこっちを見ている。


「待て、俺が綾咲を好きだという前提で話が進んでいないか?」

「前提というより確定だけどな、俺は知っている」

「なに?」

「俺はずっとお前を見ていた」


っえ?単純に気持ち悪い。

三刀屋の顔がさっきよりさらに自信に満ちている。


「……別に俺、そういうのに偏見とかないいけど、だからといってそういう気もないんだ。他を当たってくれ、すまん」

「おい、何の話をしているんだ?」

「お前が俺の事好きって話だろ?本当にすまん」

「いちいち謝るな!!違う違う!俺は仁木田さんが好きなの!」


ハッキリと言いやがった。


「へー、好きなんだ」


おちょくると三刀屋は赤面し、何もないのに携帯の画面を見ていた。

そして諦めずにもう一度言う。


「そ、そう俺は仁木田さんが好き。……そして、お前は綾咲のことが好き。」


どうやら彼の中でそれは揺るがないようだ。


「……どこでそう確信した?」

「言っただろ?俺はお前と仁木田さんの仲が良いのをずっと気にしていた」


こいつは一年の時からずっと澄のことが好きだったのかもしれない。

二年になってまだそんなに経っていない。

確かに、澄は今、俺と三刀屋がいる六組だけど。

人を好きになるには期間が短すぎる。

三刀屋は一年の時も澄と同じクラスだったとか?

どうでもいいか。

きっと澄を知るうちに俺のことも知ったのだろう。

何せ幼馴染だからな、クラスは別でも俺は一年の時から澄と関わることも多かった。

有り得なくはない。もしかしたら綾咲のメアドを手に入れた目的も……。


「でも、それだけじゃ俺が綾咲のこと好きってわからないだろ。そんなに見てたの?」

「まぁ、ぶっちゃけ言えば千早さんから聞いたんだけどね」


やっぱりか畜生!!!

ということは、三刀屋と千早は知り合いで―――。


薄々感じていたけど、情報が漏れたならあいつ以外ない。

やっぱりあいつに相談したのが間違いだった。


「……お前千早を嵌めたな?」


三刀屋は意外そうな顔で驚く。


「いや、嵌めたって言うより、普通に聞いただけだよ。八女と仁木田さんって付き合ってるの?って。そしたら違うみたいなこというからさ誰?って聞いたら慌てて口塞いじゃって」


三刀屋は楽しそうに話し続ける。


「そんで、また、しばらくしてから千早のところに行って、好きな人は八女に直接聞いたからもういいやって言ったら『っえ!?そうなの?』てな具合で信じてさ。後はそのまま知ったふりをしてると-----」


千早には十分すぎる。むしろよく堪えたほうだ。


「しっかりかまかけてるじゃねーか!」


「どうでも良いんだよそんなことは!!よく聞け!!今日、俺は綾咲を映画に誘う!」


今度は三刀屋が唐突に話を変える。俺は思わず聞き入ってしまった。


「だから、お前には仁木田さんを連れてきてほしい」


なるほど、交換条件か。

こいつはどうしても自分じゃ澄を誘えないらしい。

三刀屋が一年の時、澄と同じクラスじゃなくたとしてもそうだとしても、こいつは今と変わらず意気地なしだったんだ。

そのまま、二年になってしまった。

でも、それは俺も同じだ。

一年のころから綾咲とはクラスが一緒だ。

チャンスなんていくらでもあったはずだ。

でも今の今まで何の進展もない。

話したことなんて数えるほど。

俺も人にとやかく言える立場じゃなかったんだ。

だからこそ、こいつと俺は似てて、気持ちは同じ。


「色々言ってるけど、お前どうやって綾咲を誘うつもりだよ。あれだけ嫌われてるくせに。」

「心配すんな、これ以上嫌われても俺は何とも思わない。だって俺は綾咲のこと好きじゃないからな」


ちょっとイラッとしてしまった。


「じゃあ、こうしよう。もし俺が綾咲を映画に誘うことができたら、お前は仁木田さんを連れて一緒に映画に来る。来週の日曜日にでも、いいな?」

「……わかったよ。それでいいよ、もう」


あの綾咲を映画に誘うなんて無理だ。

幾多の男たちがそれに挑んで屍となったか……。

でも、それでも、思わず『わかった』と言ってしまったのは、少しだけ、ほんの少しだけ三刀屋に期待していたからなのかもしれない。

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