46.強者
広間に戻るあいだに、ノースラァトさんが戦闘不能にした人たちは十人に満たない。
全員、出会い頭の拳の一撃というのが……本当に、旦那様は魔術師なんだろうかと疑う。
兵士の人が弱いわけじゃない、と思う。
ウチの旦那様が、アレなだけで。
「……少し、鈍ったか」
拳を振りながら、つぶやいていたけれど。やっぱり、あの肉体は実践で鍛え上げてたのか。
広間に戻ると、虎太郎さんがフィーグレイスに熱烈なチューをするところだった。
少年がおばちゃんの顔を掴んでぶっちゅーとやっている現場に、私の時間が停止した。
「ぃいやぁっ!!」
「貴様ぁっ! フィー様にっ!」
悲鳴と女の怒声と、それに続いた ガキンッ という金属音に、硬直が解かれた私が見たのは、虎太郎さんに切りかかるメイドと、その短剣を甲冑の篭手で受けるエイ・イレン王の姿。
金属音が私だけじゃなくその場全体の硬直を解き、壁を背に並んでいた兵士達が抜刀し、切りかかってくる。
エイ・イレン王はメイドを蹴り飛ばし、切りかかってくる兵士を軽やかなフットワークで翻弄し……あんな重そうな甲冑なのに…何かマコトさんが細工してあるに違いない! 兵士の剣を鮮やかに奪うと、遅い来る敵をガツガツと倒し始めた。
ガンッ! ガンッ! と不穏な銃声音のようなものに目を遣れば、案の定マコトさんが手にした手のひらサイズの円筒の筒先を兵士に向けて、雷撃を打ち出していた。
『鉄に雷は相性がいいわよねっ』
いや、あの……スタンガンなんですよね、多分、きっと。
顔を引きつらせている私の直ぐ傍で、ガンッという重い音が鳴った。
甲冑の兵士相手に剣で渡り合う魔術師。
ここに来る直前に奪った剣を操り、私を守りながら兵士達をねじ伏せる。
ノースラァトさんの広い背中に守られながら、フィーグレイスと虎太郎さんの方を見ると彼女がどんどん若返っていき……子供姿の虎太郎さんが抱っこできるサイズの子供……いや、幼児になった。
あ、虎太郎さんもちょっと小さくなってる、ということは、もしかして若返りの薬を口移し?
なに? 口移しが流行ってるの?
現実逃避気味に動揺していると、私が背にしていたドアが控えめにノックされた。気づいたのは私だけだろう。
そして、動揺していた私は、思わず返事をしてそのドアを開けてしまった。
ドアの向こうに居たのは……こんなところに似つかわしくない、なんだか気の抜けてしまう人物だった。
「うわぁ、これはまた、間の悪いときに来てしまいましたねぇ」
気の抜けた声が控えめに現状にため息をこぼし、ひょろりとした……名前がわからないけど、上司魔術師を見上げていた私を見て、そして戦うノースラァトさんたちを見て首を傾げる。
「まだ、彼らに掛けられた魅了を解除していないんですか? いちいち雑兵を相手にするのは疲れないんでしょうか?」
ねぇ? と私に振られてもちょっとよくわからないんですが。
魅了を解除する魔法が……っていうか、上司魔術師ってフィーグレイス側の人だった気がするんだけど!?
「ザーレン殿かっ」
ノースラァトさんがちらりと視線をこちらにやり、上司魔術師をそう呼んだ。
……そうか、ザーレンっていうお名前だったのか。
「ノースラァト殿ならば、魅了の解除が可能では?」
「理由がわからんが、魔法が使えんのだ!」
!? だから、肉弾戦だったのかっ!
「首に掛かっているお守りを外せ! それのせいだっ! 魅了は既に解除されているから、外しても大丈夫だからっ!」
虎太郎さんの声に、ノースラァトさんは引きちぎるようにお守りを外し、私に投げてよこす。
「"害有ル意思ノ束縛ヲ浄化スル!"」
ノースラァトさんが魔法を使う時独特の発声で魔法を使えば、倒されても何度も起き上がってきていた兵士三名が糸が切れたように倒れ付した。
「マモリっ、魔石は持ってないか。私の魔力だけでは、到底足りないっ」
言われて、自分が隠し持っていた魔石の存在を思い出した。
こっそり壁の方を向き、胸の谷間に挟んでいた小袋を取り出しノースラァトさんに渡した。
「感謝する」
小袋から二つぶ魔石を取り出すと、小袋を私の胸元に押し込み。ついでに、お礼にまぎれてほっぺにキスしてゆく。
そして少し考えるそぶりをした後、取り出した虹色魔石をザーレンさんに手渡した。
「貴方のほうが、適任だ」
手の中に渡された魔石を、キラキラした目で見たザーレンさんにそう告げる。
「うわぁ、良いんですか? 僕、一度で良いからこれ使ってみたかったんですよねぇ」
玩具を手にした子供のような彼に、一抹の不安を感じたのは私だけだったようで、ノースラァトさんは小さく肩を竦めると、襲い掛かってくるほかの兵士達と剣を合わせた。
……魔法、もう使えるのに、やっぱり剣なんだ?
「"総テノ状態異常カラ、解放シ、回復スル"」
両手に虹色魔石を乗せ両腕を広げ、歌うように朗々と魔法を唱えたザーレンさん。
声と共に現れた金色の円が部屋中に広がり、部屋だけでは収まりきらずに壁を突き抜けてゆき、それがふわりと天井へ浮かび上がり……天井も突き抜けていってしまった、呪文が終わって数秒すると天井から金色の光の雨が音も無く降り注ぎ、雨は床を突き抜けておちてゆく。
幼児になってしまったフィーグレイスを抱えた虎太郎さんにも、雷撃を発射する筒を構えていたマコトさんにも、剣を切り結んでいたエイ・イレンの王様も……魅了の魔法で突っ立ったままだった、国王様はじめ国の要人たちの上にも、金色の雨が降り注いだ。
幻想的な魔法に誰もが動きを止める。
私の上にも降り注いだ金の雨は、異常状態ではない私にも確かに恵みを与えてくれていて、体の奥底から温かい力強さが沸いてくるのを感じる。
やさしい恵みの雨は、私の体を通り抜け床を突き抜けていった。きっと……下の階までずーっと染みて、癒すんだと思う。
「いやぁ、すばらしいですねぇ。最上級回復魔法も発動できちゃうなんて、本当に夢のようだなぁ」
心地よい魔法の余韻に浸る王の間に、のほほーんとした台詞が空気を読まずにこぼされた。




