45.復活
ノースラァトさんの冷たい感触に、抱きしめている腕に力が入る。
「ラァトさん……」
熱を分けるように、無精ひげが伸びている頬に頬を寄せる。
冷たい体温がぞっとする……だけど、ノースラァトさんに会えて嬉しい、嬉しい!
涙が溢れて零れ落ち、ノースラァトさんも濡らす。
「マ…モ……」
低くかすれた声が耳を掠め、慌てて顔を上げて目を合わせたが、ぼんやりとした彼の視線は定まらないままだった。
ぎゅっと唇を噛みしめ、ポケットから"魔法を消してくれるお守り袋"を取り出し、ソファの上に乗り上げてノースラァトさんの頭を抱えて、四苦八苦しながらお守りを彼の首に掛ける。
これで、魅了の魔法が解けるはず……。
マコトさんの事を疑っているわけじゃないけど、まだこのお守りの効力を見たことが無いことに気づき、胸に不安が広る。
じっとノースラァトさんの様子を見守る。
すると、ぼんやりとしていた視線が定まってきて、しっかりと私を見上げた。
「マモ…リ」
かすれた声が、私の名前を呼んだ。
「ラァトさん……っ!」
ソファーに沈んだままの彼に抱きつけば、首筋にノースラァトさんの呼吸を感じるけれど、体温は低いままで。
慌てて虎太郎さんから渡された小瓶を取り出す。
「超回復薬です、これを飲めば直ぐによくなりますからっ」
何とか彼の上体を起こして薬を飲ませたいのに、重くて上がらないっ! 体格の差が有り過ぎっ!
仕方が無い、このまま飲んでもらおう……って、何ですか、その目。
「口移し……ですか?」
恐る恐る確認すれば、瞬きで頷かれた。
「し、しないですよ、しない、ですってばっ」
「ありがとう、マモリ。愛してる」
すっかり元気になったノースラァトさんに抱きしめられております。ぐったり……。
彼の目力に負けました。
そして超回復薬の即効性たるや! 全部を移しきる前に回復したノースラァトさんに抱きしめられて、がっつりチューを貪られました。
「体の傷は直してもらったが、出た血が多すぎて動けなかった。さすがジュゲムの薬だ、あの女の魔力に対抗するのに使い続けてかなり減っていた魔力も戻った」
私を抱きしめたままそう言うノースラァトさんは、ふと自分の首に掛かったお守りを見つけて摘み上げ、問うような視線で私を見る。
「それは、マコトさん……エイ・イレンのマコトさんが作った、"魔法を消してくれるお守……魔道具"です」
「エイ・イレンの魔道具師長? 魔法を消す魔道具?」
首を傾げる彼に、大まかに説明する。
虹色魔石を使って国の要人がむこうの手に落ちていること。
マコトさんと連絡を取り、彼女および旦那さんが魔道具を使ってこっちに乗り込んできてくれたこと。
私はノースラァトさんの魔法を解くために、こっちに来たけれど、王の間には彼らが残って対峙していること。
「……確認したい事があるんだが。魔道具師長の御夫君はエイ・イレン王だったと記憶していたんだが」
「そう、みたいですね」
肯定すると、貧血が再発したらしい。頭を抱えて、肩を落としている。
「あと、ジュゲムの薬を作っている虎太郎さんも来てくれています」
「……そうか。そういえば、彼もマモリと同郷という話だったか。あぁ、マコト・クマカワも同郷だったな?」
覚えていてくれたノースラァトさんに、何度も頷けば、頭をなでられた。
「君の故郷は、有名人が多いな。君も虹色魔石を扱うし、稀有さで言えば彼らに並んで遜色ない……」
思わずビクッとなってしまった私をノースラァトさんが見つめる。
ずっと、貴方に内緒にしていることがあります。
引かれない自信が無いです、石を舐めて魔石を作るなんて。特技というには無理がありすぎる、特異体質。
「ラァトさん……――」
墓の下まで持っていこうと思っていた秘密だけど。
貴方に伝えれば、貴方が困るとわかってるけど……。
「無事に家に帰れたら、聞いてほしい事があるの」
全部知ってほしいなんていうのは、私のわがままだって、わかってる。
でも、全部知った上で、それでも変わらないで居てくれるなら……。いや、変わらないで居て欲しい。
切羽詰った顔で見上げる私の唇に触れるだけのキスを落とし、彼は了承してくれた。
「ああ、全部終わらせて、早く家に帰――」
ドゥッ!!!
言い終える前に爆音が聞こえ、びっくりして身をすくめた。
ドアの外から聞こえたその音に、ノースラァトさんの表情が引き締まる。
「マモリ、私の後ろに。必ず守る」
そう言うと、鍵の掛かったドアを蹴破った。
……え、と。旦那様? 貴方、魔術師なんだから、魔法とか、使ったら……?




