44.再会
王の間の近くまで行くと、魔法に掛かってるっぽい……すこし様子のおかしい衛兵数名に囲まれて、エイ・イレン王が腰に下げていた剣は取り上げられた上で、丁重に王の間まで案内された。
私たちは無言で付いてゆく。
胸元に隠したお守りをぎゅっと握って、遅れないように足を動かす。
もうひとつのお守りもポケットの上から触ってそこに有ることを確認する。
通された王の間は、王様が謁見するための部屋らしく、舞踏会をするホール程は広くはないけれど、部屋の中の様子は荘厳で威厳に満ちた場所だった。
その奥にある一段高いところに有る玉座には、ぼうっとした王様と思われる人が座り、その隣に背筋を伸ばしたフィーグレイスが立っていた。
一段下がった位置には、ずらりと偉そうな雰囲気を持つ人達が並び、更に壁際には甲冑に身を包んだ兵士達が微動だにせず立ち並んでいた。
だけどそこに、ノースラァトさんの姿はなかった。
「これはこれは、久しい方もいらっしゃいましたこと。また、呼ばれても居ないのに来たりして、恥ずかしくはないの? マコト・クマカワ」
マコトさんの隣には、甲冑を着込みフルフェイスの兜をつけたエイ・イレン王も居るんだけど、さすがに判らないらしい。
「『あの時よりも更に老け込んだんじゃない? フィーグレイス姫』」
腰に手を当て、挑発するようにあごを上げて言い放つのが、とても様になっていますマコトさん。
ぴりぴりとした空気に逃げたくなるけれど、逃げる前にノースラァトさんの無事を確認したい。
「フィ、フィーグレイスさん。のーすらぁとさんはどこに居るんですか」
腹をくくって一歩前に出た私を見て、フィーグレイスが微笑みを浮かべる。
「お帰りなさい、マモリ。そんな女の傍に居ては駄目よ? 早くこちらへいらっしゃい」
私の言葉は無視してそう言って手を伸ばしてくる彼女に、首を横に振って拒絶する。
「のーすらぁとさんは、どこなんですか? 会わせて、ください」
「さぁ? 何処なのかしらね? ミディ、アレグアが隊長を保護しているのよね? 貴女、彼女から何か聞いている?」
フィーグレイスは小さく後ろを振り向き、影の方に控えていた髪をアップにしているメイドに声を掛ける。
メイドは少しだけ前に出てこそこそと主人に聞こえるだけの音量で何事か囁くと、また影の方へ戻っていった。
「大丈夫だそうよ? ちゃんと保護しているわ」
「『何が大丈夫よ、それならさっさとここへつれてらっしゃいよ!』」
日本語で怒るマコトさんに、フィーグレイスは嫌そうな顔を向ける。
「わけのわからない言葉など使って。本当に品の無い方ね」
マコトさんは翻訳機が有るからフィーグレイスの言葉がわかるけど、話す言葉は通訳されないから……むしろ、マコトさんが受けるダメージの方が大きいんじゃないかとハラハラする。
「++++、+++++++++++」
「あら? ++++++++、+++」
突然異国の言葉で話し出したマコトさんに、フィーグレイスも同じイントネーションの言葉を返す。
二人は何度か言葉を交わすと、フィーグレイスが後ろに居たメイドに合図した。すると後方から二名の兵士に抱えられてノースラァトさんが引きずられるようにして入ってきた。
服はぼろぼろに裂け、そこらじゅう血だらけで、目を背けたくなるほど痛々しい。
ふらふらしているのに無理やり立たされる顔には血の気が無く、目もぼんやりとしている。
「ラ……ァト、さん…」
呼びかけても、こちらに視線が向くことはなかった。
「『マモリ、お守りはちゃんと持ってるね? 君のやるべきことは?』」
小声で虎太郎さんに言われてハッとする。私がしっかりしないといけないんだ。
私はノースラァトさんにお守りを掛けて魅了の魔法を解除しなきゃいけない。
ぎゅっと握り締めていた手からわざと力を抜き、強張って噛み締めていた奥歯からも意識して力を抜くと、狭まっていた視野が少しだけ広がった。
「マモリ、こちらへいらっしゃい。早くノースラァト隊長を休ませてあげたいでしょう?」
フィーグレイスに優しい声音でそう言うと私のほうへ手を伸ばしてきた。
優しい声だけど……早く来ないとノースラァトさんに害を及ぼすぞ的な含みを感じるのは、私の被害者意識ではないと思う。
みんなのほうを見て小さく頷いてくれたのを確認してから、恐る恐る玉座の方へ近づいた。
大丈夫、マコトさんのくれたお守りがあるんだから。
近づくと、ノースラァトさんの惨状が良くわかってしまう。
服についている血はもう乾いているけれど、その量は……服に吸い込まれている分だけでも、かなりの量なんだとわかる。
今は出血していないようだけど、顔色は青いのを通り越している。
思わず駆け寄ると、ノースラァトさんを支えている兵士二人が、彼を抱えたまま退室しようとする。
付いて行っていいものか思わず振り返った私に、フィーグレイスがニコリと微笑む。
「ふふふ、ちゃんと看病しなくてはいけませんよ、貴女の旦那様なのだから。わたくしはあちらの女とお話があるの。先に行っておとなしく待っていなさいね、マモリ」
「『ここは大丈夫だから。君は彼を頼んだ』」
虎太郎さんの声に頷いて、先を行く兵士の後を追った。
兵士二人に連れられてゆくノースラァトさんの後ろをついてゆく。
広くない通路なので、男の人が三人並んでいたら追い越すこともできない。
本当は早く彼にお守りを掛けて、魔法から解放したい。
こっそり虎太郎さんから渡された、超回復薬を飲ませてあげたい。
たどり着いたのは、血のにおいのする部屋だった。
部屋の中央の倒れた椅子の付近にべっとりと血痕が広がっている。
ノースラァトさんは兵士二人に引きずられ、壁際に寄せられているソファに座らされたけど、力なくソファに上体が倒れた。
「ラァトさんっ!」
ぐったりするノースラァトさんに駆け寄ってソファーの脇に跪くと、ぼんやりした視線が私を見上げてきた。
その時、ドアの向こうから ガチン と鍵の掛けられた音がして振り向いたときには、二人の兵士はもう部屋にはいなかった。
一瞬だけ焦ったけど、今は部屋に二人きりにしてくれた事に感謝したい。
ぼんやりと私を見上げるノースラァトさんを抱きしめた。




