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数度コールが鳴り、電話が繋がる。
『用意ができたわね。言うとおりに箱に式を書いていって』
……あー、確かに虎太郎さんの言うように、マコトさんはせっかちなのかも。通話の第一声がこれだもん。
虎太郎さんは平らに展開された箱に、マコトさんが言う式を箱に記入してゆく。
『――そして、スペース2つ空けて、=if(―――』
途中何度もマコトさんの方の電話が魔石切れになりながらも、箱が式で埋められてゆく。
最後に、私と虎太郎さん二人で、マコトさんが最初から読み上げる式と相違が無いか確認する。
「『大丈夫だ。今、箱を組むからちょっと待て』」
パタパタと器用に箱を組み上げた虎太郎さんに、虹色魔石を手渡す。
本来なら、他の魔道具のように魔石をセットする場所を作るべきなんだろうけど、なにせ突貫工事なので、虎太郎さんの持っていた糊で魔石を箱の裏側にくっつけた……甚だ頼りないくっつき方なので、魔石がずれないように箱を上から押さえつける。
書かれた式の説明は無かったけれど、私が分かる範囲の内容としては、Aという箱とBという箱の中身を交換するというもののようだ。
『それじゃ、その箱の中にマモリちゃんの虹色魔石を入れてもらってもいいかしら? こっちの魔道具に使わせてほしいの』
「『ちょっと待ってくださいね』」
ヒルランドさんが持っていた魔石の中から、大中小各10個づつ魔石を貰って箱の中に入れた。
他国に虹色魔石を渡すことに難色を示したヒルランドさんだったが、虎太郎さんが向こうから対価に見合う魔道具を貰うから、とか何とか言ってなんとか出してもらった。
『それじゃ、サン・ニー・イチ・ゼロで箱のフタを閉めてね。 3.2.1――』
ゼロのタイミングで、箱のフタを閉めると、箱の中からゴトンという音がした。
虎太郎さんがフタを開けると、中に入れた魔石が消えて代わりに厚手の布が一枚入っていた。
『着いた? それじゃぁ、ソレを持って王都へ戻ってもらえるかしら』
「『……みすみす、敵の手中に行けと?』」
低い虎太郎さんの声に、マコトさんが何度か深呼吸するのが聞こえた。
『落ち着いて聞いて頂戴ね。さっき、国の直通電話であの女から宣戦布告されたわ。どうやら、そちらの上層部は落とされたみたいよ』
最悪な状況であることを聞かされて、。
『それでね、マモリちゃんがお城に戻らなければ、ノースラァト隊長を処刑すると言ってきたわ。ノースラァトさんがマモリちゃんの旦那様だったわよね?』
さらに続けられた言葉に、息が詰まりそうになる。
左手の手のひらにある色の薄れたままの婚姻の証をぎゅっと握りこんで、右手でその手を包み込む。
虎太郎さんがヒルランドさんに通訳すれば、彼の顔色も悪くなった。
「『マモリちゃんを城に連れて行って、どうするの? それって、最悪な事態も想定できるんだけど』」
私がフィーグレイスさんの魔法にかかって、作り方を教えてしまったら。きっとずっと飼い殺し……だよね。そして、魅了の力を目一杯使われて、国が大変なことになっちゃう?
『さっきそっちに送った布があるでしょ? あれ、転移装置なのよ。お城に着いたら良いところでそれを広げて魔石をセットして頂戴、そうすれば――』
不自然に会話が途切れる。
どうやら魔石が切れたようなんだけど、少し待ってみたが、通話が再開されることは無かった。
「また魔石が切れたのか……。仕方ない、城へ戻ろう。よくある手だが、ヒルランド君が僕たちを捕まえたことにして城の中へ連れて行ってくれるかな?」
「ちょっと待ってください、我々もあちらの魔法に掛かってしまったら目も当てられませんよ」
ヒルランドさんが青い顔のままそう言うと、虎太郎さんから睨みつけられる。
「わかってるよ、できれば向こうが魔石を使い切ってから動きたいさ。だけど向こうだって馬鹿じゃないだろう、一人ずつ見せしめに処刑するぐらいの事はするんじゃないのかな。そして、マモリちゃんはそれに耐えられない」
うん。自分が出て行かないことで、人が……ノースラァトさんが殺されたら……耐えられない、と、思う。
小さく頷いた私を見てヒルランドさんは納得してくれたのか諦めたのか、休ませていた馬を荷台に繋ぐと、馬首を王都へ向けた。
◇◆◇◆◇
「マモリ・ロンダットをお連れしました」
ヒルランドさんがそう言えば、城の中にすんなり入れた。
「お疲れさん」なんていう軽い挨拶まで掛けられたところを見ると、末端まで魅了の魔法を掛けているということはなさそうだと、私たちは視線を交わし合って中を進んだ。
多分そこに居るであろう王の間を目指す途中で、空いていた部屋に忍び込み、マコトさんが送ってくれた布を床に広げ、虹色魔石を布の端にあるケースにセットする。
すると、布に書かれていた記述式が淡く発光して数秒瞬いたかと思うと、次の瞬間その布の上に甲冑を着た偉丈夫と、黒髪をひとつにまとめた凛々しい雰囲気の女性が立っていた。
「『ありえない。まさか本人が登場するとは思わなかった。それも旦那連れなんて……』」
虎太郎さんがよろめいて、壁に手をついた。
「『え……? もしかして、マコトさん?』」
黒髪の女性はにかっと笑うと、布の上から下りて私の目の前に来た。
私よりも20センチは長身の彼女は、大きく手を広げて私を包み込む。
「『はじめましてマモリちゃん! 熊川誠よ。そしてこっちがわたしの旦那で、アルザック・エイ・イレン』」
「アルザック・エイ・イレン……っ!? エイ・イレン国王っ」
マコトさんの日本語から名前を聞き取ったヒルランドさんが慌ててひざを折り、甲冑の人が頷いて見せて、動作だけでヒルランドさんを立たせた。
「『えーと……旦那様は、王様?』」
マコトさんにすっぽりと抱きしめられながら、恐る恐る確かめると『そうなのよー、玉の輿でしょ?』と悪戯っぽく笑いながら、私の首にごろっとしたお守り袋を掛けてくれて、もうひとつを手に持たせる。
「『これも魔道具よ、魔法を中和する素敵アイテム。はい、虎太郎さんのもあるわ。魔法に掛かっている人間の首に掛ければ効果を発揮するわ、貴方の旦那様にもこれを使って』」
矢継ぎ早にそう支持するマコトさんの肩を甲冑の偉丈夫であるエイ・イレンの王様が軽く叩いて、異国の言葉でマコトさんに話しかけ、マコトさんも異国の言葉でそれに答えている。
なるほど、言語が違うからずっと日本語で会話してたのか! いまさら気づいた……。
ヒルランドさんがお守りについて聞いてきたので「魔法を中和して無効化する魔道具みたいです」と答えれば、顔を引きつらせた。
そうか、魔術師殺しの魔道具だよね……顔も引きつるはずだ。
マコトさんが……というよりか、エイ・イレンの王様宛で来た通話で、フィーグレイスが王の間に居ることが確定した。
「『いまだにウチの旦那に色目を使うのよ! 本当に、いやになる!』」
憤慨するマコトさんに、虎太郎さんが肩をすくめる。
「彼女はやきもち焼きだからね。マモリもあまり彼の事を見つめたりしないほうが良いよ」
「え、でも、私もう結婚してますよ?」
虎太郎さんは遠くを見て、恋っていうのは盲目らしいからね……何年経っても。そう意味深長につぶやいてから、視線を私に戻した。
「『聞こえてるわよ!』」
「……こっちの言葉を覚えたのか?」
若干引きつった顔でマコトさんに聞いた虎太郎さんに、マコトさんは耳につけていたイヤリングと、そこから鎖で繋がった……名刺入れ大のケースをポケットから取り出して見せた。
「『翻訳機よ。まだ、通訳するのは作れてないんだけど。マモリちゃんの魔石のおかげで、倉庫の片隅で眠っていたこの機械が日の目を見れることになったわ! 本当! マモリちゃん様様ね!』」
そう言いながらまたも私を抱きしめ、抱きしめたときと同様にパッと放す。
「『さぁ、乗り込むわよ! マモリちゃんは、とにかくノースラァトさんをお守りで正気に戻すことを第一に考えてね。あの女はこっちに任せて』」
言いながら指の関節を鳴らすマコトさんを甲冑姿の旦那さんは誇らしそうに見て、虎太郎さんは頭痛でもするのかこめかみをしきりにさすっていた。




