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虹色魔石の生産者 EX  作者: こる


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41.不遇の治癒術師

上司魔術師とか中間管理職魔術師とか呼ばれてる、あの人サイドのお話しです。




 そもそも、不遇とはなんだろう。

 魔法は使える、ただ、一つの系統の魔法しか使えない、それだけのこと。

 魔力を他に分散させること無く注げるから、むしろ魔法の効率はいい。

 多様性が無い事がそんなに悪い事なのだろうか、"不遇"などという言葉を冠する程、不幸な事なのだろうか。


 治癒しかできない魔術師はぼんやりと考える。

 先程まで自分の中に渦巻いていた、"不遇"という言葉に対する忌避感が薄れてゆくのを感じていた。

「僕は駄目だなぁ……。大事な部下まで巻き込んでしまって」

 その大事な部下は、今頃フィーグレイスに言われるがままに嬉々として地下通路を作成中だろう。

 彼女は日ごろから自分たちの待遇に不満を持っていたから直ぐにあの方の術中に嵌ってしまった、自らの意思も同じ方向を向いている限り、魅了の魔法を使うあの方の術から抜け出すことは難しいだろう。

 自分も治癒魔法の自動発動で魅了の魔法を"治癒"することが無ければ、これほど早くに自らの意識を取り戻すことは無かっただろう。

 ノースラァト隊長の妻であり、虹色魔石の販売者であるマモリ・ロンダットを誘拐し、地下に閉じ込め……先程、フィーグレイスが彼女に魅了の魔法を掛け、更にその効果を強くするために一旦眠らせた。

 きっと、明日になれば彼女はフィーグレイスに求められるまま、全てを話してしまうだろう。

 そして虹色魔石を献上するようになるに違いない。

 そうなってしまえば、魅了の魔法を使うフィーグレイスの独断場か。

 恐ろしさにブルッと身を震わせながら、そっとマモリの眠る部屋のドアを開く。

 先程まで、何事か喋っているようだったが……いまは、すやすやと良く眠っている。その枕元に跪く。

「君も、こんな小さいのに災難だったなぁ」

 そっとおでこにかかる髪の毛を払い、そこに両手を重ね合わせて置く。


「"コノ子ノ底ニ纏ワリ着く、有害ナル意思ヲ"」


 目を閉じて彼女の中に意識を集中させながら、囁くように魔法を詠唱する。

 手のひらにザワッと独特な手触りが触れる。虫に触れたときのような怖気に、鳥肌が立つが手を離さない。

「"ソシテ有害ナル意識ヲ"」

 手に触れるざわつきが大きくなる。治癒の魔法に対する抵抗だ。

「"浄化スル"」

 手に触れるザワザワとした感触が一気に引いてゆく。眠る彼女の中に力を送り込み、彼女の意識の隅にもフィーグレイスの魅了の魔法が残らないように細心の注意を払う。

 送り込む魔力に手ごたえが無くなったところで、手を離す。

 少し力が入りすぎたのか、彼女のおでこが少し赤くなってしまったが、朝までには消えるだろう。

 彼女の前髪を整えてから部屋を出て、部屋の前に置いてある椅子に座りなおす。


 椅子に座ってうつらうつらしているところに、フィーグレイスの専属メイドの一人がやってきて、ここはいいから、今度は別の部屋の監視をしろという。

 その部屋へ行ってみれば、中に居たのは大柄な男だった。

 熊のように大柄な彼の監視なんて自分には荷が重過ぎると抗議したが、受け入れられなかった。

「フィーグレイス様のご命令です。謹んでお請けなさいな」

 微笑まれながら、血の匂いの充満するその部屋に押し込まれた。

 部屋に差し込む月光で、惨状が良く分かる。

 椅子に縛り付けられた彼が力なく項垂れている、その足元に小さな血溜まりができていた。

 よくよくその人物を見れば、ノースラァト隊長だった。遠目に見ることはあっても、こうして近くで見ることは無いので、ぱっと見ではわからなかった。

「ふむ……怪我人の下に治癒術師である僕を連れてくるということは、そういうことだろうな」

 都合良くそう判断して、椅子に縛り付けてある両足と、両腕の戒めを解いて力なく倒れこむ巨漢を床の上に寝かせる……というか、勝手に椅子からずり落ちてくれた。

 何とか仰向けにすれば、身体の前面は鞭打たれ、酷い有様だった。

 身体だけでなく、顔にまで打ち据えられた傷がある。

「"治癒"」

 両手を胸の辺りにかざし、術を行使する。

 傷は見る間に消えてゆくが、失われた血は戻らず、瀕死の状態だ。

 それに、どうやら、彼も精神に作用する魔法を使われているらしいのだが……。

「ふむ、魔力が足りんな。これ以上やれば魔力切れで、僕の方が病人になってしまう」

 瀕死とはいえ、魔術師の生命力は普通の人間よりも強い。出血は塞いだので、このまま放っておいても死ぬことは無いだろう。だが流石に血溜まりに倒れる巨漢というのは絵面が悪いので、部屋の隅に落ちていた彼のものと思しきマントを掛けておく。

「それにしても、虹色魔石を使ってみたいものだなぁ。使い心地はどんなものなんだろう、術の威力も増すと言うし。もしや、今まで使えずに居た蘇生魔法も使えるのではないか? ――うううむ、興味が尽きぬなぁ」

 自身の魔法に虹色魔石が付加された場合の考察をしながら、壁際に寄せてあったソファにゴロリと横になると、数秒後には深い眠りに落ちていた。



 ◇◆◇◆◇


 清清しい朝、フィーグレイス付きの無粋なメイドの蹴りによって起された。

 まぁ、部下ハイリディーンの起し方よりはよっぽど優しいから文句は言うまい。仁王立ちするメイドに威圧されながら、もぞもぞと起き上がる。

「何故ノースラァトを治癒したのっ! まさかフィー様の術まで解除していないでしょうね!?」

「おはよう、朝から元気ですねぇ。勿論解除なんてしていないよ。フィーグレイス様の術を消そうなんて、そんなことするわけないじゃないか。彼の傷を治したのはね、あまり肉体的痛みが強いと、精神系の魔法がかかりにくくなるからだよ。ご存知無いのかな?」

 ソファから立ち上がり、服の皺を伸ばしながらメイドに説明すれば、納得したのかそれ以上は聞かれなかった。うむ、嘘も方便だ。

「さて、僕を起しに来たという事は、何か御用があるのかな? 敬愛するフィーグレイス様のためならば、たとえ火の中水の中飛び込みますよ。僕はかなづちだけどね」

「ふざけるなっ!」

 彼女はフィーグレイスに魔法を掛けられているわけではない、いや、有る意味洗脳はされているのかもしれないが。彼女は素で主人を妄信している。もう一人のメイドもそうだ。

「いや、ふざけているつもりは無いのだがね。そう感じたならすまなかったね。それよりも、何か用事があったんじゃないのか?」

 素直に謝罪して促せば、彼女は不満そうにしながらも用件に入る。

「マモリが目を覚ましたようです、食事を用意したので、持って行ってください。こちらは私が対応します」

「はて? 女性である君が持っていったほうが、彼女も安心するんじゃないのかい?」

 とぼけてそう提案すれば、口答えをするなと叱責され、食事の乗ったトレーを渡された。

 もしかして、月のものが近いのでは無いか。うちの部下も月に一度、酷く嗜虐的になる時期がある。そういうときは、決して刃向かってはいけないことを、よく知っている。

「わかったよ。では、僕が持っていくことにしよう」

「その男の、手と足も縛っておきなさいよ!」

 そう言い捨てて出て行くメイドを見送り、昨日転がしたまま体勢の変わらぬまま横たわっている男を見下ろす。

「ふむ……縛るまでも無く、四肢の自由を奪う魔法が掛かっているのだが。そうか、縛れということは、動くことを前提とした話であるな。ということは、動く状態に戻さねばならない、ということか、ふむふむ」

 自分の解釈に納得しながら、手にしていたトレーをソファに置き、まだ意識の戻らないノースラァトの傍らに膝をつく。

「"四肢ヲ戒メル魔力ヨ、散レ"」

 ザワリと彼の動きを阻害していた力が散って、強張っていた彼の体から力が抜けたのがわかった。

 まだ彼の周りに彼の意識を操ろうとする魔力を感じるが、これくらいならば、彼が気力で何とかするだろう。腐っても隊長なのだから、このくらい何とかしてもらわなくては。

 両手両足を縛って、そのまま転がしておく、椅子に座るよりは身体も休まるだろう。

 魔力が少し足りなくて、立ち上がる時にくらっとしたが、何とか足に力を入れて歩き出す。

「さてと。まずはこっそりあの子を逃がして。そしたら、ウチの真面目な土竜もぐらちゃんの目を覚ましにいかなきゃなぁ。ああ、忙しいなぁ」

 手にしたトレーの食事を少々つまみ食いしながら、ふらつく足で歩き出した。


 しかし、もぐ……ハイリディーンと合流する事はなかった。


 無事少女を逃がした後、職務に忠実な兵士の皆さんに囲まれ、両手を挙げる。

 つい数時間前にも来た牢塔の上階の一室を、僕の為に開錠あけてくれたので、ありがたく入らせてもらう。



 へやの前には見張りも居てくれるし、安心して休めるなぁ。



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