40.尋問
ノースラァトはエイ・イレンとの通信を宰相達に任せ、謁見の間の裏にある部屋を辞して、現場へと戻っていた。
牢の塔の地下を探していた兵からの報告は、人が居た痕跡はあれど既にもぬけの殻であるということだった。
周囲を探索したが、マモリが言っていた魔術師が作った地下室を見つける事はできなかった。
「探索魔法にも反応がありません、場所を移動した可能性が高いのではないでしょうか」
細身の魔導師の青年がそう報告する。マモリがここに居たならば"あ、女装のヒトだ"と呟いただろう。
「治癒のアディロイドと土魔法のハイリディーンはどうだ」
「まだ二人とも見つかっておりません。しかし、不遇の魔術師が犯人だとすれば、隊長の妻としてではなく、魔石の販売者としての彼女を狙ったということになりますよね」
彼の言葉にノースラァトは渋い顔をさらに渋く歪め頷く。
「何故、あちらに魔石のことが漏れたのか、そして、どこから彼女を知ったのでしょう」
「考えたくも無いな。とりあえず、魔石を確認する。ヒルランド、着いて来い」
他の兵達は不遇の魔術師達を探すよう指示し、細身の魔術師を連れて城内にある仕事部屋を目指した。
「ああそうだ、隊長。奥さんとはあれから連絡取れないんですか?」
そう言って手の甲の痣を示され、そういえば意識を交わしていなかったことを思い出し、手の甲に目をやると少しだけ痣が薄れているようで、ノースラァトの背中に冷たい汗が伝った。
ヒルランドに断り、空いている部屋に入ってマモリへ意識を向けると、何度目かの呼びかけで応答があった。
だが、受け答えには覇気が無く、短い会話の中でも何者かに意識を操作されていることがわかった。
そして、マモリがこの城内の一室に居ることも。
ドアの外で待機していたヒルランドに事のあらましを伝える。
「――奥さんが城内に居るということは、やはり犯人は城の中の者ですか。虹色魔石の事と良い、それなりの身分の……」
「ヒルランド。魔石を向こうの手に渡したくない。今ならまだ、手が広がっていないはずだ。私はマモリをなんとか救出する、お前は魔石を持って町に下りてくれ、ああ、時間稼ぎに何個かは残しておいたほうがいいか。持って行った魔石を全部石ころに戻してもいい。とにかく、虹色魔石は向こうに渡すな」
大まかに今後の動き方を指示し、後はヒルランドに委ねる。
もともと、潜入や囮(時には女装までして)を得意とする部下であるし、機転が利く彼に信頼を置いていた。
一度魔石を取りに行ってから、マモリが捕らわれている部屋へ向おうとしていた二人の行く手を、思わぬ人物に止められる。
「あら、ノースラァト隊長、丁度良いところへ」
先を急ぐノースラァトを、二人のメイドを従えた婦人が呼び止める。
「フィーグレイス殿申し訳ないが、今は――」
彼女を迂回しようとした前を遮るように数歩進み出て、フィーグレイスは間近で大柄な男を見上げる。
行動に不審を感じたノースラァトは、すぐ後ろに控えていたヒルランドの胸元を叩いて「先に行っていてくれ。フィーグレイス殿の用が終われば俺も向う」そう言って女性たちに気取られることなく魔石の保管庫の鍵を彼に託した。
「承知しました。失礼いたします」
最後の言葉をフィーグレイスに向けて言い頭を深々と下げると、速やかにその場を離れる。
その背を見送り、前王の異母妹という立場の女性をないがしろにすることはできず、頭一つ分低い婦人と向き合う。
婦人はノースラァトを見上げると、握りこんでいた手を胸元まで上げ、そっと開いた。
小さな虹色の魔石が納まっていた。
「それを、どこで?」
表情は変えぬまま低い声で聞いてくる大男に、婦人は魔石を握りこみ微笑みを深くする。
「付いていらっしゃい。お茶の用意をしてあるわ」
抗えぬ強さを持つ声に四肢の自由を奪われ、婦人とそのメイド達の後ろをついてゆく。
――そうかっ、虹色魔石で操作系の魔法をっ! 何かある方だと思ってはいたが……この方もまた、不遇の魔術師であったのかっ。
不遇の魔術師は、不遇であるがゆえか、その分野に於いて普通の魔術師よりも高度な能力を持っている事が多い。
今も、本来は詠唱が必要な魔法を、フィーグレイスは詠唱無しで発動させ、魔法の耐性があるはずのノースラァトの肉体を従わせている。
「あら。たったコレだけで、一つ駄目になってしまったわ」
そう言って手の中にあった魔力の切れた魔石を、後ろを歩くメイドに渡す。
「先程は三人はできましたのに。魔術師に魔法を掛けるのは本当に大変な事なのですね」
メイドの言葉にノースラァトは顔をゆがめる。
――既に三人の人間を拘束、あるいは意識を操作して支配下に置いているのかもしれない。雑兵ではないだろう。下手をすると……国王の身に。
舌打ちしたい衝動に駆られるが、生憎と体の自由は利かず、ゆっくり歩く女性達の後を付いてゆくことしかできない。
連れて行かれたのは、王族の居住区のあまり使われていない奥まった部屋だった。室内の調度品には布がかけられている。
メイドが椅子にかけられていた布を外し、部屋の中央に持ってくると、その椅子にノースラァトを座らせてどこから取り出したのか、縄で椅子の後ろに回させた両手を縛り上げ椅子と繋げた。
両足も椅子の足に固定される。
「大丈夫だとは思うのですけれど。この娘たちが心配するから、ごめんなさいね」
フィーグレイスはゆったりとした足取りでノースラァトの前に立つと口先だけでそう言い、男らしい顔に両手を添えて強引に視線を合わせた。
紫色の瞳がノースラァトの瞳の奥を探るようにひらめく。
やや暫くそうして見詰め合っていたが、ため息をついて両手を離した。
「やっぱり、魔術師は駄目ねぇ。体は言うことを聞かせられたのに、精神の方は難しいわ。ミディ、魔石はあと何個あるのかしら?」
声を掛けられた、フィーグレイスの左後ろに立つ、シャープな印象のメイドは婦人の耳元に唇を寄せて囁く。
「そう……もうそれだけしか無いのね」
困ったように小首を傾げる婦人に、髪の毛をポニーテールにしているメイドがスカートの下から取り出した短鞭の先端のキャップを外しながら楽しそうに提案する。
「それでしたら、今使うべきではありませんわ。古典的な方法から攻めてみましょうよ」
フィーグレイスは「うふふ、あまりやり過ぎないようになさいね」と注意だけするとメイドに場所を譲り、部屋の端に寄せてあったソファに座る。
「それでは、ノースラァト隊長。お聞きしたいことがあります。素直に教えていただければ、無体なことはいたしません」
言いながらも、鞭の両端を持ちしならせている。
ノースラァトは椅子に縛り付けられている不自由な状態ながらも、指先の感覚は戻ってきたことを確認する。
先程フィーグレイスに目を覗き込まれて以降、頭がガンガンするのは、精神操作系の魔法を掛けられている証拠だろう。
迂闊に口を開けば何を言ってしまうか分からない為、奥歯を噛み締め耐える。
「まずは、虹色の魔石はドコにありますか? 魔術師長が保管しているとばかり思ったのに、まさかアナタが保管してるなんて。魔術師の職務権限は一体どうなっているのよ! まぁいいわ、さっさと虹色の魔石の場所を教えなさいっ!」
メイドはノースラァトの肩口を鞭で打ち据えるが、魔術師のマントによって威力がかなり落ちる。
思うように痛みを与えられないことに舌打ちし、強引にマントを取り払うと、シャツの上から何度も打ち据えた。
「ぐっ……っ」
先の尖った鞭は、一度打つごとに布を引き裂きノースラァトの肌に赤いスジをつける。
堪えて口の端から零れる苦痛の声に、メイドは喜悦を浮かべた。
鞭が肌を打ち据える音と、ノースラァトの苦痛の声、そして問いただすメイドの声。
ノースラァトのシャツは殆どボロ布と化し、肌を守る用を足さなくなっており、鞭によって裂かれた皮膚から血が溢れ、床に滴り落ちていた。部屋にはムッとする血の匂いが充満している。
既に意識も朦朧としているのか、両手を後ろで拘束された不自由な状態で項垂れ肩で息を切らせている。
メイドも力の限り打ち据えているので少し息が上がっているが、こちらは至って清清しい表情だ。
その様子を、フィーグレイスの横に立ち見ているシャープな印象のメイドが呆れた表情で見ている。
「また、趣味に走り出しましたわ。いかがしましょう、フィーグレイス様」
「そうねぇ、もう一度やってみましょうか」
そう言ってフィーグレイスが立ち上がり、項垂れるノースラァトの前に立つと、鞭をスカートの下にしまったメイドが項垂れている顔を後ろから両手で掴み、強引に上向かせた。
「"我ニ下レ、我ガ問イニ答エヨ"」
フィーグレイスの発する高音と低音の二つから成る独特な声で紡がれる魔法の詠唱に、ノースラァトはギリッと奥歯を噛み締め、眦に力を込めて抵抗する。
「"我ガ意ニ下レ"」
「だ……れがっ………貴様などにぃっ……っ!」
ギリギリと歯を軋ませ、呻くように抵抗する。
「"我ガ意ニ下レッ!"」
「ぐ……ぉあぁぁぁああああっ!」
獣のような叫びを発したノースラァトに、フィーグレイスは腰を抜かし、ノースラァトの後ろに居たメイドは素早く彼の後ろ頭を殴って気絶させた。
「大丈夫ですか? フィーグレイス様」
もう一人のメイドが素早くフィーグレイスに駆け寄り、抱き起こす。
「フィー様大丈夫ですか!」
「大丈夫、大丈夫よ……でも、尋問は明日にしましょう。今日はもう休みましょう。わたくし疲れましたわ」
儚げにぐったりするフィーグレイスの命令を、二人のメイドはすかさず受け入れる。
「あとは、あの者達に任せましょう。治癒の男はいま手が空いていましたね? あの者に、監視をさせましょう」
そして、椅子に縛られたまま気を失っているノースラァトを残し、三人は部屋に鍵を掛けて出て行った。




