39.時は遡り、王城にて(ノースラァト)
少し時間を遡る。
マモリに内緒で護衛につけていた兵から、彼女が何者かに攫われたとの急報が入った。
マモリに知られる事を恐れ少し離れた場所に居たことと、魔術師ではなく魔力を持たない兵だったことが災いした。
兵が魔法で強引に意識を逸らされた僅かの間に、マモリは忽然と姿を消した。
現場に残る魔法の残滓を辿るも、巧妙に消されていた。急遽捜索隊が結成され、勿論ノースラァトも共に町を探した。
◇◆◇◆◇
婚姻の証を通じてマモリの無事を確認し、彼女が城に居ること、そして彼女を誘拐した人物に目星を付けたノースラァトは、町の中で一緒にマモリの捜索に出ていた捜索隊の人間と共に城へ戻った。
――くそっ、なんで不遇の魔術師達がマモリの事を狙うんだ。
稀に特定の魔法しか使えない魔術師が居る。彼らは"不遇の魔術師"と呼ばれ、普通の魔術師よりも一歩下がった位置に遇される。
たとえ普通の魔術師よりも素晴らしい治癒魔法を使えたとしても、たとえ素晴らしい緑化魔法を使えたとしても、特定の魔法しか使えない彼らはそういう目で見られるのだ。
平民の出で、実力のみで隊長の位までのし上がったノースラァトにしてみれば。使える人材ならば、不遇だろうがなんだろうが関係ないと考えているのだが。続いてきた因習を打開しようと思えるほどの案件ではなく、一部の魔術師のように不遇の魔術師達を侮ることは無かったが、かばうことも無くやってきた。
だが、彼らが鬱憤を抱えているのは……誰もが知るところだ。
じりっと胸を焦がす焦燥を表には出さず、城へ戻る。
「牢の塔へ向うぞ。治癒のアディロイドと土魔法のハイリディーン女史は捕らえろ、他の……不遇の魔術師が居れば、参考人として身柄を確保しておけ」
指示を出し、自分も牢の塔へ向おうとして、城内から走り出てきた騎士に待ったを掛けられる。
「ノースラァト隊長。エイ・イレンより緊急の連絡が入りました。案内いたします」
エイ・イレン……マモリが気にしていた北の国の名が出たことで、牢の塔へ行くのを部下に任せ、騎士の後について城内を急いだ。
連れて行かれたのは、一握りの人間しか立ち入ることの許されない、謁見の間の裏にある部屋だった。
「ここからは、お一人でお進みください」
案内してきた騎士は扉の前で先を譲り、扉の前に既に一人立っている近衛の反対の位置に着いた。
普段入ることの許されないその部屋は、窓が一つも無く、扉も分厚い。
中央に楕円のテーブルと、その周囲に十脚椅子が並べられている。
そして、奥にはノースラァトの直属の上司がおり、宰相そして王と王妃まで揃っていた。
速足で奥に進んだノースラァトは、王と王妃の前で礼を取る。
「よい、頭を上げよ」
王に促されて身を起こしたノースラァトに、宰相が両手で持っていた物体を示す。
「エイ・イレンの魔道具師長よりこの『通信機』に緊急の通信が入った。貴公の奥方となった、マモリ・ロンダットが誘拐されたという知らせだが、間違いないな?」
一瞬だけ驚いた顔をしたノースラァトの反応に、宰相は間違い無いことを知る。
「なぜ、彼の国の人間が、こちらの国の事を……?」
「判らぬ。しかし、この通信機を作った魔道具師長の彼女ならば、何らかの方法があるのやもしれぬ」
彼の国に住む稀代の魔道具師であるマコト・クマカワという女性は、今まで誰も発想することのなかった種類の魔道具をどんどん作り出す女傑である。
彼女の作り出す魔道具が世に出てからと、それ以前とを比べると、世の中が大きく変わったといえよう。
単純な構造の魔道具しかなかった世の中に、より利便性を追求した物が出てきたのだ。
そして、彼女の作った最新の魔道具であるのが、この『通信機』である。
まだ民間には知らされていないが、魔石の大きさと種類の配置により『電池』と呼ばれる万能の効果が発揮される事が実証された。
それは、まさに虹色魔石と同じ効果を持つものだった。
ただ、難があるとすれば、魔石の大きさと配置が少しでも違えば効果を出すことができないという事だろう。
大量の魔石を消費する構造の上、魔石の消耗速度もはやい『通信機』であるが、それのもたらす効果は絶大だった。
どんな遠方であっても、対面しているのと同じように会話を成立させることができるのだ。
この偉業により、この世界に於いてマコトの地位は盤石の物となったと言える。
そして彼女の厚意により、魔道具と関係の深い魔石の産出国であり彼の国との友好国であるこの国に贈られていた初期型の『通信機』によって、マモリが捕えられているという報が入ったのだ。
「マモリという女性がこの城の敷地内に捕らわれているから、救出して欲しいという要請だったのだが。間違いではなかったようだな」
壮年の宰相が嘆息する。
「先程本人からも、牢の塔の地下に捕らわれているという知らせがありました」
「まぁっ、牢塔の地下だなんて……っ」
王妃が青くなる。今現在封鎖されている牢の塔の地下には拷問部屋がある。現王の治世は平和なのでその施設が活用されたことはないが、先々代まではよく使用されていた。
子供たちを躾けるために幼いころに聞かされる拷問部屋の話の締めは「悪いことをすると、お城の牢屋につれてかれるぞ」である。そして大人になってから、幼いころに聞いた話が全て実話であることをを知ることで、恐怖が倍増しされるという、押しも押されぬ王城のホラースポットである。
「今、部下に探しに行かせております」
「そうか、こちらも魔道具師長の話を頼りに探させているが。……そういえば、お主の妻というと、虹色魔石を商っている人物ではなかったか?」
はっと思い出したように宰相が聞けば、ノースラァトはゆっくりと頷く。
「はい、そのとおりです。そして、どうやらエイ・イレン国のクマカワ魔導具師長および、じゅげむの薬屋と同郷であるようです」
「なんとも、凄い顔ぶれであるな。彼らの故郷はいったいどのような所なのだろうな」
王の嘆息に、他の面子も同意した。




