38.脱出
「……出ないです」
いくら待っても、携帯電灯に応答する声は無かった。
「あー、寝てるのかもしれないな。 よし、こっちの準備は終わった。 君はこっちのリュックを持ってくれ」
用意されたリュックのひとつを受け取る。
おなじサイズのリュックを、虎太郎さんも小さな背中に背負う。
「ボク達は姉弟で、隣の町までこの荷物を届けに行く。 上のほうに日用品が入ってるから、もし見られそうになったらソレを見せるようにして、下には一応紙に包んだ薬が入ってるから、見られないように注意して。 村までは二時間程度、子供の小遣い稼ぎとしてはよくある仕事だから、怪しくは無い。 さぁ行こうか」
途中、肉屋でハムとウインナーを買い、パン屋に寄ってから、外門へ向かった。
いつも使うあの門が見えたとき、そういえば、ここの門の門兵って……。
見覚えのある、おっさん兵が私と私より小さい虎太郎さんを見て、ひょいと眉を跳ね上げた。
「よぉ、嬢ちゃん、久しぶりだな」
髪の色を変えたのに、ひとつも迷うことなく私だと言い切るおっさん兵に、笑顔が引きつる。
「お……お久しぶり、です」
虎太郎さんが、私と門兵を見比べて何か言いたそうだ。
おっさん兵はそんな虎太郎さんを見ると、なんだかだるそうに首を数回左右に振ってから。
「その坊主は弟ってところか?」
コクコクと頷いた私に、ため息を吐いてから。
「あー、まぁいいわ、ちょっと茶ぁ飲んでけや」
という言葉とともに、渋る私たちを詰め所へと連行した。
そして、そこに居たのは、久しぶりに会う"女装魔術師"の青年だった、それも女装バージョンで……。
魔術師がここに居るということは、彼も追っ手なのか!?
サーッと血の気が引いた私に、彼は慌てて説明をする。
「マモリさん、大丈夫です、わたしはあの女の術に掛かっていません。 わたしは、貴女をあの女から守る為に来たのです」
ずっと黙って成り行きに任せている虎太郎さんと私をソファに座らせると、女装魔術師が自らお茶を煎れてくれた。
女装魔術師がおっさん門兵にもお茶を出している間に、虎太郎さんが私の脇をつつき日本語で「『誰?』」と聞いてくる。
「『前に私が人攫いに捕まったときに、助けてくれた魔術師さんです』」
こそこそと日本語で話をしている私達の方を、ちらりとおっさん門兵が見たが、別に何も言われなかった。
女装魔術師の青年は、私たちの向かいのイスに座った。
「それで、そちらの彼は……」
外見を裏切る低い声で早速切り込まれた質問に、どう答えたものかと、チラリと虎太郎さんを見る。
既に私の身寄りが無いことなんか知られているはずなので、虎太郎さんの事を弟と紹介するのは無理がある。
戸惑った私を制して、虎太郎さんが口を開く。
「ボクは彼女と同郷の者です。 貴方が向こうの手のものではない証拠はありますか?」
簡潔にそう切り出した虎太郎さんに、魔術師は少し考えて頷く。
「有るよ。 ただ、君が彼女をだましていない、という証拠も提示して欲しいな」
そう切り替えしてきた女装魔術師に、虎太郎さんは小さく頷くと、首から提げていた銀色のタグのついたネックレスを見せた。
「俺が"じゅげむ"の薬売りだ。 証拠はこの許可証でいいな? わかっていると思うが、他言無用だ、そっちのおっさんもな」
虎太郎さんはそう言って戸口に立つおっさん門兵にチラリと目をやると、門兵は引き締めた顔で顎を引いて頷いた。
女装魔術師はびっくりしたのか一瞬目を剥いたが、すぐに表情を引き締め、腰につけていた袋から、見覚えのある巾着袋を引っ張り出した。
「こちらが証拠として出せるのは、コレです。 全部を持ってくることはできませんでしたが、8割方持って来れました」
そう言ってテーブルの上に広げたのは、虹色魔石。
「今、貴女に手配が出ています、犯罪者としてではなく、行方不明者の捜索としての手配なので、命を狙われることはありません。 ノースラァト隊長はあの女により、魅了と傀儡の術を掛けられました。 ただ、もともとそんなに効果が続く魔法ではないので、ノースラァト隊長程の魔術師ならば、魔石が無ければあの女に遅れを取ることもなかったのですが」
悔しそうな顔をする女装魔術師に、なんて声を掛ければいいかわからない……こんな魔石を作ってゴメンナサイなんて言えないし。
そんな私の心情を知ってか知らずか、虎太郎さんが口を開く。
「それで? 俺たちは、とりあえずこの町を出るが、そっちは何か考えがあるのか? いま聞いた話だと、まだアチラさんは十分油断してくれているようだから、今の内に距離を稼ぎたいんだが?」
きつめの口調の虎太郎さんに思わず、もう少し穏便に、と声を掛けたかったができずに、ソファに小さくなった。
「大丈夫だ、今、こっちで馬を用意している。 こちらとしても、向こうの手持ちの魔石が切れるまでは、嬢ちゃんに雲隠れしてもらいたいからな」
応えたおっさん門兵に、虎太郎さんが顔を向ける。
「女装魔術師を護衛として付けさせてもらうが、良いか?」
「……いいだろう」
少し待つと、門の前に小さな荷馬車が用意されていた。
「嬢ちゃん達に馬は無理だろうからな、これで行ってくれ。 くれぐれも気を付けろよ」
門兵に見送られ、女装魔術師が御者になり、幌の無い荷馬車に虎太郎さんと一緒に乗り込んだ。




