36.虎太郎さん
お城の門が見えなくなるところまでテクテク歩き、見えなくなったところで早歩きになった。
追っ手があるかわからない、魅了に掛かっていないことを知られるわけにはいかない。
誰が敵か、誰が味方かわからない。
いや、まだそんなに魅了を掛けられた人は居ないようなことを言っていた……だけど、あのヒトノイイ魔術師にあんまり情報が与えられてない可能性もかなりある。
そもそも、こんな簡単に出してもらえるのも、もしかすると罠かもしれない。
考えれば考えるほどこんがらがって、吐きそうになる。
罠だったとしても、とにかく一度家に行こう。
ノースラァトさんは魅了されたって言ってたから、それは間違いないんだろう。
もしかしたら、虹色魔石の入手ルートを知るために魅了されたのかもしれない……だとしたら、私が舐めて作ってるって事を知らせないでいてよかった。
つらつらとそんな事を考えながら早歩きしていると、思いのほか早く家に着いた。
「あ、鍵……」
買い物したときの鞄に鍵を入れてあったので、鞄を取り上げられた今、鍵が無い。
途方に暮れていると、不意に玄関脇の繁みがガサゴソと動き、中からゆっくりと…黒髪の少年が這い出してきた。
十歳前後の少年は、立ち上がって体についたゴミを落とすと人懐っこそうな笑顔で、警戒する私に自己紹介を始めた。
「初めまして、お嬢さん。 ボクは『ジュゲム』という薬屋を営んでおります『小川 虎太郎』と申します。 このようなナリをしておりますが、当年とって59歳、この世界に来てかれこれ40年のベテランですので、どうぞ今後ともご贔屓ください」
ポカーンとする私に一礼する『小川虎太郎』さん。
「立ち話もなんですから、お家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
厭味無く言われ、慌てて鍵が無いことを告げれば、ポケットから出した一本の太目の針金をちょいちょいと細工して、鍵を開けてくれた。
いや、ちょっと、アリですか?
「色々ありましてねぇ。 習得できる技能はなるべく覚えるようにしていたんですよ。 マモリさんも、好き嫌いせず、色々な事にチャレンジしておいたほうがいいですよ。 さ、どうぞお掛けください」
虎太郎さんに勧められるままイスに座りかけ、いやいや、私がこの家の者ですから!
お茶のひとつも出さねばと、虎太郎さんにイスを勧めて、大急ぎでお茶を入れてくる。
「すみませんね、気を使っていただいて。 ああ、美味しいです。 ところで、マモリさん。 貴方、誘拐されていたと聞いていたのですが、もしかして、もう決着がついたのですか?」
ひとくちお茶を啜った虎太郎さんに聞かれて、首を横に振る。
「いえ、あの、実は……」
お城で、ひとつの系統しか使えない魔術師の人に監禁されたこと、そして、前の王様の妹だというおばさんに、魅了の魔法というのを掛けられていたこと、眼が覚めたら魔法は解けてたけれど、虹色魔石がそのおばさんの手に渡ってしまって、ノースラァトさんと、魔石の管理をしている偉い人が魔法を掛けられたということを聞いたことを、なるべく不確定な意見は入れないように注意して伝えた。
「それで、その男の魔法使いの人が、まだ私が魔法に掛かってると思い込んでるらしくて、明日戻ってくるように言って、一度家に帰って良いってことになったんです」
「………なんていうか、ラッキーでしたね。 そういうことでしたら、さっさとここを離れたほうがいいでしょうね。 ああ、その前に、マモリさんも何か特技がありますか? ボクの特技は、『水から薬を作り出すこと』なんですが」
み、水から薬!? あれ? なんでそこだけ日本語で?
「今度、作るところを見せましょう。 それで、君は? あるなら『ボク達の言葉で教えて』」
重ねて尋ねられ、石を舐めて虹色の魔石を作ることができることを、日本語で伝えた。
「虹色というのは変わっているね『どんな効果があるのかな?』」
「ええと、『全部の属性を備えてる魔石』らしいです」
答えを聞いた虎太郎さんは、ふんふんと頷き、大きなため息を吐き出した。
「早々にノースラァト氏と結婚できた事は、大変良かったですね。 ああ、結婚していることは、マコトさんから聞いてます。 しかし、虹色魔石とは…マコトさんが喜びますね、現段階で魔石配列とサイズの調整で魔石を電池として使う方法が判明したとはいえ、ひとつの魔石で事足りるのでしたら、それに越したことはありませんし。 魔石の配列で作り出した電池は、大変燃費が悪いですからね…、ほら、このとおり、たった10分通話しただけで、大き目の魔石5粒がパアですよ……このサイズの魔石だと、全部で5万ですよ」
そう言って、魔力が切れた3センチ程の魔石を携帯電灯から出して見せた。
「……すみません、虹色魔石だとそのサイズ1個で5万です……」
「―――取れるところからは、取っておきなさい。 ボクだって、そうしてますから」
そうにっこり笑う虎太郎さん。
……下の町で見た薬屋さんの値段を思い出して、納得した。(※例:目薬1つ、1万也)




