35.帰宅
虹色魔石を入れたまま回収されてしまった懐中電話は、案の定、中に入れてあった魔石に気づかれ、状況は悪化の一途を辿っております。
親切な中間管理職魔術師が、昼食を差し入れに来て、ホクホク顔で教えてくれましたよ。
懐中電話の魔石を使用し、まず魔術師を統括するお偉いさんをあのおばさんの魔法で魅了した。
本来なら目を合わせてかなり神経を削らなければ、相手を魅了するなんてできないのに、虹色魔石を使えば、視線を合わせる必要すらなくお偉いさんを魅了できたと……それはもう得意げに教えてくれました。
こんな風に、ぺらぺらしゃべるから、私のご飯出しなんていう雑用やらされるんじゃないのかな、この人。
それから、ノースラァトさんもあのおばさんにしっかり魅了されたようです。
「君も、早くフィーグレイス様に会いたいだろうけど、あのお方は今とっても忙しいんだ。 今まで日陰で甘んじていらしたのを、今こそ世へ出るのだからね」
すっかりあのおばさんに心酔しているこの人は、魅了に掛かってるのかそれとも素なのか判断がつかないが、どうやら昨日私に掛けられた魅了がまだ効いているんだと思っているらしい。
仲間だと思っている気安さか、色々なことを教えてくれる。
あのおばさん…フィーグレイス様は前王の異母妹で、その母は平民であったため、認知はされず、おばさんは城で女官としてずっと勤めていたらしい。
彼女の魔眼はそれほど強くは無いが、虹色魔石さえあれば……できることが増えちゃうらしい。
ただ、現段階で一度に大勢の人間を魅了した場合の効力など、不明な点が多いので、重要な人物のみを重点的に落としたとのことだ。
重点的に落とす場合の最重要人物っていうと、やっぱり王様。
そのために、その前段として虹色魔石を入手すべく、魔石を監理しているお偉いさんを陥落。
だけど、倉庫に残っていた虹色魔石は少ししか無かったらしく、どこかほかの場所に保管してあるだろうとのことだけど、お偉いさん自身も知らないらしく、捜索は難航しているということだ。
……つい先日、卸したばかりなのに、そんな少ししかなかったんだろうか?
こんなことを見越して分散して保管しているのか、既にそれぞれに配布された後か。
どちらにしても、大量の魔石があのおばさんに渡らなくて良かった。
ひとしきり中間管理職魔術師がしゃべるのに相槌を打ちながら話を聞き、食事を終わらせる。
「あの、私はここで、ふぃ、フィーグレイス様を待ってればいいですか? できれば、一度帰ってから、フィーグレイス様の都合の良い時間に戻ってくるようにしてもいいですか?」
食器の乗ったトレーを手に、立ち上がる中間管理職魔術師に一か八かで聞いてみたら。
なんと、了承されました!!
「そうだな。 君はここにいてもする事が無いし。 あぁ、そうだ、まだ手元に魔石があるようなら持ってきてくれないか? ちゃんとお金は支払うよ」
イイヒトだ……この人イイヒトすぎて、駄目な人だ、ありがたい。
「はい。 まだ何個か家にあるので、こっちに戻るときに持ってきますね。 いつごろ戻ればいいですか?」
素直に応じれば、イイヒト魔術師は「ふむ」と少し考えてから、今日は一日忙しいだろうから明日の朝で良いと言ってくれた。
その上、出口がわからないと言えば、城の門まで案内してくれるイイヒトだった。
「じゃぁ、明日の朝、戻りますね~」
「うむ、気をつけてな」
手まで振って見送ってくれる魔術師に、ほんの少しだけ良心の呵責を感じた。




