24.掃除
着いたー!
そうかー! 隊長さんは軍の人だから、王宮に近いところに住むのは当然だよね。
堀を越えた高級住宅街の一角に、官舎があった。
遠かったぁぁぁぁ!
隊長クラスだからか、一戸建て!
コンパクトな二階建ての建物だった。
間取りは一階に居間、キッチン、お風呂、トイレ、納戸。
二階は3部屋ありました、内1部屋は書斎で後はベッドが備え付けられています。
問題は居間以外の"部屋"は全て埃を堆積させており、現時点で使用不能となっていることです。
ベッド等の布製品はダニの温床になっていること請け合いです!
っていうか! っていうか! この世界にコンビニとかあったら、間違いなく生ゴミに汚染されてたよねこの家!
怪しげな菌とか胞子とか、王蟲の子とかは居ないからいいけど!
埃に飲まれていないのが居間とお風呂、トイレしかない所を見るに、この家には寝に帰っているだけなんだろうね!
「……すまない、取り敢えずこの部屋だけでもなんとかしよう」
部屋をひと通り見て回って困惑している私に、申し訳なさそうに隊長さんが言って一番大きなベッドのある薄暗い寝室に入って行き、部屋の窓をスライドさせて開き、外の鎧戸を押し開けた。
ふわりと風が入ってきて、キラキラと埃が舞う………おぉぅ。
思わず袖で口元を覆う。
隊長さんは私の居る入り口まで戻ると、腰に付けている数個のバッグ内2つから、赤い火の魔石と、緑の風の魔石を取り出し、それぞれを左右の手に握った。
「『風よ逆巻け』『熱で炙れ』」
例によって高音と低音が同時に発せられる聞き取りにくい声で魔法を唱えると、部屋の手前の方から奥に向けてゴゥゴゥと熱を伴った風が唸りを上げて部屋中の埃を隅々から巻き上げ、布団まで浮かせて……まるで部屋全体が乾燥機になったように熱風が荒れ狂い、やがて埃を巻き込んだままの風が窓から外へ出ていった。
一応、部屋はキレイになった。
熱で殺菌もされたようで、布団もふかふかです。
ただ部屋の中はぐちゃぐちゃだけれども。
元々あまり物がなかった部屋の中を二人で片づける。
それにしても、案外不便なものなんだなぁ、魔法って。
ちゃんと系統に合った魔法しかできないなんて。
………系統?
「ねぇ、隊長さん。 聞いてもいいですか?」
片付けをしている手を止めないまま、隊長さんに尋ねるが返事が返ってこず。不審に思い、顔を上げれば、なんだか憮然とした隊長さんの視線に射抜かれた。
え? え? 質問とか駄目だった!?
「夫婦になったんだ、せめて名前で呼んでくれないか」
あ? あぁぁ、なんだそんなことだったのか。
それじゃ、改めて、隊長さんと向き直り。
「のぉすらぁとさんと呼んでいいですか?」
首を傾げて聞くと、もう一度、と駄目出しされた。
発音がおかしいのかもと、気をつけながら。
「のぉすらぁとさん?」
なんだろう、隊長さんは私の前まで来ると、更にもう一度と駄目出しする。
「のぉすらぁとさん」
「……マモリ、言い難いか?」
問われて、じんわりと頬が熱くなる。
やっぱり、舌っ足らずに聞こえるのか!
女将さんの名前を呼んだ時も「でぃありでぃサン」って呼んだら無言で抱きしめられた、その後、御主人に舌っ足らずであることを指摘され、名前呼びは封印された(女将さんのテンションがおかしくなるため)。
「い、言い難くはないんですが……やっぱり、発音、おかしいですか?」
少し落ち込むようにうつむいた私に、隊長さんはいや、そうではなくて、あの、じゃなくてだな、なんてしどろもどろになってから。
「少しだけ、甘い響……いや、よし、こうしよう。 家にいる間、二人っきりの時はそれで呼んでくれ、練習すれば発音も良くなる。 外で、他に人がいる時は"ラァト"と短くして呼ぶことにしよう」
「らぁと…さん?」
確かにラァトだけのほうが発音しやすい。
「らぁと…らぁ、ラァト、ラァトさん」
数度練習したら、ちゃんと口が回るようになった。
「ラァトさん」
確認するように呼びかければ、問題ないと言うように頷かれた。
「大丈夫そうだな。 でも、家では、最初の方で、な。 それで、何かあったか?」
「あ、はい。 少し聞きたい事があるんですが」
火と水と雷と土と風と氷(冷気)ぐらいしか魔石がないってことは、魔法もそれだけしか無いのかと。
「いや、他にもある。 音消しや治癒がそうだが、魔石の補助を得られないから術者の魔力次第で効果が随分変わるな」
「音消しや治癒……」
そうか、確かに火とか水とか関係ない種類の魔法だよね。
関係ない種類……?
「あぁ! なるほど! やっとわかりましたっ! だから虹色魔石が貴重なんですねっ」
魔石の種類に無い魔法の補助もできる魔石だから、魔術師の人が欲しがるのか。
「ああ、そうだ」
なんだかスッキリしたー!
そして安心した、攻撃とかする魔法はきっと既存の魔石が使える系のものだよね? ファイヤーボール的なものとか、雷撃的なものとか、水没系とか。
虹色魔石が重宝しそうなのは、やっぱり治癒だよね、他に…毒消しとか? あるのかな?
平和利用してもらえるなら嬉しいな。
ああ良かったぁ。
安堵していると、隊ちょ…もとい、ノースラァトさんに頬を撫でられた。
びっくりして視線を上げると、ノースラァトさんも小さく口元を緩めていた。
「用途を心配していたのか?」
いや、あのっ、その前に、手、手を離しましょうよっ。
思わず両手でノースラァトさんの大きな手を掴んで顔から離す。
「し、心配とか、じゃなくて、安心したっていうか」
外す為に掴んだ手を放すタイミングが分からずにいたら、逆にその手に掴まれた。
大きな手が、そっと私の左手を支える。
うぁ……。
ノースラァトさんの指に手の甲を撫でられ、心臓がバクンと大きく鳴る。
「ああ、安心してくれ。 これからも、悪いようには使わない」
力強く言い切られ、安心して頷いた。
それからさり気なく手を放されて、部屋の片付けを終えて部屋に私物を置かせてもらう。
量が少ないとはいえ、鞄に詰めっぱなしは嫌だなぁと思っていたら、ノースラァトさんが隣の部屋から使ってないタンスを持ってきてくれた。
「ほ、ほこりが凄い……」
折角掃除して片付けたばかりなのにっ。
せめて向うの部屋で埃を払ってきたらよかったのに。
タンスを拭こうと濡れ雑巾を探しに行こうとしたら止められた。
「このくらいのサイズならば、大丈夫だ」
大丈夫って、何が?
「『浄化』」
そう言ってタンスに手を翳すとあっという間にタンスがピカピカにっ!?
「な、何ですかそれっ!?」
「ああ、通常は呪われた物に使う魔法だが、こういった使い方もできるんだ」
いや、浄化がどうのじゃなくってさぁ!
「…なんでその魔法で、部屋を掃除しないんですか?」
あんな、風と熱で部屋の中をこたこたにしないでも済む魔法があるのに、なんで?
……って、あ、そうか!
浄化の魔法に合う魔石が無いから?
「もしかして、虹色魔石があれば、部屋を浄化でキレイにできたりしますか?」
聞けば案の定、肯定された。
なんだ、なーんだ!
私は荷物の鞄の中から、作り溜めしてあった虹色魔石の袋を一つ取り出し、中でも3センチ程と大振りな魔石を数個ノースラァトさんに渡した。
「お願いです、この魔石で他の部屋も浄化してもらえませんか?」
「…………」
強引に手に握らせた魔石を、ノースラァトさんが無言で見つめる。
だ、駄目だろうか? いや、もうひと押しかな。
「駄目ですか? のぉすらぁとさん…」
両手を胸の前で重ねて、上目遣いで頑張る。
「…らぁと、さん?」
見下ろしている目を覗きこんで、首を傾げる。
え、ちゃんと聞いてくれてますよね?
「あ! あぁ、わかった。 魔石はこれ1つで十分だ」
ノースラァトさんはハッとすると、大きめの魔石1つだけ残し残りを返してくれた。
そして全ての部屋のドアを開いてまわってから、家の中心と思しき場所に立つ。
私はじゃまにならないように、ノースラァトさんの後ろのほうで見守る。
ノースラァトさんは魔石を持った右手を胸の高さまで持ち上げると、深呼吸し。
「『浄化』」
魔法の言葉が発せられると同時に、魔石が光り、眩しくて一瞬目を瞑った後、目を開ければ家中がピカピカでしたぁぁぁぁ!
凄いんですよ! 凄いんですよっ!!
何と、あのホコリまみれの客室ベッドの埃が無くなった上に、シーツも何もかもがクリーニング後のようにさっぱり真っ白に!
外気に触れてない布団の中までキレイになってるんですよ!
更にっ! な、な、な、なんと、着ていた服までキレイに!
家中がクリーニングされた状態です!
家を見て回って大興奮の私だけど、ノースラァトさんも驚いてました。
ひとしきり家を見て回って、ノースラァトさんのところへ戻ると、彼は手のひらの中でただの石に戻ってしまった虹色魔石を見て険しい表情をしていた。
「ラァトさん? のぉすらぁとさん? どうしたんですか?」
もしかして、一回で魔石が使いきっちゃうとか思ってなくてショックだった、とか?
さっき返してもらった魔石の中から同じような大きさの魔石を取り出し、ノースラァトさんの手のひらの上の使用済み魔石と交換した。
うんうん、リサイクルすれば拾いに行く手間がなくていいよね。
今度から、使い終わったら戻して下さいってお願いしてみようかな。
いやいやそれじゃぁ、私が作ってるのがバレちゃうか。
「……これ程とは…」
ため息混じりに呟かれた言葉はひとりごとだったので、触れないでおく。
そんなことより、だ。
窓の外は既に茜色。
昼食も食いっぱぐれているので、おなかの虫が悲鳴を上げそうです。
ぐぅ……
誤字報告ありがとうございました<(_ _)>




