23.引越し
「いや……、流石にそれは、俺でもヒくわ…」
防音の魔法のチョークの跡をキレイに消してから部屋を出て、結婚したことを伝えると、女将さんに泣かれました。
そして、冒頭の御主人の台詞です。
え、え? そんな非常識な事なの?
やっぱり結婚式とか、結婚披露宴とかやるのが普通なの?
オロオロしながら抱きついて泣く女将さんを慰めていると、御主人が隊長さんを奥の方へ引っ張っていき、こっちをチラチラ見ながら小声で話してる。
なんですか? なんなんですか!?
程なく戻ってきた二人。
御主人が女将さんを引き受けてくれ、私は自分の荷物を取りに部屋へ追いやられました。
なんだか、後味悪いなぁ……。
荷物を片付ける手が鈍くなってしまうのを、慌てて急がせる。
それ程多くはない荷物、女将さんから貰った(子供)服を畳んでこっちに来てから作った自作の大きめバックに詰めて、空いているスペースに櫛や日用小物を詰め込む。
そして借りてた裁縫道具をキチンと揃えて持っていく。
どうにかこうにか泣き止んだらしい女将さんに、裁縫道具をお礼とともに返す。
っていうか、女将さん、なんだか笑顔ですが、私が居ない間に何かありましたか?
怪訝な顔をする私に、なんでもないわよぉ、と女将さんが微笑み、わからないことや困ったことがあったらすぐに相談においで、なんて有り難い言葉をもらいました。
とにかく、女将さんに笑顔が戻ったし、後味が悪いままお別れしないで済んでよかった!
「荷物はこれだけか?」
そう言って、パンパンに膨らんだ鞄を取り上げる隊長さん。
「あ、じ、自分で持てます…っ」
「――私が持ちたいんだ」
そう言って、私の頭にキスを落とす。 このヒト誰ですかぁぁぁぁ!!
あばばばばっ! 慌てて女将さん達の方を見ると、何やら微笑ましげな視線。
うわぁぁっ!? ナニ!? どゆこと!
「マモリ、行こう。 これからも世話になると思うが、よろしく頼む」
隊長さんはそう女将さんたちに頭を下げ、動揺しっぱなしの私を促す。
「あ、あのっ! 今までありがとうございましたっ」
「いつでも遊びにいらっしゃいね」
今生の別れじゃあるまいし、そんなにかしこまらないでと笑う女将さんに見送られ、この世界に来て大半の間お世話になった宿を後にした。
そうして、二人で歩いて隊長さんの家に向かう間、きっと"後見人という名目を得るための結婚"であるというのを隠す為に、女将さんたちの前でイチャイチャしたんだろうという結論に達する。
……いや、"した"という過去形ではなくて、イチャイチャ"している"という現在進行形が正しいかな?
手を繋ぎ、私の歩調に合わせて歩いてくれながらも、時々私の様子を確認して、疲れていないか? なんて声まで掛けてくれるのは、どんなフェミニストですか。
ヘタをすると抱っこまでされかねない勢いです。
いや、まぁ、外門から中まで抱っこされて移動した経過はあるんですけれどもね、あの時は子供だと思われてたし。
もしかしたら、隊長さんの中ではまだ私は子供認定されたままなのかもしれない。
うん、きっとそうだ、そうに違いない!
こうして手を繋いで歩いていても、きっと他の人から見たら、年の離れた兄妹、下手をすれば、親こ……げふんげふん、流石にそれは失礼か。
……そういえば、隊長さんて何歳なんだろう?
横を歩く隊長さんを見上げる。
精悍な横顔、意志の強そうな眉に、切れ長の目。
そんなにシワが無いし、肌もぴっちぴち、ってことは結構お若いのかな?
30代位?
歩く速度が遅くなってしまった私に気づき、見下ろしてきた隊長さんと目が合う。
「どうした? 疲れたか?」
ふ…と口元をほんの少し緩ませて声を掛けてくれる隊長さんに、慌てて首を横に振り、遅くなっていた足を少し急ぎ気味に動かした。
この人が旦那様か………。
日本に居たら、あと10年は結婚しなかっただろうな。
一応、偽装結婚ってことになる、のかな?
別に好きだから結婚したってわけじゃないし……少なくとも、隊長さんは任務というか、義務的なもので結婚してくれたわけみたいだし。
そんな事を考えながら、もう一度、旦…隊長さんの横顔を見上げ、すぐに視線を前に戻す。
嫌いじゃないんだよねぇ。
最初、お客さんとして会ってた頃は、狭いテント内が余計に狭く感じる大きいお客さんだなぁとか、日中に買いに来る上買い占めていくからどっかの金持ち道楽魔術師なのかなとか、どちらかと言えば負のイメージが強かったんだけれど。
こうしてみると、何が起ころうとも守ってくれそうな体格とか、真面目そうな顔つきとか、懐に入れた人間には優しそうなところとか、案外小動物が好きそうなところとか。
嫌いじゃないというよりは、好き、っていう範囲に入る。
うん、好きなタイプだ。
これから一緒に生活していく人が好きなタイプなのは幸せなことだよね。
たとえ偽装結婚だとしても、私が勝手に好きになる分には問題ない、よね?
迷惑さえ掛けなきゃ、こっそり片思いしててもいいよね。
どのみちこの体格差だもん、プラトニックラブ一択しかないだろうし。
「もう少しだ」
気づかって声を掛けてくれる隊長さんに、笑顔で「はい」と応える。
握っていた手に少しだけキュッと力が込められた気がした。




