20.着せ替え
涙目で、部屋の近くを歩いていたメイド(?)さんを捕まえてトイレを教えてもらいました。
「あらあら、まぁ。 おトイレはこちらですよ」
親切なメイドさんに手を引かれてトイレへ行き、すっかりスッキリすると、トイレの外で待っていてくれたメイドさんに手を引かれてもと来た道を戻る。
……手を繋がなくても大丈夫ですよとは、なかなか言い出せない雰囲気だったのよ。
「あら、じゃぁ、ノースラァトさんに連れられて来たのねぇ」
母と同じくらいの年代のそのメイドさんは、おっとりした雰囲気で……えぇと、メイドさん、ですよね?
しっとりとした藍色のシンプルなロングのスカートと、同じ布の長袖のボレロと中にはスタンドカラーの白いブラウス…うん、普通に成人女性の服装だし、確かに高級そうではあるけれど王宮勤めならばアリだよね。
私みたいな、ひざ丈ワンピースの下にズボンを履くのは子供仕様なんだけど……こっちの人って背が高めなのか、私がチビなのか、合うサイズの大人服を未だに見つけ出せません。
裾上げすればいいんだろうけど、ぶっちゃけると、ズボンを履いている方が動きやすくて好きな為、敢えて女将さんのお下がりの子供服を着続けている。
「はい、つきましたよ」
ついてない! ここ、違うよ!
明らかにグレードの違う扉の前に居ます。
ぎゅっとメイドさん(予想)の手を握って視線で訴えたが、返ってきたのは微笑みのみ。
ちょ、待ってー!
中は落ち着いた雰囲気の品の良い部屋だった。
ただ、ちょっと違うのは、右側の壁の半分程を覆う大きな鏡、そして左手側にある布を掛けられた衣類が大量に掛かったレール。
「あ、ああああの? 衣装部屋、でしょうか?」
見たまんまをどもりながら尋ねれば、そうよ~、とおっとりと答えが帰ってくる。
「でも、あの、私、あの部屋に居ないと、隊長さんに怒れられてしまいます」
「そうねぇ、じゃあ伝言を頼んでおきましょうね」
メイドさん(多分違う)はドア横のテーブルにあったベルを鳴らすと、すぐさまやってきたメイドさん(多分本物)に何事か伝えると、メイドさん(多分本物)が出ていってすぐに二人別のメイドさんがやってきた。
嫌な、予感がするの。
「誘拐されてお風呂にも入れていないのですって、可哀想でしょう?」
え? ちょ! 誘拐の話なんてしてないのに何で知ってるんですか!? お風呂に入れてないって、もしかして私臭ってますか!? ぎゃぁぁぁ!!!
「誘拐!?」
「もしかしてアレですか? 魔導部隊も乗り込んだという、例の……」
髪をポニーテールにしている若いメイドさんは素直に驚き、髪をアップにしている長身のシャープな雰囲気のメイドさんは事件を知っているのか言葉を濁した。
「アレグア、彼女をお風呂に入れてあげてちょうだい。 ミディはわたくしと一緒にお着替えを選びましょう」
ポニーテールのアレグアさんと、シャープなミディさんはそれぞれ了解し。
内心悶絶している私はアレグアさんに隣接するお風呂に連行された。
「あ、あ、あの、すみません。 あの方は一体どのような方なのでしょう?」
答えを聞くのが怖いけれど、放っておくこともできず、脱衣所でアレグアさんに尋ねた。
アレグアさんはテキパキとお風呂の用意をしながら、返事をしてくれる。
「フィーグレイス様の事? イタズラ好きの王宮の妖精さんです」
は?
「ですから、イタズラ好きの、王宮の妖精さん、です」
至極真面目な顔でアレグアさんが言うんですが……もしかして、この世界には妖精が実在するのか!?
でででででも、あんな存在感バリバリの妖精って………。
とりあえず、名前がフィーグレイス様だってことは間違いないだろうから、妖精云々の件は脳内で保留にしておいて、それなりの対応をするしかないだろう。
「はい、じゃぁ手を上げてくださーい」
え? え? バンザーイ!
すっぽりと服を脱がされました。
「じ、自分で脱げますし、ひとりで入れますっ」
「だめでーす、フィー様から"お風呂に入れてあげて"と言われてますから、ちゃんと入れてあげまーす」
ぎーゃぁぁぁぁぁす!
「ほらぁ、大人ならあれしきの事で怒らないでよー」
くるっくるに私を洗いあげたアレグアさんが、にっこにこしながら髪の毛を乾かしてくれてます。
私にはアレをあれしきの事と言い切ることはできないのですが……。
「仕方ないじゃなーい、仮にも奥宮、誰でも無用心に入れるわけにはいかないのよー。 だから、身体検査だと思って、ねっ?」
いやいやいやいや、アレは身体検査の域を越えてますから!
鏡越しに涙目で睨む私に、アレグアさんはにっこり微笑み。
「あの時のマモリちゃん、とっても可愛かったわよ? ふふふふ」
「だ、だ、だから、なんで身体検査で、ああああんなことまでっ!?」
「んー? 趣味と実益を兼ねたお仕事って楽しいわよねー」
いやぁぁぁぁ!!!
「あらあら、もうこんな時間ー。 急ぎましょうねー」
誰のせいで時間をくったのかと!!
テキパキと新しく用意された下着を装着させられ、ブラジャーも用意されていて、フロント部分のヒモでサイズを調節するようになっていた。
今まではサラシみたいな布を巻いて我慢してたけど、異世界で初のブラにちょっと感激。
町ではみんなノーブラだったのでこの世界にはブラジャーが無いんだと思ってたよ!
そして下着姿のまま隣の衣装部屋へ戻る。
「んー、やっぱり、コレしか無いわねぇ」
「……そうですね」
「一番似合うんだから、イイと思いますよー」
色々、大人服を着せて貰ったけれど、どれも大きすぎて。
結局子供服に落ち着きました。
子供服といっても、元着て来た女将さんのお下がりより数段程度が良くて、細かい刺繍なんかもされている高級そうな服です。
でも少し大人っぽさもあって、素敵です。
まさか、新品!? と思って確認したら、一応誰かが昔着ていたもののお古のようです。
「だから気にせずに、着てね」
フィーグレイス様が拒否を許さない笑顔で服から靴まで一式をくれました。
空気を読む日本人なのでありがたくお礼を言って受け取りますよ、というか、フィーグレイス様の後ろに控えるメイドさん二人のアイコンタクトも受け取って、断るという選択肢は無かったし。
「フィーグレイス様、服まで頂き本当にありがとうございました」
元いた部屋にミディさんに送ってもらう前に、フィーグレイス様に深く頭を下げてお礼を言うと、彼女は少し困ったようなほほ笑みを浮かべて私の頭を撫でると、何も言わず私を見送った。
部屋の前で、ミディさんが持ってきてくれていた私の元着ていた服を包んだ風呂敷を渡してくれて、ポケットからハンカチに包まれた"何か"を出して、断りを入れてから私のポケットにそれを入れた。
「もう少し、警戒して生きなくては駄目よ」
服の包で両手がふさがっている私のかわりにドアをノックして開けてくれたミディさんは部屋には入らず、私が部屋に入る間際そう囁いて帰ってしまった。
警戒して生きなくては……って、もしかして、今の状況をおっしゃってたんでしょうか…っ。
部屋の中には窓際に立っている隊長さんがっ!!
な、な、なにか怒ってます!? 怒ってますかー!?
ミディさぁぁん、これは警戒しようがしまいが、どうしようもないかと思いますぅぅぅ!!




