2.客商売
「虹色魔石の入手方法は企業秘密となっておりますので、申し訳ございませんがお教えすることはできません」
小さなテントの中には私と、大柄な魔術師。
2人居るだけで息苦しい狭さ。
無店舗営業を始めて3ヶ月、レア魔石のおかげで随分お金が貯まった。
こんな狭苦しいテントなんかじゃなく、店舗を借りる資金は十分にあるんだけれど。
「全属性を持つ魔石など、今まで見つけられなかった。 いや、相反する属性すら有する魔石など理論上ありえない筈なんだ。 …もしや、コレは魔獣の核と魔石を融合させて作った特殊アイテムなのか?」
私の顔色を見ながら厳しい顔で淡々と喋る魔術師に、OL時代に培った営業スマイルを向ける。
「さぁ、どうでしょう? わたくしの方ではどのように作られたのか、或いはどこで採掘されたのかお答え致しかねますが、もし今魔術師様が仰ったような方法で作ることができるのでしたら、どうぞお作りになったらよろしいのではないでしょうか?」
※直訳:作れるもんなら作ってみれば?
「もうやってみた。 だが、できなかったから聞いているんだ」
慇懃無礼な私の対応は気にした風無く、魔術師はまだブツブツ色々な可能性を並べ立てる。
どんな方法で入手しているのかなんて明かせるはずも無いので、のらりくらりと逃げをうつ。
道端に麻袋を敷いているだけの床なので、ずーっと座っていると足が痛くなるのだけれど、いい加減帰ってくれないかしら……。
いくら金払いの良い上客とはいえ、こんなに居座られるのは嫌なもの。
「魔術師様、それで、本日はどのような魔石をご所望でしたか? 他のお客様も来られるかも知れませんので、申し訳ありませんが、お買い求めが無いようでしたらお引き取りいただきたいのですが」
※直訳:営業妨害だ! 買わないなら帰れ!
にっこりスマイルの頬がひきつるのも仕方がないことですよね?
「あ、いや、済まない、買わせてもらおう。 有る分全部だ」
今日も大人買いですか、いいですけれどね、お金さえちゃんと払ってくれるなら。
「それでは、極小粒が10個と普通粒が5個、大粒が1個で、合計30万になります」
(※極小=小指の先サイズ、普通=人差し指の第一関節くらい、大粒=親指の第一関節くらい)
小奇麗な布の上に並べていた虹色魔石をすべて、手作りのちいさな巾着に入れる。
先にお金を受け取り、金額を確認してから魔石を入れた巾着を魔術師に渡す。
質素に暮らせば2ヶ月分の生活費になるその金額を、ポーンと出せる魔術師の金持ちっぷりが憎いわ。
「毎度ありがとうございます」
「……次は、いつごろ店を出す予定だ」
巾着袋を大事そうに懐にしまいながら魔術師が聞いてきたので、少し考えて二週間後ですと返事をする。
「そうか。 また、来る」
大柄な魔術師は中腰でテントの入口に頭をぶつけながら帰って行った。
きっと彼はまた、テントを張ったのを見計らって一番にやってくる、そして全て買い占めていく。
彼の素性は魔術師であること以外知らない。
魔術師であることは、彼の服装でわかる。
きちっとした身なりに、長いマントを羽織っている。
長いマントは魔術師の印。
聞けば教えてくれるのかもしれない。
だけど聞けない、深入りしちゃいけない。
彼は店に来る金払いの良い上客、それで十分。
彼も、虹色魔石の素性は聞いてきても、私の素性を聞いてきたことは一度もない。
それで十分。
テントに掛けていた手書きの看板を外し、テントを畳んで貸テント屋に返しに行く。
私がテントを張っていた道端には、近郊の農家が野菜を販売していたり、私と同じようなテントを借りて自分で作った商品を売ったりしている。
通称露天通り。
「おぅ、マモリ、なんだ、もう上がるのか?」
馴染みの農家のおじさんが声をかけてくれたので、フラフラとそちらへ向かう。
「うん、今日もあんまり商品用意できなかったしね、すぐ売り切れちゃった」
「そうか、まぁ、売り切れたんなら良かったじゃねぇか! でも、残念だなぁ、たまにゃ、ウチのおっかぁにマモリの作った"袋"買って行ってやろうと思ったんだがよぉ」
「ほんと? 丁度よかった! おじさんところのミカンと交換してもらおうと思って、1つ取っておいたのあるんだ!」
言いながら、肩から掛けていたカバンの中から、お弁当が入るサイズの巾着袋を取り出す。
「おぉ! そりゃ良かった! マモリの"袋"は評判良いからなぁ」
おじさんに巾着袋を渡すと、厳つい顔をくしゃくしゃにして喜ばれた。
巾着袋と引換にミカンやリンゴを多めに貰って、ホクホク顔で常宿に帰宅した。