16.一足先に帰宅
私は今、お馬さんの上に居ます。
大柄な魔術師こと隊長さんに連れ出され、他の人たちとは別で帰宅してます。
隊長さん仕様の大きなお馬さんの背中はとても高いです。
隊長さんの前に座り、腕の間に挟まれるようにして乗っているので、落馬することは無いと思うのですが、如何せん初馬乗りなので、尻がめちゃくちゃ痛いです。
日も暮れつつあるので馬を急がせている為、余計に振動が酷いのだと思われます。
もう、馬には乗らない。
そう涙目で宣言するくらいには、お尻が痛いです。
風を切って走っているから、若干寒いですし。
日が落ちるに従って、馬の歩みがゆっくりになり、すっかりと太陽が隠れると隊長さんは馬を止めて、ひらりと馬から降りた。
私も降りようとすると止められ、隊長が手綱を引いて馬を歩かせる。
うん、馬の揺れのせいで、すっかり腰砕けだから、歩かなくて済んだのは助かった。
あとは落っこちなうように、しっかり鞍に掴まるのみだ。
……体力が落ちているので、実はソレすら辛かったりするんだけど、隊長さんに馬を引かせている分際でわがままは言えなかった。
私より年下の、あの門番の居る門に辿りついたのは、私の体力も限界になったころでした。
「おいで」
馬上の私に腕を広げる隊長さん。
いや、高い、高いから馬の背中。
まごついていたら、腕を引かれ、脇を持たれて軽々と地上に下ろされた。
下ろされたけど、足腰がガクガクで立てません。
それに、空腹。
それに、眠い。
一言で言うならば満身創痍。
地面にへたり込んだお尻が痛い、立とうとしても、腰が抜けたように立てない。
「大丈夫か」
驚いたような隊長さんの声が降ってきて、次いで、あのからかい好きなおっさん兵士が来た。
「ああ、ねーちゃん馬に慣れてないのか。 どれ、詰所で休んで行きな。 いいですよね、ノースラァト隊長殿」
おっさん兵士に問答無用で抱き上げられる。
「す、すみません、ありがとうございます」
「随分顔色が悪いぜ、手持ち灯の明かりで分かるくらいだから、かなり辛いだろう」
ゴツイ腕で抱えるように運ばれる中、労るように背中をポンポンと撫でられた。
ずっと馬の上で落ちないように気を張っていたから、思いもよらない人から思いもよらず優しくされて、素直に頷いてしまう。
詰所の奥にあるカーテンで区切られた仮眠室で寝ていた兵士を蹴り落とし、そこへ私を寝かせてくれた。
「隊長殿には俺から話つけといてやるから、少し休みな」
乱暴に毛布を掛けると、蹴落とした兵士を引きずって行った。
カーテンの向うから、隊長さんとおっさん兵士のボソボソと話す声が聞こえたけれど、内容までは分からず……気が付けば眠っていた。
目覚めたのは翌朝で、おっさん兵士は勤務を交代して既に帰宅していた。
「すまなかった、気づかないで……」
簡易ベッドの横に置いた椅子に座っていた隊長さんは、私が目覚めるとそう謝罪してくれた。
どうやら、あのおっさん兵士に説教されたらしい。
……あのおっさん兵士、一体何者なんだろう、隊長格の人に説教って……。
なんだか不安になって、今日の出番の兵士のお兄さんにそれとなく聞いてみたら、笑って一般兵だと教えてくれた。
「元々傭兵をやっていたらか、貫禄が違うけれど、実は俺と同期なんだよ」
なるほど、転職組か。
兵士のお兄さんとそんな話をしていたら、馬の用意をしていた隊長さんに呼ばれた。
ちょっと待っててくれと言われて待っていたけれど、もうそろそろ宿に帰りたいな。
今日はゆっくり休んで心と体を回復させて今後の身の振り方を考える予定なんですが…ちょ、待って下さい、なんでまたお馬さんに乗せようとしてるんですか?!
慌てて暴れて、隊長さんの手から逃げる。
「こ、ここからなら十分歩いて帰れますから! 助けて頂いて、ありがとうございました」
かかか帰って今後の事をですね、しっかり考えねばならなくてですね!
そ、そんな憮然とした顔をされても駄目ですから、だ、駄目ですからっ。
怖くなんてないですからね、職場の課長補佐の方が鬼瓦みたいで怖かったんですから!
基本悪く無い顔立ちの貴方が無表情でも、ちょっとぐらい不機嫌な顔しても痛くも痒くもありませんっ。
こっそり後退りして取った距離を、ほんの一歩足を踏み出すだけで詰めた隊長さんに腕を掴まれる。
「疲れているところすまないが、会ってもらいたい人が居る」
い、いやいやいや、私、誰とも会いたくないです。
「あの、宿に帰って休みたい、んですけれども」
「大丈夫だ、すぐ終わる」
真面目な顔で言われても困ります。
こ、こここ困るんですってばぁぁぁ。
曖昧上等の日本人気質を、もうそろそろ本気で返上したい……。




