12.望みを託し
日が暮れて、毛布のひとつも無いまま、それぞれ床の上に横になる。
夕飯なんてものは出なかった。
自分のお腹も鳴ったけれど、他の人の音もかなり鳴っていたので気にならない。
眠れば少しは空腹も気にならなくなるしね、多分ほかの人もそうなんだろう、早々に横になっていた。
横になったまま、だけど眠れない。
床が硬いし、枕は無いし……臭さには少し慣れたけど。
それでもウトウトしてしまっていたらしい。
カツカツと黒板にチョークで書くような懐かしい音に意識が浮上する。
目覚める寸前に肩を揺すられた。
目の前には。スカーフを取った彼が居た。
「すみません、少しよろしいですか」
男仕様のまま声をかけてきた彼に、驚いて起き上がる。
「あぁ、あまり動かないでください、最低限の広さでしか遮音の結界を張っていないので」
「"シャオン"の"ケッカイ"?」
初めて聞く単語に首をひねる。
彼は私を引き起こして座らせると、床に書かれたチョークの線を示す。
「この線を出ないでくださいね、消してもだめですよ、本当に最低限の力しか込めていないので定着もさせていませんから」
線を踏まないように気をつければいいってことね。
で、シャオンのケッカイって何?
「…この線から外に音を聞こえなくする魔術です。 魔術を見るのは初めてですか?」
ま、魔術!
これが魔術なのか!
チョークの線一つで防音できちゃうとか、すごいな。
というか、魔術が使えるってことは……。
「……貴方、魔術師?」
「ええ、魔術師です。 さ、あまり時間がありません。 自分はこれからここを抜けて助けを呼びに行ってきます」
え、えぇ?
びっくりしている私に、彼は大きな目を細めて苦笑する。
「本来ならもう少し時間を掛ける予定だったのですが。 貴女がここに居るということは、遠からず彼が動くでしょうから」
「彼?」
私がここに居ると動く?
「ええ、貴女のよく知ってる人ですよ。 だから、安心して待っていてください」
私のよく知る人なんて片手で十分なんですけど。
……ってことは、魔術師つながりで…。
「もしかして、あの大きな魔術師さん?」
笑顔の質を変えた彼に、正解を確信する。
で、なんで、あの大きな魔術師が来るんだろう? やっぱり、私が希少な虹色魔石の販売者だからかな?
あー、そうだよね、それくらいしか理由ないもんねぇ。
どうせこの世界には身内も、友人も居ない……繋がりは利害関係だけだよね。
暗くなりそうな思考を一時振り払って、意識を女装の彼に戻す。
そうだ、彼が魔術師で助けを呼びに行ってくれるっていうんなら、これを有効利用してもらえるかもしれない。
右のポケットから小粒の虹色魔石を取り出して彼に渡す。
若干、舐めっぱなしで洗ってないけど、言わなきゃバレないよね。
「こ、んなに、持ってたんですか」
「これだけしかないけど。 どうぞ使ってください」
助けてくれるなら、これっくらい安いものだ。 実際、元手かかってないし。
「ありがたくお預かりします。 必ず、助け出しますから」
彼はそう言うとチョークの輪からそっと出て、持っていた布で床の白い線を擦って消すと、一度ドアの前で私を振り返ってから何事かドアに向かって唱え、するりとドアを開けて出て行った。
……きっと大丈夫。
彼がきっと助けてくれる。
再び床の上に横になり体を小さく丸める。
大丈夫、きっと、大丈夫……。




