10.大柄な魔術師
マモリが監禁された頃、王宮の一室に血相を変えた私服姿の魔術師が一人飛び込んできた。
「ノ、ノースラァト隊長っ! 申し訳ありませんっ! 少し目を離したすきに"彼女"を見失ってしまいましたっ!!」
執務机に齧り付いて書類と格闘していた大柄な魔術師が、男の報告に書類を睨んでいた顔を上げた。
「いつ、何処で見失った」
怒気混じりの低い声が、知らせを持ってきた男を竦ませる。
「四半時前、街を出て道を逸れ、道なき道を少し入ったところにある小川の川原です」
「何故、あの子から目を離した」
魔術師は素早く席を立つと壁に掛けてあった長いマントを纏い、男を引き連れて仕事部屋を出た。
「も、申し訳ありませんっ。 彼女が、水浴びを始めたものでっ」
「………」
ギリッと大柄な魔術師は奥歯を噛み締める。
「周囲を探しましたが、彼女らしき人物は無く、川原には彼女の物と思しき袋が落ちていました。 こちらにむかう道では彼女を見つける事ができませんでしたので、おそらく、何者かの手によって逆方向にある町に連れて行かれたのではと思います」
「……あそこは今…」
魔術師は眉間のしわを更に深くすると、踵を返して現在ある任務を遂行中の部隊へと急いだ。
「穏便に見守る、などという生ぬるい事では駄目だということがわかっただろう」
ひとしきり奔走した後、報告の為に顔を出した直属の上司であり魔術の師匠である男にやんわりと言われ、ノースラァトは表情を引き締めた。
ゆったりとした肘掛椅子に座った初老の紳士は、珍しく私情に引きずられている愛弟子に苦笑する。
「お前の気持ちもわからぬでもない。 だがな、事はそう優しいものではなく、娘一人の力量でどうなるはなしでもない。 よいか娘を見つけ次第、儂のところへ連れてこい、一度顔を見ておきたいのでな」
口数の多い紳士は、寡黙な弟子の是の返事を聞くと、頷き、退出を許可した。




