5 アイアンクローじゃないけれど
一部読みづらいかもしれません。どっかの魔族の喋りが。
2016/12/5修正・手直し
怖えー。
魔族怖えー。
食うな壊すなってなに。
淫魔とやらの本能ってなに。
おいてけ堀ののっぺらぼうも真っ青だよ。食わず女房の山姥並の危険度じゃないか。
や、むしろ、深夜帰り道の曲がり角でばったり黒いドーベルマンと遭遇するくらい怖いわい!
月子さんは脳内で「怖えー」を連呼しながら訊いてみる。
「あのー、私魔族のこととか全然わからないから……なんか、若干怖いんだけれども?」
「ルキ、シェとくっついてるのよ」
「そーそー、シェールの背中に隠れて……あ、無理か。アフレイド、背中貸してやんなよなぁー?」
シェールが月子さんをガン見しながらお姉さん風に言うと、ヨーランが無表情でうんうん頷きながらアフレイドに話を振った。
「なに? 背な………」
怪訝そうな声音でそう言いかけ、月子さんを見たアフレイドは固まった―――そして、そのまま動かない。
月子さんとヨーラン、シェールは、それに合わせてなんとなく立ち止まった。
「………………」
月子さんをガン見するアフレイドと、月子さん。二人の身長と目線は同じくらいだ。
自分の顔がなにかおかしいのだろうか……と月子さんは思った。まあ出会いからいきなり変な顔とかいわれたのはたしかなのだけれど、いまは笑顔全開ではないし、こんなに凝視される理由はない……筈だ。
「……………なに?」
月子さんは何も言わないアフレイドに小首を傾げて問うてみた。しかし一向に動きがない。
暫しの静寂。
(「達磨さんが転んだ」をしたら、きっと鬼に全勝するわなあ、このアフレイドくん)
などと思いつつ、月子さんはもう一度声を掛けてみた。
「「アフレイド。」」
同時に声を発したシェールのそれと呼び掛けが重なった。
びくり、と震えたアフレイドは、さっと月子さんから視線を外すと背中を向け、声高に話しながら忙しない足取りで歩きはじめた。
三人は急いでその後に付く。
「っいいか、魔族は基本魔力を以て相手を判断するが、人間は通常ごく微量の魔素しか持たぬ故「力無い魔族と人間との差異に留意せよ」と文献には書かれている。しかし我等魔族の幼生は元より、成体ですら人間を見ることなどそうそうないのがこの魔国の実状だ。人間が住む地は次元も派動も此方と違う為行き来するのは互いに困難であることが一番の要因だといわれている……ああそれは今はいい。忘れろ。
で、だ。人間について知らない魔族の常識として、魔力が著しく乏しい者というのは「己より弱い魔族、あるいは魔物」しかない。それは強者にとって捕食の対象であり淘汰してよい存在なのだ。世界に産まれ出でた時には既に植えつけられている思考故、その場に至れば“反射”が起きる。幼生は本能に従うことが生を左右する為なおそれが顕著と言える。
人間について先に説明してやれば理解はするだろうが、種族や質によって躯に力でルールを覚えさせねばならん事態も確実に有り得るのだ」
彼の饒舌振りに感心する半面、言葉を捏ね繰る教師のような口調でべらべら喋られたものだから、月子さんは話の要点を直ぐには飲み込めなかった。んんん……、と唸りながら、拾った文章と単語を繋げてなんとか理解。
―――で、理解したので言ってみた。
「えーと……結局私は、「アフレイドの背中に隠れて」、「シェールにくっついて」いればいいってことなの、かな?」
アフレイドが肩をびくりと震わせ、シェールは月子さんを見ながら繋いだその手をより強く握った。月子さんが再度のアフレイドの微妙な反応に首を傾げたところで、いつの間にか数歩先を歩いていたヨーランが口を開いた。
「おールキ。あれが<鳥籠>の館、俺たち魔族の幼生の住処だぜー」
月子さん達の目線の先に、生い茂る草木に囲まれた大きな白い洋館があった。
さて、洋館と言っても様々である。そして月子さんはあんまり洋のものに詳しくない。
なので「鳥籠の館は白い洋館である」……とまあこれしか言い様がないわけだが、それでも彼女は、記憶にある幾つかの洋館の類のなかでちょっと似た建物を思い出した。
以前、とある老婦人に付き添いに駆り出されて行った東京駒込の名園といわれる六義園、そこから更に足を延ばした旧古川庭園の洋館だ。
あちらは白煉瓦造りではなかったが外観は似ている。
もっともこの<鳥籠>の館は、お屋敷と軽く表現するにはやや規模が違う大きさだが。
「……っさて、あー、……ルキ」
館まで百数十メートルほどの所で四人は立ち止まった。アフレイドが喉の調子を正すような「っんン」というへんな咳払いをしてから月子さんに話し掛ける。
「まず姿を見られないようシェールとそこらの茂みに隠れていろ。私とヨーランが館に入り連中に説明をする。その後私が呼んだら二人で館へ入って来るがいい」
いいな?と念押しされて思わずこくりと頷いた月子さんにシェールとヨーランが抱きついた。……というか、しがみついた。
「ぅ、わっ」
子供のタックルは容赦ない。蹌踉めいた月子さんの肘をアフレイドが慌てて掴んむ。
「っおい、」
「ありがと、大丈夫」
瞳孔開きがちなまま、ふう、と息を吐いた月子さんからさっと手を離すと、アフレイドはその手でヨーランの頭蓋をわし掴んで引き剥がした。いででで!爪が!アフレイド爪!と喚く少年をそのまま引き摺りながら彼は館へと足を向ける。
「シェール、念の為風上は避けておけ。俺達からするルキの匂いを先に辿られても面倒だ」
「ん。シェ、ルキ護る。」
シェールは抑楊のない一定調子で言うと、月子さんを引っ張って近くの茂みの裏へ回った。そしてそのまま其処へ腰を下ろすと、館へ向かったアフレイドとヨーランの姿を目で追う月子さんに徐に右手を翳して「存在固定認識、遮断」と呟く。
「へ? なに?」
いきなりシェールの口からお硬い言葉が出たので月子さんは面食らった。
「ルキの、匂いとか、気配とか、わからないようにした。あいつら、本能だけで動くから、めんどう」
事もなげに言うシェールに月子さんは思う。
(あいつ等、って……館に一緒に住んでる子供魔族のことかね。ずいぶんな扱いだなシェールちゃんや……)
気がつけば二人の傍で鳴きもせず丸くなっているトリダクティアに「いつの間に!」と内心ビビりながら、月子さんは膝を抱え込みつつシェールに寄り添った。
シェールがしてくれたのは魔術だか魔法だか?そんなのなんだろうか……と考える月子さんからすれば、シェールが施したものは、呪い、結界、真言、その類いとして考えるのが理解に容易い。
百鬼夜行に出くわした時に唱える経、陰陽師阿倍清明が方術、尊勝陀羅尼の真言。恐ろしい妖に喰われぬよう姿を隠す、身を護る為のそれ等―――いや、考えたら現状はまったくその通りなんじゃないだろうか?魔族に捕って喰われないようにしているのだから。
(―――おいおいおい洒落にならんぞな)
“死”が恐ろしいとは思わないが“殺される”のは勘弁願いたい月子さんである。
館へ向かった男子二人の成功を、お手々の皺と皺を合わせ南無南無……と拝みながら願う姿を、シェールはその大きな瞳でじっと見つめていた。
******
「あたたたた爪いでぇっつーの! 離せよアフレイド!!」
歩きながらオレの頭をがっつり掴んでいたアフレイドの手を、オレは力いっぱい掴み返して叫んだ。
くそーオレは獲物じゃないぞ!爪立てるなよ!
「やたらにルキの匂いをつけまくるんじゃない。お前も獣人なら匂いに対する本能反射はわかるだろうが」
アフレイドは手を離してオレを見降ろしてきた。いつも通りの、空っ風みたいな乾いた声音に冷たく光る目……といいたいところなんだけど、違うんだよな。なんか声にも視線にもネチッコイものを感じんだよ。
「あーうん。や、ルキが頷いた姿がなんかさあ……なんていうの? よくわかんねぇけど、「笑顔」ってやつ程じゃないんだけど、なんか気に入ったんだよな。そんでつい、抱きついちまった。でもシェールだって抱きついたじゃん」
オレばっかこの仕打ちかよ
ちょっと痺れてじんじんする頭を擦りながらアフレイドにそう返したら、睨まれた。
……うん、睨まれたぞ確実に。 そんでまたネチッコイものが目に浮かんでる気がするぜアフレイド。
いままでこんなねとーっとして、じとーっとした……あ、これはあれだ、「嫉妬」とか「妬み」とかって感情だな。そーゆーのを抱えるアフレイドってのをオレは見たことない。シェールもそうだろう。。
原因はルキだよな、考えなくたってわかるさ、そのくらい。
「ルキに抱きついたの気に入らなかったんだな? アフレイドは」
「―――な、にを言い出す」
おお、アフレイドが動揺してんのもはじめて見た。口調はふつーなのに目が挙動不審だぞー。
ま、面白いけどこれは置いとく。後で楽しめそーだし。
「ヴラウバルトなら別な意味でどうだかわかんないだろーけど、ウチの奴等ならまあ警戒するだけじゃないか? 匂いだけなら。ただなあ、ルキ本人に会ったらどうだかなあ。魔力が感じられない時点でフツーなら弱者扱いだし」
「シェールが奴等に「手を出すな」と厳命してもか」
シェールは住人の中でも上位で魔力が強いから、他の幼生はシェールの言う事に否とは言わない。魔族は本能に「自分より強い奴には従う」っていうのが基本としてあるから。まあ「基本」だから、それが絶対ってわけでもないけど。
「うーん、シェールのヤツはルキにくっついて離れないだろうけどさあ、防御魔法か魔術か、そこらへんもかけさせた方がいいよな?」
「むしろそれは前提条件のつもりだが……何人が従うか、何人が愚者となるか。見物ではある」
アフレイドの口振りは面白がってるように聞こえるけど、顔すっげえ怖いから。どうやって殺してやろうかって目ぇしてるよ。
あぶねーなー、ルキがこの場にいなくてよかった。
オレやシェールまで怖がられたらどうしてくれんだよ、「笑顔」が見れなくなるじゃないか。
「ま、逆らうなら殺すまでだしなー」
ルキは人間とやらだし、もしかしたら怖がるかもしれないから言わないでおこう。
殺すならこっそりと、だ。
うん、シェールにも言っとかないとな。
二人でそう取り決めて、再びオレ達は館へ向かう。説明っつーか、説得っつーか、そういうのはアフレイドがやるから、実はオレはなんにもする事はない。
……あー、自分が離れてる間オレが残ってルキにくっついてるのが気に入らなかったのか。
シェールはいいのかよ、ったく。
まぁシェールはルキのこと完全に気に入っちまってるから、まだいろいろ思うとこがあるオレやアフレイドとは違うけどなぁ。
それでもオレは、ルキを他の魔族の餌や玩具にさせたくない位には気に入ってる。
アフレイドはどうなんだろう?
自分がいままでとちょっと違うの、わかってんのかなー。
隣のアフレイドの横顔を見上げて見たけど、いつものツンツン顔だ。
つまんね。
早いとこ終わらせてルキと遊ぼう。
並んで歩くオレ達から微かにルキの残り香がする。
オレはなんだか、そのことにすごく気分が良かった。
※「おいてけ堀」釣った魚を置いてけという妖怪のっぺらぼうが出てくる。「食わず女房」嫁にしてくれと来た「飯を食わない嫁」の正体が山姥。どちらも有名な日本昔話。知らない人はあまりいないと思うが、知らなかったらごめんなさい。
※「目線」と「視線」の使い分けについては調べて考えましたが、「目線」は眺める「視線」は注視する、というニュアンスを含む、または踏まえる、という形で用いました。個人の感覚でのものですので、考えの相違などはあるものとご了承ください。
※深夜のドーベルマンは、葦原の実体験です




