3 突っ込むところが多すぎる魔族
年長クンの名前に納得がいかずだらだらしてましたがやっと決まりましたごめんなさい。…ヤツめ。
6/30改稿
2013/4/14更に手直し
2016/12/5修正・手直し
「突然ここに立っていただと?」
「うん」
月子さんは高原に三人の子供達+1匹と輪になって座っている。
彼女が武器や暗器をもっていないことを確認した年長クンが、ここにいる経緯を聞きがてら手の傷を治してやる、と言って他の2人と共にその場に坐したからだ。
月子さんにしてみれば気がつきゃ此処に立っていただけなので経緯もなにもないのだが、自分がとっても怪しく見られているのは判っているし、理解されずとも話をするのは重要だと黙ってそれに同意した。
アリクイもどきが噛んだ月子さんの手には小さな穴が開き血が溢れてはいたが、見た目のわりにそうひどくなかった。が、このしらない世界で破傷風になったりしたら困るので「傷口を洗いたいので水をくれないか」と年長クンにお願いしたところ、彼に「何故だ。さっさと治せばいい」とのたまわれた。
唖然である。口がぽかーんである。
何様だ!俺様か!とすかさず突っ込むところである。
大阪人の友相手ならば、ここでツッコミをいれなければ「なんでやあああー!」と怒り泣かれただろう。
彼女は心のなかでこっそり突っ込んでおいた。
聞いてみると、彼等は「人間は魔力を持たない」ということは知っているが、実際には会ったこともなければどんな生態なのかも知らないそうで、魔力がなくてもなんらかの手段を用いて自力で怪我を治せるだろう、と思っていたという。
月子さんが「この世界の人間が自分と同じ身体構造なら、一瞬で怪我や傷を治せない」ということを教えると、年長クンはそうか、と呟き、左手で月子さんの手を取ると、傷の上で右の掌をかざしそのまますっと横に薙いだ。穴は見事になくなっていた。
魔力バンザイ……と彼女は感心しつつ己の手を眺め、年長クンに治療のお礼を言ったが、傷口はなくなっても血は残っている。
(残った血なんとかしたいな……やっぱ洗いたい……)
と月子さんが思っていると、アリクイもどきちゃんが寄ってきてべろべろと舐めとってしまったため、苦笑いを零したが。
その顔も少女……シェールに穴が開きそうなほど凝視され、さらに年長クンと少年にもじろじろと見られて些か閉口した。
気分はパンダである。
年長クンはお名前をアフレイドといった。少し長めの黒髪、瞳は赤紫。
月子さんは(赤紫蘇の葉を光にかざしたら近い色味かな)ともう少しボキャブラリーがほしい感想を心のなかでこぼした。まあ、同時に(キレイな瞳だな)と思ったが。
彼は顔の造形自体も綺麗だ。
綺麗といっても女性と見紛うような美しさではなく、美少年という範囲でもない。一重で切れ長、ややつり目がちで、人によっては睨まれていると勘違いするかもしれない目つきをしている。ほどほどに高く筋の通った鼻、口は大きすぎず小さすぎず、唇も薄すぎず厚すぎない。彫が深くともくどいほどではない彼の顔は、月子さんの観点からすれば“綺麗”という表現ができた。
黒のベルト付ロングベストに黒のボトム、黒の靴、上質そうな生地で作られた白い襟のあるシャツという服装の彼は、顔のつくりも相まって、見る人によってはイイとこのご子息という印象を持つだろう。
「干渉をいかなる魔族にも悟らせず<鳥籠>内に有機体を転移させる技など、私が知る限りでは存在しない。この魔国に13ある<鳥籠>は、13大公自らが結界障壁で各々保護しているからだ。この場に空間の揺らぎなど微塵も感じられなかったが……一体どういうことだ」
見た目年齢にそぐわぬ話し振りのアフレイドは月子さんの正面に座っている。片膝を立て肘をのせ、指先は自身の顎の辺りに触れている。視線は地面を向いているが、思考に浸り、何処をみているわけでもないのだろうな、と月子さんはぼんやり見とめる。
<鳥籠>については先に教えてもらっていた。
大体でいうと、<鳥籠>というのは、魔族の子供だけが暮らす定められた地域をいい、この国では、知性のある魔族の子供は生まれると<鳥籠>を目指して集まり、大人の魔族に混じってもやっていけるくらいに成長すると自発的に<鳥籠>を出ていく、ということらしかった。
「13大公って?」
「魔王様に準じて力が上位の公爵、侯爵13名。彼等を13大公という。
この魔国では力に応じて階位が与えられる。が、当主が如何に強かろうと継いだ子が弱ければ位は剥奪、強ければ見合った爵位がその都度与えられる。更に著しく突出していれば魔王様より直々に大公に指名されるのだ。まあ程度知性を有している事は最低条件ではあるが。
勿論、大公自身とて、力が弱まれば階位は返上、ないし剥奪される。
其故、大公の強固な<鳥籠>の守りの中に、誰にも悟られず人間を転移させるなど、容易に出来ることではないのだ」
「ほほぅ」
なんとわかりやすい実力社会、と月子さんはここでも感心した。
単純に考えるならば、世襲がないということは血族や階級(ここの階級は中世ヨーロッパの貴族制度のような感じだろうと月子さんは見当付けた)絡みの腐敗政治は横行しにくいということだ。が、逆を言えば、代替わりが頻繁だと政治と社会が安定しないという懸念が生じる。
……と、そこまで考えてすぐに
(魔王様による“何様・俺様・魔王様”な独裁政治体制を敷いていたら、そもそもが関係ないわなー)
と思考をとめた。
「此処にとばされた時、「景色が歪んだ」とか「知らない人に攫われて~」とか全っ然なかったんだよね……たったいま道を歩いてたはずなのに、あれ? って。それこそ“狐に抓まれた”って感じだった」
「きつねってなんだ?」
「……きつね」
ヨーランとシェールが反応して口を出してきた。
ヨーランは藍色の髪の少年のことだ。彼の眼はアイリッシュグリーン。大きくて二重でアーモンド形をしている。眉も形のくっきりとした藍色。そして大きな口元からは歯というより、牙と呼ぶのが似つかわしい尖った歯が並んでいる。
シェールはもちろん、銀髪金目褐色肌の例の少女である。ロングスリーブの、深い蒼色をしたフリフリリボン付きのゴスロリドレスがよく似合っている。
月子さんは先刻アフレイドに治療を受けている時に、彼女のドレスを垣間見つつ思っていた。
(スパゲティリボン多用のドレスとかじゃなくてよかった……あれは私の鬼門だ。すぐひっかかるし、ひっかけると怒られるし……〉
うっかり近づいてリボンを引っかける度に、ゴスロリ大好き女の友人Mに散々文句とゴスロリ讃歌を聞かされた過去は、軽く恐怖として月子さんの記憶と精神に刺さっている。
さて、「狐」について質問されてしまった月子さんは「え、」と言葉を詰まらせた。
「……あー、狐ってここではなんていうのかなぁ?」
〔FOX〕ならどうだ、と訊いてみたが駄目だった。日本語で問題なく話せてしまっていたのに、こんな普通名詞で引っかかった。何故だ面倒な。しかもどーでもいいとこで。
月子さんはううむ、と唸りながら空を仰いでちと考え、アリクイもどきちゃんを指差してヨーランに尋ねてみた。
「例えばだけど、このコはこっちではなんていう動物?私がいた世界ではこのコに似た動物は[アリクイ]とか〔アントイーター〕っていったんだけど……」
「トリダクティア!」
大きな声で間髪入れず応えが返された。元気でいいことだ。
月子さんはヨーランに笑顔で「ありがとう」と返す。
「口で説明するにしても狐ってなんて形容したらいいだろう? ……狐の絵とかあれば……あ、狐関係の話の挿絵とか?」
ぶつぶつ呟きながら鞄の中を漁り、いつも持ち歩いている数冊の昔話、民話の本の中身を大雑把に確認する。
その一方で固まって動かないヨーランの頭をシェールがペシペシと…いや、べしべしとどついている。容赦ない。アフレイドは月子さんの手元をじっと見つめている。
手持ちの本に狐の挿絵は残念ながらなかった。
が、鞄の内ポケットにメモ帳とボールペンがあるのを発見した月子さんはそれらを取り出し、まだまっさらな帳面に狐のイラストを書きつけた。
写実的とまではいかないが、そこそこ特徴を捉えて描かれているそれを三人に向ける。
「狐ってこんな感じの……」
「ヴラウバルトだ!!」
ヨーランが歓喜の声を上げた。
「狐はヴラウバルトっていうの?」
「ヴラウバルトはエヴナだよ!」
「ん? えぶなって?」
「ヴラウバルトの種族!」
「……なるほど。狐の種族はエヴナ族で、その子の名前がヴラウバルトね」
「ヴラウバルトは子供じゃないぞ? もう200歳越えた成体だ!」
月子さんは目を瞬いた。
「へぇー、すごいねぇ。200歳越えかー。こっちの狐って長命なんだね。私のいた世界じゃどんなに長生きな生き物でも200歳なんてなかなか届かないよ。生態系の根本が違うからかなぁやっぱり」
(アリクイもどきに羽根生えてるしね。
魔族が住んでる魔国だしね。
下手したら住んでる世界やら星やらどころか、次元自体が違うかも知れないしね!)
そんなことを考えていた月子さんの手を、シェールが小さい手で握り、顔を覗き込んできた。
「ヴラウ、嫁ないない。あぶないから人間、シェといっしょいるの」
「あー、だなー。ヴラウバルトはいいヤツだけど、下手に成体の雌に会わせたら異種族でもいいから騙くらかして連れてっちゃえー、とかやりそーだもんな。人間、シェールといろよ!こいつは幼生でも強いし頭もいーから一緒にいれば安心だ!」
不穏なことを言い出したちびさん達に、月子さんはぽかんと口を開けたまま固まった。言いたいことも突っ込みたいところもいろいろ出てきて、どれから処理したらいいかわからなくなったのだ。
そこへ更にアフレイドの発言が追い打ちをかけた。
「待て二人とも。まさかこの人間を館に連れていこうという気か?」
「とうぜん。」
シェールが変わらぬ無表情でアフレイドをガン見した(ように月子さんには思えた)
ヨーランは呆れたという顔をしてアフレイドに言う。
「シェール決めちゃったもん、もう無理だぜアフレイド。それにこの人間、ココに放ってくのか? 始末もしないで。そんなハンパで気持ち悪いことお前嫌いじゃなかったっけー?」
「ヨランばか」
「ッテ!!!」
ゴリ!っと若干不気味な音をさせながら、シェールがヨーランの後頭部を派手に殴りつけた。
「人間、悪意もってない。力ない、武器も、ないないよ。だからアフレイド、始末しない。大事大事するの。みんないっしょかえるのよ」
彼等の会話は突っ込み所満載だったし、月子さんは片っ端から疑問を解消したい気持ちだった。
でも彼女はそれより重要なことに気がついていた。
日本人としてあるまじきことに――たとえ「聞かれなかった」という言い訳が立つとしても――彼女は自己紹介というものを失念していたのである。
(恥じゃ……! 日本人としてありえんわ!! 全国のお世話になった爺さま婆さまに顔向けできん……っっ!!)




