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2 「幼児」の定義は1~7歳です

2016/12/6修正・手直し

 月子さんという人は、彼女の友人A曰く「バリ天然のボケ体質」である。

 かといって外見は「ほにゃ~」としているわけではない。

 分けるなら、まぁ、『黙っているとちょっと引かれてしまう』タイプである。


 些末事にムッとしながら人ごみを歩いていたら、目の前の人波を割れて道ができていた……ということが何度かあったり、なかったり……あったりした過去がある。

まぁ歩きやすくなっていいのだが、本人はいたって平和主義でのほほん気質、ついでにじつはちょっとチキン気味だったりするので、そんな時つい「いかん、人様を怖がらせたか……神様仏様ご先祖様、悪気はないのでどーか許しておくんなまし……南無南無」とか心で拝んでいたりする。


 そうしてがつがつ歩いてる最中になにもないところで思いきりよく転けたり。

 その転けた姿勢のまましばらく静止していた後むっくりと起きあがって汚れを払い、何事もなかったように平然と歩きはじめたり。

 その後で人に「額から血が出てる」と言われて鏡を見、「おぉ、いつの間に」などと抜け抜けと…いや、のほほんと言っちゃってみたり。


 そんな天然さんである。鈍いともいうかも知れないが。


 ちなみにまったくの蛇足だが、多方面からは「関西人が泣いて喜ぶツッコミ達人」「天然癒しの神パネェわー」などというよくわからないお言葉もいただいている人である。




 そんな芸達者認定?持ちの月子さん。

 ただ今おめめキラランしつつ、目の前のかわゆいアリクイもどきに心で悶えつつ、まずはお近づきになろうとそろそろと下手に右の掌をのばしている。


「こんにちはーこわくないよーだいじょぶだよー」


 警戒されないように動作はそうっと、を心掛けながらアリクイもどきの口先まで手を寄せ、しばし笑顔で硬直待機。

 アリクイもどきはふんふん、と月子さんの掌の匂いを嗅ぎ、そしてやっぱりアリクイチックな細長い舌でペロリ、と可愛らしく指先を舐めた。

 これだけでもう月子さんの萌えゲージ20%上昇は確実。


(くあぁぁ!! なんちゅーかわいさじゃー!!!)


 月子さんは心の内で悶えた。癒されてる!わたし超癒されてるわぁあ……! などと誰に向かっていっているのかわからない叫びが頭蓋いっぱいに響いているようである。

同時に分泌されているであろう物質はアドレナリンだろうか。あるいはドーパミンかもしれない。


(もってかえりたいわああ! ウチのアパートはOKだったかな。実家に持ってったら意味ないし……あぁ私が一緒に実家帰ればいいのか)


 月子さんの頬は赤く……いや、熱中症になりかけなんではというくらいに紅潮している。脳内バラ色にしてセクハラ親父も負けそうな、にやけ面。

 アリクイもどきは彼女に慣れたのか、掌の舐め方がぺろぺろがべろべろになっている。


(あぁでも実家帰ってもこの子の面倒見れる人員いないもんなー。現地調査(フィールドワーク)で地方遠征行く度ペットホテルなんて使ったらなんぼなんでも破産するわ。健診に必要なら予防注射もかかるしゴハンもなに食べるか次第で予算が…… )


 ペットにかかる諸経費以前に、自分がいま何処にいるのか、とか、この知らない場所から帰れるのか、とか、またはその可能性はあるのか、とか、まずは其方を気にするべきではないだろうか。



「そこのお前、何者だ」


魔力(・・)感じないってことは人間か!? どっからはいった!」


「………」




 いいタイミングで聞こえた声に、うまいこと月子さんの思考は中断された。


 高さの違う子供の声。

 アリクイもどきちゃんが来たのと同じ方向から聞こえたな、と彼女はそちら――右後方を振り返って見た。 


 子供が3人、月子さんから10メートル程離れたところに並んで立っている。

 真ん中に最年長らしきコーカソイド―欧州系―な貌で色白黒髪な男の子。

 その右には真ん中の子の胸くらいの身長の、これまたコーカソイドな色白藍髪の男の子。

 反対側の3~4歳くらいに見える女の子はこぼれ落ちそうに大きな金色の瞳に褐色の肌、そして銀の髪。身長は真ん中の子の膝くらいしかない。


 彼等をみとめた月子さん。


(なんと。ファンタジーには定番の金髪碧眼がいないとは!)


 ……と、関西人の友人Bなら二ヤリと笑いサムズアップしてくれそうなツッコミをした。脳内で。

 さらに“あぁそりゃ王子様の場合か”と呟く。やっぱり脳内で。


 そして綺麗だけど“かわいい”は卒業してる真ん中と、あと2歳若ければ月子さんの“かわいい”認定対象だったかもしれない右端の二人はスルーし、左端の少女(本来なら「幼女」だが月子さんの脳ミソはその語感に却下をだした)へ、にっこりと200%の笑顔を向けてご挨拶をした。


「こんにちは。この子(アリクイもどき)はあなたのおうちの子?」


「…………。」


 少女と月子さん、いや、三人と一人の間に沈黙が降りる。

 月子さんは「あるぇ?」と思いつつ、笑みを120%に修正して、ちょっと首を傾げた。


 ご本人的には自慢するほどだが、月子さんはいわゆる“チート”なくらいの「幼児キラー」である。

 人種性別関係なし。

 月子さんが微笑むと、大抵の赤子はにっこりと天使の微笑で小さな手を差し出し、幼児は「おねえちゃんあしょんで!!」と飛びついて離れない。

 そしてそんな彼等のお相手を、ひたすら・純粋に・嬉々として・ぶっ倒れるまでするのが彼女、月子さんという人で。

 ……ちなみにこの“ぶっ倒れるまで”が(あだ)となり進路候補のひとつであった保育の道を諦めたのは、夏の炎天下、風邪で熱があるのに全力で近所のちびっこの遊び相手をして昏倒、病院に担ぎ込まれ為である。

 母親に鬼の形相で半日説教された、彼女が12歳の時の苦い思い出だ。


―――過去二十年ほどの実績と経験に基づく、彼女の「幼児キラー」能力全開の笑顔でこどもが堕ちない……もとい、笑顔にならない


(……っちゅーことは、あれじゃろか。とうとうこの力も尽きる時期がきたのだろか。まぁそれならそれで仕方ないのぅ )


 なんて彼女がさらっと思っていると、少女が無表情のままぽてぽてと歩み寄ってきて月子さんの目の前でとまった。少女の金の瞳が真近でよく見える。


(あれ? この子瞳孔が縦長だ。猫目?)


 月子さんがそう思ったその時―――少女が彼女の両の頬をぐいと引っ張った。


「いっっひたたたたたた!! ひたひひたひへほははひてひたひ!!!」


 ありえないくらいの力で。


 あまりにもの凄い力と痛みに、月子さんは自分のほっぺたが千切れたと思った。

 いや、千切れなくてももしかしたら「こぶとり爺さん」状態だと思われた。

 頬が瘤の如くなるのか、と一瞬身構えた。


(いやいや、あれは医学的には良性腫瘍だろうって見解だそうだし抓まんでできたんじゃないから。宇治拾遺物語のお爺ちゃんは最初から瘤があって鬼をだまくらかして瘤取らせるんだよ鬼にほっぺた抓まれるんじゃないんだよいやこの子鬼じゃないし!)


(だからええと! ええと!)

 


 いいいいっったあぁぁぁぁいぃぃ!!!!



「……じゃない……」


 少女がぽつりとなにか呟き、続いて月子さんの頬から小さな手が離れた。

 月子さんは痛む頬に両の掌をそうっと宛がった。


(痛い。すんげー痛い。猛烈に痛い。痛いけどほっぺたのお肉はまだついてるし垂れてないし瘤になってもない。よかった……)


 背中を丸め、若干涙目になりながら息を吐き出す。


「……その、かおじゃない」


 少女が呟いた。

 え?と、月子さんは少女をみる。

(そのかおじゃない……って何が? 私の顔か?)


「私の顔?」

 試しに聞いてみると、少女はこくりとうなずいた。

「さっきの、へんな、かお、」

「はい?」

「みるの。シェ、へんなかお、もういっかいみる。もっとみる」

「変な顔? もう一回? ……え、ええっとー……」


(どうしよう。思い当たるヘン顔がわからないんですが )


 幼児の言語表現はどんなに根気よく尋ねても大抵ひとつやふたつ「ごめん、わかんない」と白旗をあげてしまうことがある。今がまさにその状態だ。

 月子さんの眉はハの字になった。

 気分は四つん這いでうな垂れるメール文字のごとく。


「ちがうの、そのかおは、ちがうの」


 だあぁああ! どの顔じゃあああ!!!



「お前、先程我らに妙な顔を見せただろう。シェールはそれをまたして見せろといっている」


 いつの間にか少女の後方からやってきたらしい残りの子供。の、年長の方が口を出した。

 地面に膝をついて前傾気味な月子さんからだと、彼の顔は背を真直ぐ正して見上げなければよくみえない。

 初見で白くみえた肌は近くでみるとなお白く、血管が透けてみえそうだ。


 ロシア系の友人とどっこいだなあ、と月子さんは「1/16なのよアタシ」といっていた、友人の白い肌と脳内で比較した。


「妙な顔……?」


 月子さんが己の片頬を撫でつつ首を左に僅かばかり傾げると、小さい方の少年が年長クンよりもずい、と前に出てきて自身の口角に指をひっかけ、ぐいぐいとあげて見せた。


「おまへほーんな風にクヒあげへ、目ぇうふくしただほ! あれなんは!!」


 少年はホラー映画の殺人人形みたいな顔になった。


(……えー、「お前こんな風に口あげて目薄くしただろあれはなんだ」訳あってるか? あってますよね? つーか私の笑顔はヘン顔かい? ……いやいや、笑顔文化がない地域という場合もあるぞ)


「……これは「笑顔」です。この地域には笑う風習がないのかな?」


 月子さんが少年に「この顔かいな坊ちゃん」と問う代わりに、にっこり、にっかり笑ってみせると少年は固まったが、おいお顔が歪むぞ坊ちゃん、と思った月子さんが手をのばして口から指を外してやると、あわてて年長クンの後ろに隠れた。


「………笑顔……? 人間はそれを『笑顔』といい表わすのか?」


 しばらく間があってから、年長クンが唸るように問うてきた。

 月子さんはちょっと笑顔出力を下げて思考する。



 この子達の一連の発言からするに『人間』は、いる

 「ここ」は人間が入ってはいけない場所らしい


 「人間は」というんだから彼等は人間ではない

 ならば「私が住んでいた次元の地球のどこか」という可能性は低い

 他には。


 ……他には、




「君達の文化に「笑う」という概念はないの?」

「我ら魔族の笑うという表現に相当するものは「嘲笑」のみだな」




(……………魔族キター)




 月子さんはうっかり顔から笑顔を落とした。



(希望としては神仏妖怪ジャンルだったんだけどなー。

 精霊とか妖精とかならまだ許容範囲だったのに……魔族かい……まぁ魔力云々とか聞こえたけどさ。

 この子達の外見からすると、吸血鬼だ淫魔だ魔王だっちゅー、そーゆーファンタジーワールドってやつかいな?

 それならコボルトだのドワーフがいる可能性はあるかもしれんなぁ。うん。

 まぁ……それより帰る方法を探すのが先か。別に急ぐ気もないがどこまで適応可能か不安があるし……なにしろ「笑顔」っちゅーて「嘲笑」だもんなぁ )


 俯いて考えに耽っていた月子さんの頭をくい、となにかが引いた。


「ん?」


 みると、己の前髪を一房掴む少女の手。


「もいっかい」

「うぉっ」

 

 がぷっ


 顔をあげたら金の瞳が視界いっぱいにあったのに驚き、月子さんがうっかり漢らしい声をあげると、かぷりとアリクイもどきちゃんが左手に噛みついた。

 年長クンは無表情でその様子を一切無視し、月子さんを見下ろすと言った。



「お前はどうやって入ってきた。ここを魔族の〈鳥籠〉と知っての侵入か」



宇治拾遺物語

中世日本の説話物語集。今昔物語集とあわせて読めばなおよろし。

どちらも本来は膨大な巻数及び話数な為、一般書店や図書館にあるものは編集作家等がピックアップした話を其々で纏めているのが通常です。

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