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1 月子さん、飛ばされる

初投稿です、よろしくお願いします。

勝手がわからず慣らしつつの投稿ですが、どうぞ生暖かく見守ってください。


2016/12/6修正・手直し




「魔族は笑わない。

 正確に言うならば、魔族における「笑み」とは我々人間でいうところの「嘲笑」であって、それ以外の――例えば、悲哀や慈愛の込もった笑み、等という表情は「ない」。

 何故「ない」のかといえば、『魔族はその根源となる感情が著しく乏しいからだ』というのが我々魔族研究者間での通説である。

 曰く、「愛しむ、あるいは慈しむ」という概念が皆無であるということである」


                 ――――バティアス・オーズ著「魔の基礎/魔族編」



******




 月子さんは、小さく白い花が一面に咲き乱れた、それは美しい高原にいた。


 おかしい。

 先程まで歩いていたのはアスファルトで舗装された道で、それはそれは喧しい街中を歩いていたはずなのに。


「何故こげな風光明媚なとこにおるんじゃ、あたしゃ」


 幼少から「日本昔ばなし」をこよなく愛し、大学では民俗学を専攻、各地の口述伝承を求めご老人を訪ね歩いたせいか、月子さんは時々通常ではない言葉使いをすることがある。

 一部の友人達からは「お前の言語は日本語じゃなく『月子語』だ」と言われ老人認定。なので『月子語』はもっぱら彼女の独り言で活躍している。

 

「景色がいいのはよろしいが……困ったのぅ。わけがわからん」


 左手で頭を掻きつつ、月子さんは己の服装を確認した。

 お気に入りの膝上丈のハーフコート、萌黄のニットセーターにジーンズ、足に馴染んだ編上げブーツ。左肩からは、さっき観てきた演劇のパンフレットが入った、カーキの斜め掛け鞄が下がっている。


「格好は変わっとらんな」


 頭にやった手はそのままに、今度は目の前の景色を見る。

 悠然と広がる青い空、雄々しく立つ黒い山々の頂。雲は薄くたなびき、風は穏やか。


「……高原というか……ノリ的には高地?」


 両腕を広げた月子さんはラジオ体操よろしく、大きく深呼吸をした。空気濃度を確認するためだ。

 空気が薄く感じるようならば、此処より標高の低い場所へ避難しなければ、最悪、命に関わるだろう。月子さんのようなどちらかと言えばインドアな人間でも容易に分かる。

 若干厚めのコート着用でも涼しく感じたので、それなりに標高の高い所か、と彼女は思ったが、息苦しいという感じはなかった。至極普通だ。


(此処はどこだろう)


 とりあえず十人いたら十人…いや、八人位は考えることを彼女も考えながら、どっこいせ、と腰を下ろし足を伸ばした。4時間半の上演時間〈休憩時間込〉を一度も席を立たずにいたので、流石に足が浮腫んでいる気がする……いや、確実に浮腫んでる。ブーツの紐がピッチピチだ。

 更に彼女は考える。


(私が今ここにいるのはどういう現象故だろう)


1、空間移動 

2、次元移動

3、神隠し


 是非3番でお願いしたい!……と昔話ヲタの月子さんはワクワクテカテカ、ついでにおめめキラキラさせながら思った。

が。神隠しの場合、1番や2番ならまだ幾分可愛げがあるが、その昔は、人攫いにあって大陸に売られただの、慰み者にされた後殺され遺棄されただのといった理由が多くを占めていたことを思い出し、我に返る。

 因みに、現代の神隠しはというと、更に多種多様である。


 安全な状況だと判じるには要素が激しく足りないし、いつまでも此処にいるわけにはいかないのだけは月子さんもわかる。

 万が一攫われて来た場合は、追手がすぐ近くにいる可能性があるだろう。


 ううむ、と考えていると、ふと、どこからか、キュイ、という音が聞こえた。


「ん?」


 月子さんは空を見上げて耳に気を集中する。

 ワインボトルのコルクを捻った時に出るようなその音は、物質音か、声なのか判別しかねた。


 今度はキュウ、ギュル、という音が右後方から聞こえた。どうも鳴き声らしい。

 彼女は其方を見た。


 なにやら黒い生き物がえっちらおっちら揺れながら動いている。


(ん? ……んん?)


 彼女は左手で視界を遮る前髪を掻きあげた。

 元は真っ黒なのを赤茶に染めた髪は、光りの通りこそ悪くないものの「えらいこと」切りに行っていないため、前髪はもちろんのこと、全体的に長かった。元はショート気味の似非ウルフヘアだったのにいつの間にやら後ろ髪が肩甲骨の辺りにまでつき、近所の女子中学生に「ロックバンドとかやってるんですか?」と聞かれてしまったのは10日程前のことだ。

 ……以降、月子さんは朝起きて鏡を見る度「バンドはやってないぞ、ロックは嫌いじゃないけど」と呟いている。


(なんだあれ)


 黒い生き物は月子さんに向かって歩いているようだ。やや高い声でギュー、と鳴く。

 月子さんは黒いソレをもっとよく見ようと目を凝らした。


 懸命に歩いてくる、ソレ。

 四つ足だが犬じゃない。熊でもない。

 全体的にオオアリクイに似ているだろうか。

 さらにソレは、背中から羽が生えていた。

 体躯からすると小ぶりな、蝙蝠チックな羽根が。


 ソレが、ヨイセ、ヨイセと歩いてくる。


 月子さんは硬直した。


 でも目はソレに釘づけだ。


 やがて黒い生き物は、月子さんの30センチ程手前まで来て止まると、ぽすっと腰を地面に下ろし、ギュウルル、ギュウ?と彼女を見て鳴いた。



「かっ、かっ、かか……可愛いいぃぃい……!!」



 月子さんのバックに、豪華絢爛、色とりどりの花が咲いた。


 生活区域にレースやぬいぐるみ等を飾る趣味は月子さんにはないが、かわいいものは大好きである。なかでも特に幼児と動物は大好物で、それらを見かけて興奮する度「攫っちゃいかんぞ」と友人に注意を受け続けたものだ。


 かわいいかわいいかわいい触ってもいいかな見た目柔らかそうな毛皮だけどちょっと硬かったりするかもそんでもってちょっと獣臭かったりしてうんでもかわいいからそれもよしあんまり臭かったら洗ってあげればいいと思う。あっ飼われてるなら飼い主さんにお断りしないといけないかな。ああかわいいかわいい何歳くらいかなオスかなーメスかなーなんていう生き物なんだろう嗚呼かわいい!


 月子さんの顔面はすでに完全崩壊してにやけ……もとい、満面の笑顔である。ちょっと気持ち悪いくらいにいい顔、といってもいいかもしれない。


 にこにこにこ~っと花をまき散らしながら幸せオーラ全開で黒い生き物と見つめあっていた月子さん。まわりのことなどまったく気にしていなかった。


 なので、いつの間にか近くにきていた3人の子供が己を凝視していたことなど、もちろんわかっちゃいなかったんである。




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