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 恐らくそこには森にいる獣のほとんどが集まっていただろう。

 獣達は種ごとに固まり、その代表が先頭に立っていた。

 それだけの獣が集まれば、さぞかし喧しかろうと思うが、辺りは静かで、物音すらない。

 獣達の視線はただ一点に集まっていた。

 中央に陣取るテト。

「どうにか争わない方法はないだろうか?」

 沈黙を破ったテトの意外な言葉に、獣達はどよめいた。

「そもそも人と人同士の争いならともかく、王様が軍隊を率いて獣達を根絶やしにしようなんて、荒唐無稽すぎる」

「あり得ないと?我等のもたらした情報は虚報であると?」

 脇に控えていたフクロウが口を開くと、テトは頷いた。

「しかし、前代未聞の事態であるからこそ、こうやって皆で集まっているのではないのですか?」

「相手の出方を見てからでもいいのではないかと、僕は言っている」

「そして、王はまた人と交渉なさると言うおつもりですか?あれだけ無碍に扱われたことをお忘れですか?それを見かねて彼女が代わりを申し出た事も」

 フクロウが視線を巡らせると、恐怖の記憶に体を震わせるフォーミュリアと視線が合った。

 テトはフォーミュリアの震えを止めるよう肩を抱き、フクロウに「止めろ」と低く注意する。

「あの日。彼女が遭った事もお忘れですか?もしお忘れならば、王にもう一度同じようにご報告いたしましょう。あの日・・・」

「止めろ!!!」

 放たれた殺気に野生は『逃げろ』と警鐘を鳴らすが、誰も身動きできなかった。

 ただフクロウの口が回る。

「その怒りを向けるべきは、私ではないのではないのですか?私が一体何をしたと?私は何もしておりません」

「そうだな。何もしていない。見ていただけだったのだからな」

 その眼光は畏怖に値する。

 手を伸ばせば、小さき命など簡単に手折れる。

 それでもフクロウは口を噤まない。

「お言葉ですが、鳥が一羽迷い込んだ所で何ができましょうか?私は私の出来る事をしたまで。これ以上私に何を望まれるのです?」

 ぎりりとテトの歯が軋む。

「私は既に王は人と決別されたものと思うておりました。あの時、堰を破壊せよと命じたのは、一時の激情からでしょうか?ならば、何と愚かな」

「・・・愚かでもいい。それでもこれ以上僕は無意味に血を流したくはない。相対せば、流れる血は人のものだけではないはずだ。分かっていて何故、血を求める。それこそ愚かではないのか?」

「確かに愚かなのかもしれません。だからこそ、貴方様が選ばれたのでありましょう。愚かな人因りの獣の王。我等には貴方様の力が必要だ」

「そんな誰かを傷つける力など・・・」

「それは我等を守る力です。愚かしくも、それでも生きるためにあがく、我等の拠り所。どうか、すがる我等の手をお取りください」

「・・・考えさせてくれ」

 テトの表情に苦悩が浮かぶ。

 辺りの獣達は殺気の呪縛から解放され、ようやく一息ついた。

 フクロウにも疲労の色が見える。

 フォーミュリアは心配そうにテトを見上げる。

 がさりと茂みから物音がした。

「何故人がこの場にいる?」

 現れたのは狼の群れであった。

 皆の注目を集める中、群れを率いる他の狼より細い狼が口を開く。

「遅参の責は問わぬ。大人しく控えよ」

 面倒な者が現れたと、あしらおうとするフクロウであるが、狼は食い下がらない。

「何故人がこの場にいるのかと問うておる。遅参したのも我らが人に散々に追いかけ回されていた故。ろくに狩りも出来ずに、飲まず食わずでようやっと来たのに。来てみれば、怨敵、人と仲良く談笑か?」

 狼は低いうなりを上げ、牙をむいてフォーミュリアを威嚇する。

 すぐにテトが狼の殺気の盾となるべく、フォーミュリアの前へ出た。

「事情は追々説明してやる。王の御前である。あまり醜態を見せるな」

「黙れ!フクロウ。そこの女を食わせろ!」

 やはり面倒なことに。

 せっかく矛を収めてくれた王に喧嘩を売るとは。

 フクロウは頭を抱える。

 ただ幸運なことにテトの方は先程の様な凄まじいまでの殺気は無い。

 恐らく狼が襲ってこない限りは、本気で狼を殺すつもりはないのだろう。

 まだ収拾の余地は残っていそうであるが。

 さてどうしたものか、とフクロウは思案を巡らせる。

「ならば儂を食らうがよかろう」

 助け船は思わぬ所から現れた。

 テトと狼の目の前に進み出たのは、よぼよぼの老いた鹿であった。

「儂はもう老い先短い。今は一丸となって事に当たる時じゃ。この身を犠牲にすることで、それが叶うなら喜んでこの身を捧げよう」

「駄目だ!僕の目の前で、血を流さないでくれ」

「ならば、我等に飢えて死ねというのか!」

 狼たちは相当に飢えているらしく、口元からはだらしなくよだれが流れている。

「良いのです。お優しい王よ」

「何が良いものか。命を粗末にするな。生きたくとも生けぬ者も多くある。必死で生きろ。必死であがけ、最期まで」

「あがいておるのです。儂なりのやり方で」

 生きて欲しいと願うテトの力強い瞳を老いた鹿は受け止める。

 そして、死を目の前に老いた鹿は穏やかな口調で「そうですな。死ぬ前に一つ願いを言っても良いですかな?」と続けた。

 テトは是と首を縦に振った。

「死ぬな。願いは聞く」と付け加えて。

「儂には子供がおりました。けれども先日、その子が人に殺されました。元は人間であった王ならば、我が子がどのような末路をたどるか想像は容易でしょう。もちろん我々を襲うのは人に限った事ではございません。そこにいる狼においても同じ事。ですが、これは儂個人の思い、一人の親として思うのです。人が憎いと。王が血を厭われるのは重々承知しております。それでも願わずにはいられないのです。どうか・・・」

 老いた鹿の言葉は途中で遮られる。

 飢えに耐え切れなくなった狼が老いた鹿を襲ったのだ。

 とっさにテトは狼を引きはがそうとした。

「駄目です。もはや首の骨が折れている」

 フクロウの言葉など聞く耳は無い。

 だが、テトを止める相手はもう一人いた。

 フォーミュリアはテトにすがり、その動きを止めていた。

 フォーミュリア自身にテトを邪魔する意思など無い。

 ただ目の前で起こる惨事に恐怖し、助けを求めていたのだ。

 確かにこの場でフォーミュリアを一人にするのは好ましくない。

 何も狼だけがフォーミュリアを好ましく思っていない訳ではない。

 口にしないだけで、脅威はそこかしこにあると思っていいだろう。

 血の臭いに獣たちが色めき立つ。

 今までの静寂が嘘だったかのように辺りが喧騒に包まれる。

 もはや収拾の糸口さえ見つからないほどに。

 テトは怯えるフォーミュリアを促し、その場から静かに去るのだった。

 そして、その背をやれやれとフクロウは見送るのである。



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