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 炎は家の柱を燃やし、膝をつくように崩れていた。

 舞い上がる火の粉。

 テトは二度目の喪失を受け止めていた。

 何も出来ぬ少年に用意されたその家は、まさに善意の象徴であった。

 それが燃えている。

「私の住処の森も人の手によって焼かれました」

 立ち尽くす二人にフクロウが声をかける。

「そうか」

「王は悲しくはないのですか?悔しくはないのですか?」

「悲しいよ。けど、その悲しみを憎しみに変えることはもっと悲しい事だと思う」

 テトは達観している訳ではなかった。

 ただ人を憎む事を厭うだけなのだ。

 その火事はおそらく何者かに因るものだ。

 三人兄弟のうちの一人がけがをしていた。

 あの子らの親がそれを怒り、火をつけたのだろうか。

 それとも普段からテトをよく思わない者の仕業だろうか。

 あるいはフクロウが人への恨みを持つよう仕向けた所業か。

 何にせよ、テトにはそのどれにも怒りを向ける気はなかった。

 密やかに感情を心の奥へと仕舞い込むのである。

「王よ、やはり人と争われる事を厭われますか?」

「ああ、僕はそんな事をしたくはない」

「そう、でありますか。ならば、もはや王へは何も期待いたしません。どうか、この先も御壮健であられますよう」

 フクロウは二人に背を向け、翼を広げた。

「待ってくれ!本当に争わない道はないのか?人と獣が手を取り合える、そんな道が」

「ありませぬ」

「僕は今でも君らの助けになれればと思っている」

「・・・我等は先だって話した堰を破壊します。我等も生きていかねばならない。そのためにも」

「話し合えば、きっと分かりあえる」

「もし分かりあえなければ?その時は御力を貸していただけますか?」

「・・・ああ。その時は」

 フクロウは翼を収めた。

 テトは目をつむり、深く息を吸う。

 そして、ゆっくりと吐きだし終わると同時に、テトの背が引っ張られる。

 振り返れば、不安そうな顔のフォーミュリアの姿があった。

「そうか、すまない。君にはこの家を譲り渡す約束をしていたのだっけ」

 フォーミュリアの頭が振られる。

「貴方は一体何をしようとしているの?私にはとても恐ろしい事のように思えてならない」

「この森を貫く河があるんだ。その河に王様が堰を造った。その結果、水位が減り、獣たちが生きるのに困っている。だから、彼らはその堰を先ず何とかしようとしているのだろう。僕はそれを手伝えないかと思っている。王様はその他にも森を焼いたりもしていて、狂っていると噂の王様だったから、僕にはそんな事をして一体何になるのか分からないけれど」

「王様が・・・」

 塞ぎこむフォーミュリアを見て、テトはやはりいきなり理解してもらう事は難しいかと思った。

 しかし、それで諦めてしまっては、堰を解放してもらう交渉においても、自分がすぐに諦めてしまうのではないかと思い、言葉を続ける。

「それに困っているのは獣だけじゃない。その堰のせいで、人の生活にだって影響しているんだ。だから、きっと分かりあえる」

「でも、分かりあえなければ、争い合うのでしょ?殺し合うのでしょ?」

「そうならないために僕は彼らと共に行くんだよ」

 フォーミュリアはテトの服をギュッと掴んだまま、俯いている。

 何とか理解してもらおうと、さらに言葉を探るが思いとどまる。

 理解してもらおうと必死で、理解しようとしていなかったことに、テトは気づいた。

「君は自由になりたかったと言っていた。何処か行きたい所があったのだろうか?それとも誰かに会いに行こうとしていた?御覧の通り、家が無くなってしまって僕に出来る事は少なくなってしまったけど、僕に出来る範囲でなら手助けするよ。君はどうしたい?」

「私は・・・」

 フォーミュリアは自由に憧れていた。

 何にも縛られない生活。

 だが、実際に自由の中に放り込まれれば、フォーミュリアは何をなすべきかなど見当もつかなかった。

「もし良ければ、僕と一緒に来るかい?」

 フォーミュリアははたと顔を上げる。

「このまま自由だと放りだしてしまうのは、忍びない。かといって、生活を保障するだけの金は僕には持ち合わせていないし。残念ながら、この人を頼ると良いと言った当ても僕にはない。だから、誘っていいものか分からないけれど、僕と一緒に来るかい?」

「・・・いいの?」

「構わないだろ?」

 テトはフォーミュリアの疑問をフクロウに振った。

「人の身ではありますが、元より王の妃。好きになされるがよいかと」

 寄る辺を無くした者達が集まっただけであったが、小さな絆を感じられた。

「その王の妃を勝手に殺そうとしたのは何処の誰だったっけ?」

「さあ?存じませぬ」

 テトが皮肉を言い、フクロウが澄ましてとぼける。

 そして、それをフォーミュリアが笑った。

 そんな些細なやり取りが、そんな些細なやり取りだからこそ、炎の惨状を目の前にしていたとしても、幸福に感じられた。

「ただ君が僕と共に来ると言うのならば、一つ言っておかないといけない事がある」

 言われて、フォーミュリアは身構える。

「僕の名前はテト。テト・シンディアスだ」

「・・・私の名はフォーミュリア」

「フォーミュリア・・・フォーミュリアか」

 テトは舌の上で名を転がす。

「私も貴方に言っておかなければいけない事があるの。テト」

 私は王女で、貴方達が狂った王だと言う王の娘。

 獣達を苦しめているのは、きっと私があの塔からいなくなったのが原因。

 そうやって人も獣も苦しめて、手に入れた自由。

 けれど、その手に入れた自由を私はどうしていいか、分からない。

 私はどうするべきだろうか。

「言い難いことなら無理に言わずともいい。言えるようになったときでいいから。さあ、行こうか」

 言えるはずも無かった。

 数日後、堰は獣たちに破壊されることになる。


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