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夢、なのだろうか。
それとも受け入れ難いが、現実なのだろうか。
どちらにしても最悪だ。
夢なら早く覚めて欲しい。
もし現実なら・・・もう手遅れだ。
何故なら私はもう死んでしまったのだから。
フォーミュリアは涙を流しながら、目を覚ます。
フォーミュリアの上にはテトの服が何枚か毛布代わりに掛かっていた。
火がおこされていて、その向かいにテトが座っていた。
また驚かせては悪いと思い、深々とローブを顔が隠れるくらいに被っている。
「ここは死んだ後の世界なの?」
恐る恐るフォーミュリアはテトに質問する。
「いや、君は生きているよ。風邪もひくし、怪我もする。だから、僕の服は合わないとは思うけど、適当に服を用意したから好きな服を着るといい。悪いね、そんなものしか用意できなくて」
そう言って、テトは火の面倒をみる。
フォーミュリアはテトの様子を見つめる。
何かしてくる様子はない。
ずっとテトを見つめていたフォーミュリアだったが、いつまでたっても着替えが終らないことで、やっと側にクラティスがいないことに気付く。
仕方なく、ぎこちなく服を着始めた。
下着となるものを適当に探し、大きかったズボンと服の端を縛り、蝶を右側に二匹止めた。
そして、敷いてあったテトの物より少し厚手のローブを身にまとった。
ようやく火に近づくフォーミュリアの気配を察して、テトは顔を見られぬようにローブのフードを押さえながら、相手の様子を覗き見る。
「あなたは誰?それにさっきの化け物は何処?」
「化け物か・・・ごめん。別に君を驚かせるつもりはなかったんだ」
言われて、フォーミュリアは目の前にいるのが先程の化け物だと気が付く。
身じろぐが、それをテトはとがめたりはしない。
小枝を折り、火にくべた。
「貴方があのネズミの言っていた獣の王っていう人?私をどうしようと言うの?」
「どうもしない。僕だってさっき獣の王とやらになったばかりなんだ。僕にも君をどうしたらいいかなんて分からない」
「私はただ自由が欲しかっただけなのに。なのに、何でこんなことに・・・」
泣きそうなフォーミュリアをテトはどうしていいか分からず、ぱきぱきと小枝を三十二等分にする。
もちろんフォーミュリア自身も突然放り込まれた現状にどうしていいかなど分かる訳が無かった。
「なら、自由に生きればいいじゃないか。せっかく拾った命なんだ。好きに生きればいいと思う。少なくとも僕はそう思う」
そうだ、とテトは立ち上がる。
「近くに僕の家がある。君はそこに住めばいい」
「貴方は?」
「僕は。こんな姿になってしまったから。もう二度と人としては生きてはいけないだろうし、もう必要ない。好きに使って。その方が僕も嬉しい」
「何故出会ったばかりの私にそこまでしてくれるの?貴方おかしいわ」
「そうかな?困っている人を見たら手を貸す事は不思議ではないと思うけど」
「もし私がネズミの姿のまま一生を過ごさなくてはならない羽目になったら、きっと自分を呪うわ。それこそ世を儚むかもしれない。そんなときに他人の事に気なんて回らないわ。やっぱり貴方はおかしいのよ」
「そう力強く言われると何だかそんな気がしてくるな」
他人との接する事が無かったフォーミュリアにとって、人との距離の測り方など分からず、歯に衣着せぬ物言い。
だが、テトは不快ではなかった。
人との壁を作り、距離を置いてしまうテトには、その壁をいとも容易くぶち壊しズカズカと踏み込むフォーミュリアの蛮勇は驚きそのものである。
戸惑いの中に心躍り、心地よいと思うテトがいた。
「よかったわ。貴方見かけほど悪い人ではないのね。そう思うと、何だか頼りない感じまでするわ」
「うん。ごめん」
テトは頭を下げる。
そして、少し元気が出てきた様なフォーミュリアを見て、喜んだ。
「それにしても私、何で生きているのかしら?」
「よく分からないけど。フクロウの言う通りに祈ったら、ぱあっと光って、キラキラしたら、君がいた」
「何なの?それ?全然分からないわ」
「だから、僕もよく分からないって言ったじゃないか。でも、確か古のネズミの神様が、君の体に宿っていると言っていた様な・・・」
フォーミュリアは眉間にしわを寄せ、何か得体の知れないものを触るように自分の体を撫でる。
「それって・・・いずれはネズミの姿になるなんて事無いわよね?」
「さあ?もしかしたらなるかもしれない。今度聞いておく」
「全く今置かれている状況は分からないけど、一つ分かった事があるわ」
「何?」
「それは貴方が意地悪だって事よ」
「そう力強く言われると、何だかそんな気がしてくるな」
笑い声を上げるテトにフォーミュリアは憤慨する。
姿を隠しているとはいえ、それでもこうしてフォーミュリアと話をしていることにテトは喜びを感じていた。
フォーミュリアもまた、抱える不安を支えるような大樹の如きテトの姿に心強さを感じていた。
次はどんな話題を話そうか。
そんな楽しい思索を羽音が破る。
「王よ。人間であった頃の家が燃えております」
フクロウが舞い降り、そう告げた。
「何故?」
「私に問われても分かりませぬ。ただ燃えておりましたので、御報告したまで」
テトはじっとフクロウを見つめるが、それ以上フクロウは語ろうとはしなかった。
「そうか」
テトはフクロウに背を向け、火の側に、フォーミュリアの元へ歩みよった。
「様子を見に行かないの?」
「今から見に行っても火を消すには間に合わないだろ」
「心配じゃないの?」
「あそこには僕以外住んでいない。大丈夫だよ」
「もしかして、見に行くのが怖い?」
「そんなことは」と言いかけて、テトは炎の記憶に言葉を詰まらせる。
「私が一緒に行ってあげようか?」
覗き見るフォーミュリアの態度はひどく横柄で、テトの口の端が緩む。
フォーミュリアが一緒に行った所で何もできない。
そんな事は分かりきっているのに。
「僕も君と同じように一つ分かった事があるよ」
「何?」
「君がすごくお節介だって事」
「何よ!人がせっかく親切心で言って、きゃっ!!?」
テトがフォーミュリアを抱え上げる。
「ありがとう」
テトはフォーミュリアの驚いた顔を見ようとしたが、予想していた表情はそこには無かった。
フォーミュリアは怯えていた。
ああ、そうか。
下からならはっきりと見える。
テトは隠していた自分の顔に怯えているのだと、納得する。
「ごめん。恐ろしいかい?」
「いえ、大丈夫よ。貴方みたいな臆病者、怖くはないわ」
フォーミュリアは震える手でテトの頬に触れる。
「そうか。ありがとう」
テトは目をつむり、頷く。
そして、テトは力強く地を駆けた。
一連の二人のやり取りを無言で見ていたフクロウは、テトの背を少し見つめた後、その背を追った。




