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「じゃあ、僕は願うよ。平和な世界を。誰も憎み合わず、誰も傷つけあう事無い、平和な世界を。僕は願う」

「おお、まさしく王に相応しい立派な願いでございます」

「そんなことなっ、うわああああぁぁーーーー!!!」

 指輪をつけたテトの体に激し痛みが走る。

 骨がきしみ、皮が四方八方に引っ張られているようだった。

 うまく息が出来ず、呼吸は浅く、荒くなる。

 苦しみもだえるテトを見、フクロウは満足そうに言う。

「獣の王の誕生。この場に立ち会えた事、感激の至りにございます」

 テトの体はさなぎが羽化する如く、変じていく。

 髪は白く、瞳は銀色に、ケロイドはぼろぼろと落ちていく。

 その下からは黒色の堅そうな皮膚が露わになっていく。

 繋がっていた指は裂け、長く、そして爪もまた長くなっていく。

 体の変異が治まって、ようやくテトはのたうち回るのを止めた。

 荒い呼吸を整えながら、仰向けになって、手を天に掲げた。

 目の前には見慣れない自分の手があった。

 その中指の付け根にはあの指輪がしっかりとはまっている。

『化け物が来たぞー』

 テトは容姿こそ歪ではあったが、自分は人間だと言う自覚があった。

 だが、これでは。

(本当に化け物になってしまったんだな、僕は)

 視界の端にフクロウが見えた。

「この姿になって。これで君達を救う事が出来たのかな?」

「いえ、その姿を手に入れたのは、我等を救う手立てを手に入れたに過ぎません。今よりその手に入れた力の素晴らしさ、偉大さをご説明させていただきます。彼の者をここへ!」

 フクロウが一際声高に叫ぶと、草葉から一匹のネズミが出てきた。

 その手にはぐったりとしたもう一匹のネズミを抱えて。

 テトは体を起こし、目の前に置かれた動かないネズミを覗き見る。

「この子は?」

「その者は貴方様の妃にと用意した者です。ですが、道半ばで命を落としました」

 もしこのネズミが生きていれば、自分はネズミと結婚していたのかと思うと、テトの心中は少し複雑になる。

 だが、その体を指の背で、撫でてやると、自然と死を悼む気持ちが生まれた。

 血をきれいに拭われた毛並みは、柔らかい。

 常人ならば『気持ちが悪い』と忌避するのだろう。

 しかし、その常人はテトを見ても『気持ちが悪い』とまた忌避するのであろう。

「王よ、もしその者を哀れとお思いになられるならば、どうかその者のために祈っては下さらぬか?」

「祈り?」

 テトは己が手を見、ぎこちなく指を組む。

 久方ぶりに感じる感覚に、小さく感動した。

 そして、祈りをささげた。

 すると、どうしたことだろうか。

 ネズミは穏やかな白い光に包まれ、その身の毛並みが白く変化していく。

 白い光はやがて金色の粒に変わり、泡のように広がる。

 泡の中には少女の姿があった。

 光は消え、少女だけが残された。

 少女の名はフォーミュリア。

「何が起こったって言うんだ?」

 テトは突如現れた少女に驚き、そして見惚れていた。

 真白の肌に、白く変わったネズミの毛並みと同じ白い柔らかそうな髪、まるで石灰石で彫刻した様な石像であった。

 石像には悪戯に薄紅が引かれている。

「んっ」

 目の前の者が現実か確かめるように誘われたテトの手は、彼女の覚醒にびくりとする。

 ゆっくりと彼女の瞳が開いていく様をテトは覗きこむ。

 そして、テトとフォーミュリアは出会う。

 こうして二人は恋に落ち、慈しみ合い、愛し合い、森の中でひっそりと幸せに暮らすのである。

「きゃあああああああぁぁぁぁーーーーー!!」

 とはならなかった。

 テトの姿を見たフォーミュリアは叫び声を上げ、気を失う。

「どういう事だ?!何故、人間が獣の王の妃としてここにいる?どうしてだ?答えろ!」

「そ、それが何かの手違いと申しましょうか。そもそも本当に獣の王なる者が現れるとも想像もしていなかったともいいましょうか。いえいえ、そうではなくてですね。あの何と言いましょうか・・・」

 声を荒げるフクロウに対して、ネズミは平伏している。

「ふざけているのか?あまりくだらぬ事ばかり口走るようであれば、私の爪でお前の腸を引きずり出してやろうぞ」

「止めるんだ」

 テトがフクロウを制す。

「頼むから。僕の前でそんな残酷な真似、よしてくれ」

 ネズミはテトの言葉を聞き、さらに深く平伏する。

 そして、自分の身の安全のために、その場を去るのであった。

 フクロウは吐きだしたいほどのまずい言葉を無理やりに飲み込み、テトに謝する。

「知らなかった事とは言え、とんだ失態をお見せいたしました。申し訳ありません。速やかに代わりの者を用意いたします」

「代わりの者?じゃあ、この子は一体どうなるんだ?」

「処分いたします」

「駄目だ!」

 テトは大きな声を上げ、フクロウは困惑する。

「さっきも言ったじゃないか。僕の目の前でそんな残酷な事・・・」

「では、後ほど王が見えぬ間に狼の餌にいたしましょう」

「そんな事を言ってるんじゃない。先程のネズミといい、何故君はそんなに簡単に命を奪おうとするんだ」

「何故、とおっしゃられても。もしや王は人間が殺されるのは御嫌ですか?」

「当然だ。僕は平和を願うと言ったじゃないか」

「確かにそう仰られました。そして、我等を救っていただけるものと思っておりました。先程の力は遥か昔、人の神と戦った獣の神をその人間の女に降ろしたのです。宿りしはネズミの姿をした再生と繁殖の神ウリアネフヒャベルタ様、今はその者が人間の姿に戻ってしまってその御力を垣間見ることはできませんが、間違いなくその御力は古と同じく人間と戦うためにあるもの」

「でも、僕は・・・」

 淀む言葉は行方を知らない。

「王はこの森と貫く河の上流に堰が出来ている事を御存知ですか?その堰が出来たおかげで随分と河の水量が減りました。その河に住むもの、その河に依っていたものもまた減りました。そこだけではありません。次々と人間達によって我等の住処が侵されていく。王は我等に人間達にいいようになぶられていろと。生きたければ奴らの家畜になれとおっしゃるのか?」

「そうじゃない。僕はそんな簡単に命を扱って欲しくないだけだ。きっと獣と人間と共歩んでいける道があるはずだ。その河の堰だって、僕が間に立って交渉してみるよ。それからでも遅くはないだろ?」

「何故、分かっていただけないのですか?・・・その人間の女が王の御心を惑わしているのか?」

 フクロウの鋭い視線が呑気に寝息を立てるフォーミュリアののど元に向けられる。

 だが、その視線を遮るようにテトが体を入れた。

 そして、テトはフォーミュリアを抱え上げ、立ち上がる。

「何処へ行かれるのです?」

「このままこのような所に寝かせておく訳にもいかないだろ。もう少しましな所が無いか、探してみるよ。あと、君には悪いけれど、僕の家からいくつか服を見繕ってくれないか?」

「・・・分かりました。後ほどお持ちいたしますので、少々お待ちください」

「そうか。ありがとう」

 まるで人間の女の危機を察知して、自分から遠ざけようとしているようにフクロウには見えた。

 去っていくテトの背をフクロウはさみしそうに見つめる。

「やはり元が人間だからあのように振舞われるのだろうか?」

 やっと見つけた希望の星はひどく鈍く淀んだ光を放っていた。


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