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「ただいま」

 家族のないテトに返事は無い。

 テトの声に顔を上げたのは、部屋の中に置いてある鳥用のえさ場にいたリスだった。

 リスは入って来たのが敵ではないと分かると、またえさ場をあさる。

 テトはカゴを置くと、中から野菜を一つ取り出し、かじる。

 テトには調理をする気力も無かったし、何よりも体が重かった。

 体をベッドに横たえると、体がベッドにのめり込んでいくような感覚に襲われる。

 野菜を食べる速度も緩慢で、それを見かねてなのか、リスがやってくる。

 リスはテトの食べていた野菜をかじり始める。

「お前はまた他人の物を取って。悪い奴だ」

 そう言ってテトはリスを撫でる。

 リスは嫌がるでもなく、テトのいいようにされている。

 そして、テトの手が止まる隙を見て、またバリボリと野菜をかじるのである。

 やがてテトの寝息が聞こえる頃、リスも野菜を食べ切り腹がくちくなったのか、テトの家から出て行くのである。


 夜中、テトは家の中が騒がしいので目が覚めた。

 見ると一羽のフクロウが家の中に入り込み、騒いでいた。

「探しましたぞ。探しましたぞ」

 テトには何のことか分からず、フクロウを家の外へ出してやろうとするが、フクロウは言う事を聞いてくれない。

「よもや人の姿をとっておられたとは。これでは見つからないのも合点いくというもの。それにしてもこのような所で見えようとは。まさしく僥倖ぎょうこう、僥倖」

「すまないけれど、僕はとても眠いんだ。話を聞いてあげたいけれど、僕は今ちゃんと聞ける状態じゃないんだ。だから、どうか僕を寝かせてくれないかい?」

「おお、これは失礼を。何分この闇こそが我等の第二の翼。その点、考慮の外にあった事なにとぞお詫び申し上げます」

「うん。いいよ。分かってくれたのなら。それじゃあ、僕は・・・」

「それにしてもこの人の家というものは、いかんせん落ち着きませんな。もっと腰を据えてお話したいものです。おお、そうだ。近くによい場所があったな。うむ。そこが良い。では、大事なお話はそこでいたしましょう。何せ、我等の命運が懸っているのです。貴方様に我等を救っていただかなくては。それにはまずはゆるりとお話を、ですな。うむうむ。では、先に行っておりますので、お待ちしております」

 そう言って、フクロウは飛び立っていった。

 話はかみ合わないまま、テトは一人取り残される。

 睡魔は淫靡いんびな女性の様にベッドへとテトを誘うのだが、大事な話があると言われては、テトはフクロウの誘いを無下むげにできなかった。

 それにフクロウは『我等を救って欲しい』とは言わなかったか?

 心優しきテトにはそのすがる手を振り払う事など出来なかった。

 テトはもたもたと着替えを済まし、ランタンに火を入れ、外へ出た。

 闇の中、フクロウの良く通る鳴き声が道標となっていた。

 テトは声のする森の方へ歩みを進めた。

 森はテトにとって、庭のようなものである。

 だが、それでも夜道特有の空気はテトの心をざわつかせた。

「お待ちしておりました」

 道なき道を進むと、少し開けた場所に出た。

 切り株から生える幼い木。

 それを囲むようにいくつもの切り株がそこにあった。

 フクロウは幼い木に止まり、テトはランタンを切り株の一つに置き、自分は違う切り株に腰を下ろした。

「それで、大事な話というのは?」

「おお、そうであります。語るべきは多くありまして、何から話して良いものやら。それは太古の昔、祖たる人と獣たちの争いから始まります。傲慢たる人の神は他の獣の神達といがみ合い、血で血を洗う戦いが続いておりました。永遠に続かと思われた戦でありましたが、ある方の出現によってすぐに事は治まります。その方こそ、我等獣を統べる方、獣の王なのです。かねてより月と星の動きから、もうすぐ獣の王が降臨されると分かっておりましたが、どんなに手を尽くしても見つからない。まさか相対する人の姿をしておられたとは」

「話は何となく見えてきたけれど、僕は君の言う様なたいした者じゃないよ。きっと君の勘違いじゃないかな?」

「そんな事はございません。どうぞこちらをご覧ください」

 フクロウの羽根を広げた先には、枝に掛かった銀色の指輪があった。

 見ると、その指輪はぼんやりと光を放っている。

 恐る恐るその指輪をテトが手に取ると、光は急に強まった。

 テトは光に驚き、地面に指輪を落とす。

 すると、また指輪はぼんやりとした光にまた戻った。

「どうです?これこそが貴方様が獣の王たるべき証。その指輪こそが獣の王たらしめる指輪なのです。ささ、早くその指輪を身に付け、願いを一つ仰ってください。さすれば願いは必ず叶えられ、獣の王へと変じるのです。そして、どうぞ我等をお救いください」

 テトは己の指を見、頭を振る。

「この指では指輪は付けられないよ。それに願いをと言われても、僕には何も願う事なんてない」

「いえいえ。その指輪は指の先にでも掛けていただけるだけでよいのです。そもそもその輪はつける者を人と想定しておりません。此度は指輪として身に付ければよいでしょうが、付ける者にとっては首輪であったり、足輪であったりするのです。願い事も例え金銀財宝を願ったとしても、すぐさま天から降ってくるといったものではございません。理想とする未来、それを願えば良いのです」

「理想の未来か・・・」

 テトにとって、フクロウの助けることに何のためらいもの無かった。

 具体的に何をどうして欲しいという話は出てこないが、自分達を救ってくれる存在を求めている事は確かだ。

 自身が王になるなどと身にそぐわないとテトは思う。

 それでもそれが救いになるのなら。

 それよりもテトを困らせたのは願い事の方だった。

 何を願えばいいのか、散々悩む。

 そして、答えた。


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