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 ある所に一人の少年がいた。

 少年の名はテト、テト・シンディアスと言った。

 テトには両親と兄と弟がいた。

 厳しい父に優しい母。

 いつも喧嘩ばかりするが、仲の良い兄弟。

 テトは愛の中で育ち、愛を知り、誰かを愛せる人間であった。

 だが、幸福だった彼に不幸が訪れる。

 ある日、家が火事になったのだ。

 両親、兄弟は火に飲まれ、テト自身も火にあぶられる。

 幸いにもテトだけは一命は取りとめるが、重度の火傷は彼の相貌を歪めてしまう。

 指は繋がり、足はうまく動かず、引きずっている。

 顔は焼けただれ、見る者に不快感を催わせた。

 火事の後、憐れみをもって接してくれていた人々も次第に疎遠になっていく。

 子供一人で生きていくには世の中は辛い。

 不自由な体を抱えたままでの生活は決して楽なものではなかった。

 それでもテトはたくましく生きていく。

 彼は遠ざかっていく人々を恨まなかった。

 彼は自分だけを残していった家族を恨まなかった。

 ただ自分の命があることに感謝し、平和である事を彼は願ったのだ。

 やがて少年は青年になる。


 その日は一際暑い日だった。

 何の入用か、太陽にフイゴで風を送っているようだ。

 海を風呂にでもする気だろうか。

 だが、それほどの巨人はこの世には存在しない。

 同様にどんなに暑くとも太陽に向かって文句を言う様な愚者もいなかった。

 人々はただ黙って、汗を拭い、街の中を闊歩するのみである。

 そんな暑い最中、顔が隠れるほど深々とローブを着る者がいた。

 奇して妙な人物に人々は自然と道を譲った。

 もちろんローブを着ている人物も暑くない訳ではない。

 好きでこんな格好をしてはいない。

 彼は、テトは知っているのだ。

 顔をさらせば、悲鳴が起こり、運が悪ければ気の弱い御婦人を失神させかねないと言う事を。

 テトはなるべく人の迷惑のならぬように人通りの少ない道を選び、入り組んだ路地をわざわざ遠回りして目的の場所へと向かった。

 人一人通れるかという狭い路地に面した扉の前で、テトは足を止め、背負っていた野菜の入ったカゴをおろした。

 トントン。

 扉をノックするが、しばらく待っても反応は無かった。

(聞こえなかったのだろうか?)

 もう一度、今度は少し強めにノックした。

(もしや留守だろうか?)

 確認のためにもう一度ノックすると、扉が少しだけ開いた。

「ああ、あんたか。悪いが、今日は何も買えない。いや、今日だけじゃない。これからもずっと買えない。先日、あんたから物を買うのをお客に見られて、どうにかごまかしたが、良からぬ噂が立つかもしれない。残念だが、商売は諦めてくれ。すまない」

 戸の向こうの声の主は一度も顔を見せずに、少し開いた隙間からあらかじめ用意していたかのようなセリフを早口でまくし立てると、テトの言葉も聞かずに早々に戸を閉めた。

 テトはもう一度閉まった戸を叩こうかとしたが、恐らくもう二度と開かないだろうと諦めた。

 テトはカゴを背負い直す。

 客商売をしていれば、例え些細な風評であっても気にしなくてはいけないのか。

 商売とは難しいものなのだなと、テトは考えながら他に野菜を買ってくれる所を探した。

 街中を巡ったが、誰もテトを相手にする者は無かった。

 物を売るどころか塩をまかれたり、水を被せられたりする始末である。

 濡れた衣服にぞくりと寒気が走る。

 テトが街中をさまよっている間に、いつのまにか日は暮れていた。

 きっとこれ以上探しても無駄だろう。

 テトは家に帰ることにした。


「化け物が来たぞー」

 テトが帰る途中、三人の子供と出会った。

 近所の子供たちであろうか。

 歳は少し離れていて、もしかしたら兄弟かもしれない。

 他の二人よりも体が大きく、テトを睨みつけている男の子に兄の面影を。

 対照的に怯えたように他の二人に隠れている男の子に弟の面影をテトは重ねた。

 懐かしきは、兄弟共に野山を駆け回った日々。

「やっつけろー!」

 子供達は足元にあった石を手に取ると、テトに投げつけた。

 テトはとっさに腕を前に出して、顔をかばうが、石はこめかみに当たり、血がにじんだ。

 テトは自身の相貌が一体どういったものかよく理解していたし、それをどうにかできる術も無い事も良く理解していた。

 しかし、テトは人間であって化け物ではない。

 話せば自分を忌避きひするこの子供たちにも分かってもらえるだろうか。

 そう思ってテトは子供達に近づく。

「うっうわっ。き、来たよ、兄ちゃん。うわああぁぁぁーー」

「ちょ、ちょっと待て。一人で逃げるなよー!」

 怯えて後ろに隠れていた子供が逃げ出すと、それに続いて一番大きな子供が逃げ出す。

 取り残された子供も逃げ出そうとするが、石につまずき、転ぶ。

 辺りには、用意してあったのだろう、たくさんの石があった。

 恐らくはその石の一つに足が当たったのだろう。

 子供の足からは血が出ていた。

 少し血が多く出ていたので、大丈夫だろうかとテトが手を伸ばすと、

「わ、わわ、わああぉあぉーー」

 その手を振り払い、子供は泣き叫びながら逃げて行った。

(よかった。見た目ほど傷は深くないようだ。よかった)

 それからテトは血の流れるこめかみを押さえ、あざになって痛む体をいつも通り足を引きずりながら家路についた。





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